文化ブログ
阿部和璧(あべかへき)が世の中の良いもの、凄いものを紹介する。
「萌え+ドーパミン=最強」BOME×村上隆トークショーを聴いて
司会者の紹介直後、「マンガは来て読めますが、外国のミュージアムと違い見るものがなくて戸惑っていらっしゃる方も多いかと思いますが…」と村上さんの西洋的ミュージアムとの比較からから始まったトークショーは、スライドと共にBOMEさんの作品の歴史を辿っていくものだった。「いってみればエロの対象」とフィギュアの存在を要約した村上さんは、しかし「キモいレベルからの、ただキモいだけじゃない感じになっていく。人間というものはただエロから生まれて美というところまで昇華するのではないか。最初のものと出来上がったものとのギャップ。BOMEさんはエロフィギュアを創る造形師として、25年ぐらいで300点ぐらい創ってこられましたが、最近ではアーティストとして評価をされています」とBOMEさんを紹介。
それを受けたBOMEさんは「僕自身が好きでものを作っていて、自分が好きでやってるからアーティスト活動と言われるのは違うのじゃないか」と極めて謙虚な応答。80年代、それまで全くフィギュアというものが存在しなかった時代から、試行錯誤を繰り返し現在に至った経緯に話は進んでいった。「一番いいラムちゃんを誰が作れるか」という挑戦から始まったという美少女フィギュアの歴史。『うる星やつら』のヒロイン・ラムちゃんは「当時のおたくたちのマストアイテムで、コミケではラムちゃんさえ上手く描ければ凄い売れる」という状態だったのだという。
それに対し村上さんは、「パリのサロンモデル・キキが多くの芸術家にとってミューズであったように、おたくたちはラムちゃんに出会った。歴史はどんどん変化していきますから、100年経ったら今はバキバキになったラムちゃんのフィギュアが芸術作品になってるかもしれない所が芸術の面白いところ」と応じた。「これがなかったらフィギュアやおたく文化はなかったかもしれない」というラムちゃん以降は、「マニアの中でロリコン=クラリス(ルパン三世カリオストロの城)となった時期があって宮崎駿さんが激怒した」というクラリスなど、「黎明期は方法論やフォーマットもなければ作り方もわからない。それを立体化したいという思いだけで創ってますから鬼気迫ってますね」と村上さんが解説する作品群を紹介。
その後は、アニメOVA時代のフィギュア作品群の紹介と共にBOMEさんの制作に対する思いが語られていった。「BOMEさんが語るおたくとは?」との村上さんの質問に対し、少し気弱に「研究者とか」と答えたBOMEさん。「一番その時々に新しいものを探すとか、土日に大阪の日本橋を探したり、夜な夜な帰ってきて他のおたくどもが何をしているのか探したり掘り出していく」という活動を通しておたく的感性を磨き続けているという。そして世界初の等身大フギュアとして登場した綾波レイのスライドでは、「頼むからもう一回作り直させてくれ!」と衝動的に発言。関係者席にいらした海洋堂の宮脇修一取締役が「やるなとはいってないぞ」とそれに応じ、『等身大綾波レイ』の再制作の可能性が出てきた。
それまでの「おたく」ではなく、多くの「オタク」を生んだ『エヴァンゲリオン』という作品については、「貞本さんが大好きでDAIKON4でアニメーター、『王立宇宙軍』で作画監督となって、綾波の『エヴァンゲリオン』でついにブレークしたなと。『トップを狙え』を作ったガイナックスが作る『エヴァンゲリオン』がみんなに面白いぞと言ってたんですけど、誰も見てくれなかった」と放映当時の思い出を語った。そんなBOMEさんのテンションの上昇に村上さんは、「パッションが抑えきれずに出てきているのが海洋堂さんのメンバー」と解説。さらにBOMEさんは『フルメタルパニック』や格闘ゲームのキャラクターについての熱い思いを披露した。
村上さんの「1体のフィギュア作るのにどれぐらいかかるか」という質問に対しては、「悩まなければラフで1ヶ月、2週間で作って塗装が3日とか。僕が発出するドーパミンが出るのならば勢いでできるが、悩んじゃうとしばらく置いとかないとできない」と制作欲求に比例した期間があると回答。「オタクの人たちにとってはファッションと似た最新モードというがあって、業界のモードをウォッチングしながら自分たちのオリジナルを出していかないとというのもあるんで」と流行と自己の創作とのバランスの難しさも語った。
