どこのホテルかまでは書かないし、一部ごまかしや嘘も織り交ぜて書くけども、読む人が読めば俺が誰だか分かるだろう。
最初は辞めるつもりはなかったのだが、以前から出勤率があまり良くないことがホテルから指摘されていた客室清掃業務を委託している我が社は、以前から応援で結構な頻度で入っていて現場をそこそこ知っている俺をその責任者の休みの日に責任者代行にしようと考えた。
だが、その我が社のやり方を以前からよく思っていなかったその責任者は、やめると言い出し、俺とは別に仲が悪かったわけではないが、ろくな引き継ぎもせずにほぼ唐突に現場に来なくなった。
それも尋常ではない不足。
単純計算だが、平均で必要な人員数の半分にすら満たないこともあるくらいだ。
数百室の客室があるホテルで、結構な人気もあり、満室である日もかなり多い。
委託している以上、どんなに人員不足であろうとも、絶対に毎日、必要な全室を清掃しなければならない。
しかし募集を何度やっても、まるっきり人が集まる気配もなく、そんな状態が何年も続いてきた。
そんな状況でどうやって何年も業務を続けられてきたかについては言わないが、しかし、そんな現場をずっとやってきたのだから責任者がそのストレスに耐え難くなるのも無理は無い。
そもそも無茶なのだ。
人を集められずに仕事を続けるなんで、はっきり言って我が社は無能だと思う。
ホテルというのはどこでもそうだけど、その当日の朝にならなければ、何室清掃しなければならないのかは判明しない。
空いてる部屋があれば売る、当たり前のことではあるけど、その前日に泊まった部屋の数で清掃数が決まるわけだからこればかりはどうしようもない。
ホテルで仕事しながら変な話だが、だから売れ行きが悪いほうが我々にとっては喜ばしい事態となる。
だから、その当日の朝にフロントから清掃数を知らされるまでストレスが続く。
スタッフへの指示や指導は当然として、各スタッフに対して処理すべき部屋数を指示し(スタッフの能力や個人的諸事情により部屋数は変わるからほんとにややこしい)、各部屋の備品の状況に応じてそれらを準備したり、あるいは在庫管理や発注、スタッフには出来ない特殊な清掃作業、フロントとの直接対応、客の忘れ物の整理、毎日の業務報告の作成、スタッフの労務管理…普通の会社なら多くの人がする仕事を全てほぼ責任者一人でやらなければならない。
清掃人員数は数十人。
そんなのを毎日やってたら頭がおかしくなるのも無理は無いし、その上での人員不足なのである。
だから、応援してきてある程度知っているつもりであった俺であっても、いくらなんでもまともな引き継ぎを受けずに責任者やるとか、無茶苦茶だ。
なんにも教えられなかったとまでは言わないけども、実際にやってみると、おかしなことが次から次へと発覚したしね。
例えば、客室清掃と言っても部屋の仕様によって作業量が変わってくるので、ある程度はスタッフに支払う料金を変更しているのだけども、今までのやり方ではアナログ過ぎて間違いが頻繁に生じかねないことは明らかだった。
数十人のスタッフについて、個人別に仕事の量や質で事細かにデータを打ち込まないといけないのに、自動的に集計できるシステムの整備があまりなされていなくて、記録との照合もかなり難しい状態だった。
ほんの少しだが調べてみると明らかに付け間違いもあった。
「これはマズイぞ…」と直感した。
しかも、そのデータの元になる証拠書類は、給与支払いを終えるとすぐに処分されていた。
つまり、スタッフに支払っている給与が正しく計算されていなかったのである。
俺は早速、作業量の集計システム整備に取り掛かった。
ネットに繋がってはいるけども、別に本社のサーバーとかと繋がっているわけでもない。
俺には大した知識も技術もなく、ワードやエクセル、ほんのちょっとだけマクロが書ける程度だ。
多分そんなのは普通はRDBMSとか使うんだろうけど、俺はエクセルでやるしかない。
しかしエクセルって、特に古いエクセルは貧弱なんだよね、意味不明のバグとかも結構あるし、なおかつ結構な頻度で落ちる。
作ってたらファイルサイズはどんどん肥大するし、重くなるし、意味不明なバグには苦しめられるし、ただでさえ他の仕事に忙殺されながら、しかも引き継ぎもろくに受けてないから知らないことだらけで苦労して…体重がたったの一週間で五キロも減った。
毎朝5時に起きて、帰るのは夜10時を回ることもあるし、なかなか休めないし。
一応、最近はどういうわけだか以前からすると嘘のようにどんどん新人が入ってくるんだけども、その人達を研修しなくてはいけないし。
クレームもバンバン入って、こないだはある客室が清掃してないのに清掃したことになってて、むっちゃくちゃ怒られたし…。
多分過労死するんだろうと思ってる。
悔いはないけど、入る会社は間違えたとは思ってる。