最近挑戦している等身大フィギュアの制作については、「はっきりいって楽しいですね。ここで(制作場所)で働いている人に言われたのが、『お昼や3時にも休まずやってるのは驚いた』。ずっと粘土を触っていじくってるのが楽しい。(等身大は)手の全体で作るから違う。油粘土ではできないのが面白かった。今日はドーパミンが出てしゃべりまくってる」と笑顔を見せた。そんなBOMEさんに対し村上さんは、「マンガ家の先生たちがボーメさんの作品をセレブレートしに来るという、ある種のキャステングされたことが歴史として進行している」と俯瞰した視点でのコメントを述べた。
「現代美術には西洋から来たルールがあって、それの中にどういう風に組み込まれていくか。絵で描く絵空事を偶像的に置き換えていくことでは、アニメというお題はもうあるが、造形力を競っての立体造形は芸術的な行為だ」と村上さん。それに対しBOMEさんは、「そう言われればフィギュアは造形の芸術世界だと思うんですけれど、根本的には立体を持ちたい、触りたいというのがあって作り続けていると思う」と創作の源にある根本欲求について正面から向き合った言葉を語った。1時間という限られた時間はあっという間に過ぎ、BOMEさんの一人の制作者としての真摯な姿が印象に残るトークショーだった。「アニメ」や「おたく」、「萌え」や「エロ」といった固定観念の先にある思いと、造形物としてのクオリティーの高さがBOME作品を芸術たらしめているのだと思った。
ウィキペディア 村上隆
海洋堂ウェブサイト ボーメ(BOME)とは
京都国際マンガミュージアム 夏の特別展 フィギュアの系譜展--土偶から海洋堂までウェブサイト
ウィキペディア 『うる星やつら』
ウィキペデイア 『ルパン三世 カリオストロの城』
ウィキペディア OVA
ウィキペディア 『新世紀エヴァンゲリオン』
ウィキペディア 貞本義行
ウィキペディア DAICON FILM
ウィキペディア 『王立宇宙軍 オネアミスの翼』
ウィキペディア ガイナックス
ウィキペディア 『フルメタル・パニック!』
あさのまさひこ著『海洋堂クロニクル―「世界最狂造形集団」の過剰で過激な戦闘哲学 (オタク学叢書)』
DP るーみっくわーるど 海洋堂 ボトルオンフィギュアコレクション by BOME Vol.1 ラム 全2種セット
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4月、5月の東京での4つの展示、6月の関西での2つの展示や中野ブロードウェイギャラリーでの個別展が始まり確実に知名度を上げているカオスラウンジが、東京でキュレーションをするのは約1ヶ月ぶり。トーキョーワンダーサイト本郷という東京都が新しい芸術文化を創造・発信するアートセンターとして設けた会場で行われた展示は、幾つかの若手アーティスト集団が集った催しのようだった。
なぜようだったと書くのかといえば、ユーストを使った配信では、カオスラウンジと遠藤一郎さんのグループが行うパフォーマンス以外にはほとんど何も見れなかったからだ。会場は黒瀬さんのチャットを引用すると「今日は全グループ入り乱れての祭りになってしまったので、流れとかはない感じです。。」と言うことなのだが、完全に上記2つのグループがカオス状態を作り出していた。
ツイッター(twitter)から移動して最初に聞こえてきたのは規則的な木魚の音と誰かが読むお経の声。壁にはお馴染みのアニメ雑誌の切り抜きだけでなく、今回は黒瀬さんをはじめとする人々の顔が遺影としてプリントされた紙がいたるところに貼り付けられていた。映像の中には黒い喪服のようなものを着た人や遺影の紙に手を合わせる人がいたりと完全に葬送状態。
さらにユーストの中盤からは緑のTシャツを着た若者が「髪の毛を剃ってますんで、他に剃りたい人いませんか?」と言いながら頭を丸めるパフォーマンスを行うなど、異常な空間が展開していた。遠藤さんの集団は墓石のようなものを掘り込むパフォーマンスを行っており、その音と木魚やお経が入り乱れた空間では極めて葬送的パフォーマンスが繰り広げられていた。
それらは思わず笑ってしまうような悪ふざけのはずなのだけれど、しかしこの『葬送』的状況を読み解いていくと、やはり彼らがこれまでに無い何か新しいものを求めているのだということは理解できる。自らの写真を敢えて遺影化したものは、もし前回私が書いた『「死なないための葬送」としての「はめつら!」』の中で指摘した「古い価値観を押し付けられた彼ら」というのが正しいのであれば、今回の展示をそんな価値観に縛られた自分自身を葬送するための儀式と捉えることはできないか。
さらにまるでオノ・ヨーコの『カット・ピース』を思わせる若者の頭を丸めるパフォーマンスは、歴史的に見れば頭を丸めるという行為に含まれる仏教的な、現世を離れ出家するという意味に読み取れば、新たな信仰や来世といったものを求める姿と受け取れるだろう。半分は彼らの悪ふざけに便乗したこじつけと取ってもらって構わないが、もしかすると彼らの葬送の後には、何かしらこれまでには無い価値観というか『新たなリアル』というものが生まれるのかもしれない。
あくまで予測でしかないが、それは9.11以降の世界情勢や、サブプライムローン問題に端を発した世界金融危機という問題の上に立ち、下流化や貧困といった問題も孕みながら、しかしそれでもその苦境を乗り越え、多くの人が本当の意味での豊かさに辿り着くための小さな糸口を見出すことなのだと思う。セロ年代という不毛の10年を経てきたこの国だからこそ提示できる、ポストゼロ年代の『新たなリアル』が生まれる可能性を秘めたこの展示は、多くの人の心をつかむ『ハートキャッチ!かおすら!』になり得るかもしれない。
『ハートキャッチ!かおすら!』が見れるイベント アートバトルロワイアル―オルタナティブなアートの地平を求めて―のサイト
ウィキペディア オノ・ヨーコ
(会場の写真は黒瀬陽平さんから勝手にお借りしました。この場を借りてお礼申し上げます)
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荒川修作という作家を知ったのは、今から1ヶ月ほど前の5月19日、ツィッター(twitter)のタイムラインに、尊敬や敬意をもって荒川修作のニューヨークでの死が伝えられた時だった。どうやら有名な建築家であること以外、もうひとつ明確なイメージが持てないまま、誰かが探してきた荒川修作講演会を収録したMP3を聞いた。
個人的には、何を言っているのか理解できないような発言も多かったが、何かそこにあるの強い確信のようなものだけは理解できた。そしてその時にはそれが何を意味しているのか分からなかったが、「人間は死なないんだ。死ねないんだ」という言葉が強く印象に残った。
国立国際美術館の地下2階フロアーの3分の1ほどのスペースを用いて行われていた展示には、棺桶を連想させる20点の作品が並べられていた。最初期にあたる1958年の綿を使った作品などは、それが一体何を提示しているのか全く理解できなかった。しかし芸術とは偏見や先入観を捨て、フラットに物を見るべきなのだと最近になって気づきだしたので、そのまま見ていくと、そこにはやはり凄いものがあった。
会場左奥に立て掛けられた《名前のない耐えているもの No.2》1958(1986)年を見ていると、その窪みやへこみ、凹凸や汚れといったものの中から、死の臭いを濃密に放つ存在が浮かび上がってくる。そのことに一度気づくことができれば、あとは荒川修作が作り上げた世界を理解するのはそれほど困難ではない。
腐った臓器や胎児、うめく人々の表情や排泄物といったグロテスクなイメージで人々の心を鷲掴みにする作品群は、どれも極めて根源的かつ日本的な暗部を持っている。そしてそれは、恐ろしい心霊写真を見せられた時のような生理的な反応を引き起こす。
それらは日本という社会に土着的に存在してきたが、経済成長といった「発展」や、文明的「光」によって駆逐された、今の我々の日常ではほとんど見ることない、しかし決して逃れることのできない『死』や『闇』の痕跡なのだろう。そんなとりとめの無い話を隣で鑑賞していた方と共に話しながら作品を見て回った。
そしてその方と作品ナンバー9『作品』という展示物を見ていた時、突然雷に打たれたようにして一つの啓示のが訪れた。それは『死なないための葬送』というこの展示がまさに、肉体的『死』を迎えた荒川修作が永遠を獲得するために創り上げた『死なないための葬送』という作品なのだというものだった。
それは「人間は死なないんだ」という永遠を求めてきた作家が自らの『死』という、最もインパクトのある事象を用いて人々に刻み付けた最後の作品であり、その啓示は「有機体」とは別の姿と化した荒川修作がその意味を伝えるために行った「言語」や「観念」を越えた何かの伝達ではなかったのだろうか。
そんな啓示を受けたことを隣の方に伝えると、その方は非常に驚かれながらも、「きっとそう。そうなのよ」と『死なないための葬送』という展覧会がなぜ荒川修作が亡くなった今行われているのかという意味をその方なりの理解をもって感じられたようだった。閉館時間を過ぎ、「出口へ向かってください」というアナウンスが流れる館内は日常のようでありながら、そこには日常とは全く別の時間が流れていた。
きっとそんな感覚を共有していたからこそ、地下鉄の駅へと向かいながらその方を『はめつら!』に誘うことになったのだと思う。そしてその方も「時間が無いけど、じゃあちょっとだけ」と誘いに応じて『はめつら!』会場まで足を運ばれたのだと思う。会場までの道のり、日頃は決して話すことはない、心の奥にあった様々な思いを話していたように思う。
その方の持つアイフォン(iPhone)に導かれて辿り着いた「はめつら!」会場には、『かおすら!』会場ともなった0000(オーフォー)ギャラリーに関係した人々や、カオスラウンジの支柱の一人、黒瀬陽平さんなどリアルとウェブで微かにつながりのある人々で溢れていた。そしてそれだけでなく、どこか自分と同じ、日本という国が作ってきた社会概念の枠にはまり切れない人々の匂いを感じた。
ちょうどそれは学生時代に旅したインドで出会ったドミトリー(ベッドだけが並ぶ相部屋)にたむろする人々のように怠惰ではあるのだけれど、どこか共犯関係でつながっているような居心地の良さを感じた。展示会場となっている2階へ上がると、文化祭のお化け屋敷のような暗い空間でパソコンを操作する人、ライブペイントを行う人、寝そべって動かない人などが勝手気ままに振舞っていた。
一緒に来たその方も最初は戸惑われたいたようだが、雑誌などの切り抜きが散乱し、ペイントスプレーのシンナー臭がする空間に居心地の良さを感じられたのか、「床に座りたい」と仰り、駅で貰ってきたフリーペーパーを床に敷くと、その目線から見る光景を「こっちの方が素敵ね」と笑顔を見せられた。
実際、その高さに自分の身体を置いてみると、全てがバラバラに見えた無秩序な空間にどこか統一感のようなものが生まれ出し、それまでは自分には関係のない空間だったものの中に、自分も一員として入り込んでいるような感じを覚えることができた。そしてそこから見る空間内の人々もこれまでとは違って見えた。
以前書いた京都造形大学のアートイベントで知り合ったKさんが、暗い壁面にプロジェクターで映された『東方プロジェクト(Project)』というゲームを無言でプレーする姿が印象に残った。青白い微かな光を浴びながら、弾幕系といわれるシューテングゲーム内で、自分の分身となった少女に弾を避けさせてる姿はなぜかとても切なかった。
目の前を乱れ飛ぶ弾を避けることに没入している姿。休むことなく繰り返される敵との戦いの中で必死に生き延びようとしている姿は、ゼロ年代という不毛の時代を精一杯生き抜いた自分自身や、多くの若い世代の姿そのままのような気がしてならなかった。
すでに決定されたルールの中で可能なことは、目の前に襲い掛かる様々な苦痛を回避するための回避行動以外になく、残された道はその回避をいかに美しく優雅に見せるかという自己満足に限りなく近い快感。ルールの外には決して出ることのできない閉塞感。そして結果的に繰り返される自分自身や仲間たちの『死』。
本当に不毛だったゼロ年代という時代の中で、若い世代の人々は、多くの『死』を経験することになったのだと思う。それは肉体的な『死』ではなくとも、自身のプライドや、人間の尊厳を否定されるような、ある意味で肉体の『死』より不幸な『死』の経験だったのだと思う。
自分が作った訳でもないシステムや価値観を押し付けられて、その中での生を強制させられる。自分たちが作った訳でもないバブル崩壊後の不良債権の犠牲になって、ある意味人間の尊厳を売り渡して生き続けていかなければならない絶望感。そんなゼロ年代の自分自身のリアルがそこに映し出されているように思えてならなかった。
画面上には大量の『死』が溢れており、その世界ではほとんど勝つことの不可能な回避ゲームが繰り返され続けている。そしてほとんどの場合最後に訪れるのは「GAME OVER」という暗く不吉な画面。日常で見ればなんでもないゲーム画面が、『はめつら!』という空間にあることでそんな風に見えてくる。
あの時代、荒川修作が刻んだ『死』の刻印とは別の、軽く、あくまでゲーム的『死』だが、そこには数え切れないほどの連続の『死』が薄暗い空間の中に漂っていた。そしてそれがきっと自分をも含む『新たなリアリティー』に即した現実なのだと思った。
『はめつら!』は我々にとっての、古い価値観を押し付けられながら生き延びてきた若い人々にとっての消極的な意味での『死なないための葬送』なのかも知れないと思った。ゲームやネット、アニメといったものに自分たちの『新たなリアリティー』を託しながら破滅への道を回避するための回避行動や、代償としての『死』が集積した空間なのだと思った。
ウィキペディア 荒川修作
MP3 荒川修作講演
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ウィキペディア 弾幕系シューティング
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では一体何か凄かったかというと、黒瀬陽平さんや藤城嘘さんがUstで繰り返し言っていた「ごはんラウンジ」や「模造紙オフ」と言われる「ライブペインテング」。確かに2階の壁面に展示された個々の作品の中には良い作品もあるのだけれど、それらは部屋全体に無数に貼り付けられたアニメ雑誌の切り抜きと混じり合ってしまい、個別の作品というよりも混沌とした部屋の一部と化していて、まさに「混ぜるな危険」状態。作品には作者名もキャプションも付いてないので、よく見ないと一体どれが作品で、どれが落書きされた切り抜きか分からなくなる。
また搬入や展示のために東京からやって来た黒瀬さんや梅ラボさんのあいさつが始まると、小さな展示場所は人か溢れかえり、さらなるカオスへ。Ustで見た「うしじまラウンジ」とはこんなものだったのかも、と思えるほどの人口密度で、それはそれで楽しかった。黒瀬さんや梅ラボさんは「どこにでも表現したい人がいて、そんな人が集まって創作できる場やきっかけを作り、どこでもカオスラウンジの発生状態にしていきますので、ぜひみんなも参加してください」とこの企画の更なる展開を約束した。
正直、まだその時は、そこに熱気は感じたけれど、カオスラウンジの何が凄いのか、またなぜ黒瀬さんや梅ラボさんが他の場所にまでカオスラウンジを広げていきたいのか理解できなかった。しかし、あいさつが終わり、人が適度に減った頃に始まり出したいわゆる「ライブペインテング」的なものを見ていると、じわじわとその凄さが分かりだした。壁の下段に張られていた白い紙に向かって5、6人が絵を書き出すと、そこでは個別に絵を書いているはずなのに、何か室内全体を包み込む不思議な幸福感が漂いだした。
書いてる絵はほとんど何かのアニメキャラの二次創作なのだけれど、その描く人々の背中から伝わってくる無防備で、描くことに没頭している姿を見ていると、見ている方まで心の底から「ああいいなぁ」と思えてくる。そしてそんな人々が描くキャラから伝わってくるそこはかとない面白みやキャラ愛といった感情は、子供の頃の落書きのようにとても自由で楽しんでいるって感じられる。描いている人々の絵はクオリティーがかなり高いので、参加するのはばかられたが、思わず自分も参加してみたくなる。そんな気持ちの良い空間だった。
そこで感じたことを傍にいた黒瀬さんに伝え、では破滅ラウンジはどうだったのかと尋ねてみると、「破滅のギークはゼロ年代を引き受けていて、日本のテクノロジー環境のいい所、悪い所に最適化している。そこには悪意があって、また自傷的に自分を痛めつけてもいて、自分たちのリアリティーを反映している」と回答。さらに、ではなぜそのような人々を含めたカオスラウンジという動きがゼロ年代を終えたこの時期に登場したのかと聞いてみると、その点はまだ明確ではなかったのか「やっぱり時代の区切りがあって、露出するまで時間がかかった」と答えるにとどまった。
折角なので部屋の隅に座って東方プロジェクトの博麗霊夢を描いていた梅ラボさんにも話しかけ、同じ質問をすると梅ラボさんは、器用に霊夢を描き続けながら「ピクシブ(pixiv)って便利じゃないですか。タグをたぐっていったり、情報も広げやすいし。そのアーキテクチャも大きいし、嘘くんのような人がみんなを繋げたのも大きい。個人的には嘘くんの癒され方ってハンパないし、そんな嘘くんが好きすぎるんでやってる部分が大きい」とカオスで活動を続ける理由まで話してくれた。
東京での展示を終え、まずは京都、そして大阪の『はめつら!』と関西に飛び火したカオスラウンジという火の手は、きっと全国のピクシブユーザーや、純粋にキャラを描くことが好きな人々の手によってより大きなムーブメントとなっていくだろう。そしてもしかするこの流れは、村上隆さんが言うように欧米文脈とは全く違った流れとして、世界のマンガ、アニメのキャラを愛する人々の手を通じ、世界的な流れになるのかもしれない。
0000(オーフォー)ギャラリー『かおすら!』紹介ページ
『はめつら!』開催中のコーポ北加賀屋ブログ
カオスラウンジ 2010ホームページ
ウィキペディア 黒瀬陽平
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ささやかだけど心に届くもの「植田正治写真展『写真とボク』」
関東のtwitterフォロアーの方が「何で東京でやらないんだ」といった感じでつぶやかれていて、そんなに良いのならば、と何も知らずに行った写真展。植田正治という名前も、どちらかと言えば写真を見るのが下手なので半信半疑でしたが、この写真展とても良かったです。
特に初期の画面構成力や、黒の存在感。その黒の中には作者の持つ、締りのある人間性が映し出されているように思えました。静謐でありながら、心の奥まで強く届く詩情のようなものがあって、これほどの作家を全く知らなかったなんで…と思える力を感じました。
また時代でしょうか、デ・キリコのシュールレアリズムを思わせる作品にも出会いました。そこで生み出される実際には見たことがないけれど、なぜか心に刻まれている心象風景のようなものも良かった。安定感だけでなく、若さが生み出す精神的、発想的キレも感じられ面白かった。
中期以降の作品には、遠すぎも近すぎもしない被写体との程よい距離感が見ていて心地よく、また被写体からではなく、画面全体から伝わって来る懐かしさのようなものが、この忙しい世の中だからこそ逆に染みてきて好感を持ちました。
「写っている人たちにとっては、今日に生きた証として片隅の小さな伝記になるのではないだろうか」と語った植田正治。出会っては去って行く人々との一瞬の交わりを愛情を込めて写し続けていく、そんな程よい距離感と温もりが心に響く展覧会でした。
『植田正治写真展 ~写真とボク~』
JR京都伊勢丹7F 美術館「えき」KYOTO
◆2010年5月21日(金)~6月13日(日)[会期中無休]
◆開館時間:午前10時-午後8時(最終日午後5時閉館)入館締切:各日閉館30分前
◆入館料:一般800円(600円)/高・大学生 600円(400円)/小・中学生 400円(200円)
JR京都伊勢丹7F 美術館「えき」KYOTO ウエブサイト
ウィキペディア 植田正治
アマゾン 『植田正治 小さい伝記』
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今なぜ日本画Ust(ユースト)なのか
このUstを見た後、あくまで個人的印象として感じたことは「日本画」という存在は、すでに埃をかぶり、押入れに仕舞い込まれたジャンルではないかということだった。あいまいな自分語りに終始した芸術系大学出身者たち。岩絵の具やにかわといった素材の魅力を妄信するあまり、時代性や芸術本来の自由さを失った現状。
もし彼らの周囲に他者性というものがあれば、きっと彼らはその他者を通じて自分の今ある姿を認識できたかもしれない。しかし周囲に本当の事を言ってくれる人はなく、「日本画が好きだから」という以上に掘り下げることもできない仲間たちと、閉鎖された空間の中で馴れ合っている。
そんな印象が最後まで付きまとい、フラストレーションが溜まる一方だった放送は、結局何の進展もないまま終了。そのもやもやとしたわだかまりは、いつまでも心に残り続けた。なぜあの特異な芸術的嗅覚を持つ村上さんが、今になって日本画というジャンルを取り上げたのかという疑問と共に。
放送内で再三語られた「君たちはもったいない」という言葉は、村上さんの嘘偽りない言葉なのだと思う。高い技術を持ちながら、その出力方法がズレているために美術の世界から離れていかさるおえない人々。他者性や時代性と格闘しながら制作すれば、より多くの人々に芸術の素晴らしさを伝えることができるのにと。
日本の美術界では、決してメインストリームにいた訳ではなかった村上さんにとって、高い技術力を持ちながら、それを活かしきれずに消えていく若い才能を惜しむ気持ちが強いのだろう。特に近年、西洋の文脈に頼らない、日本独自の価値観を世界に発信していこうとしているのだから。
「見る人に喜びを与える作品を作る」ことは果たして「才能の切り売り」なのだろうか。自分は満足しても人に満足を与えることのできない作品は本当の芸術と言えるのだろうか。確かにゴッホや幾人かの不遇な芸術家のように、その死後作品が認められた作家もいる。しかしもしそうなりたくなければ、世界と向き合ってもう一歩踏み出しても良いのではないか。
多くの人が芸術に親しみ、より身近に芸術を感じるためには1人の天才しかいない世の中よりも、優れた10人の才能が多様な作品を生み出すことの方が大事だろう。村上さんが言う「20年で6000人以上いる日本画出身の卒業生で百姓一揆を起こそう」というのはそういうことなのだと思う。
Ust(ユースト) 日本画はどこへ行く 再放送
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会田誠さんのジレンマ、そして未来の可能性
そして今回、始めて本人が話すのを見たのだが、「言葉で説明するよりも絵で感じて欲しい」と述べていたように決して話上手ではなく、かなりシャイな人だった。だから序盤のトークは快調とは言いがたかったが、話がアートの現状や問題点になると次第に盛り上がりを見せていった。
問題定義をしたのは、聞き手でもありミヅマギャラリーのディレクターである三潴末雄さん。日本画の「文化勲章」を背景とした国内のクローズドマーケットのランク付けや、芸術院会員になるためにお金が動き、運動が行われていることに話が及ぶと、以後は日本や世界のアートが抱える問題が話題となった。
中でも日本というドメスティックな場所の「暗部や恥部」をテーマとする会田さんにとって、世界を舞台に戦うことの難しさは切実なようだった。「インターナショナルになりたいがゆえに分かり易くはしたくないが、世界的な存在である方が嬉しい」という思いや、「変な言い方をすればニューヨーカーに生まれたかった」との言葉の中には、アートの辺境に生まれた者の苦しみが滲んでいた。
また美術界では「ある程度評価の定まった人間」となったがゆえに、「時代の周期」に翻弄されなければならない難しさや、「東からの風」が吹いてるにもかかわらず、プレーヤーとしては中国、韓国に遅れを取りつつある日本の現状への静かな苛立ちが語られていた。
それでも、新たな可能性への言及がなかった訳ではない。「たとえばやる気の無いヘタレ男の表現などは日本が先に進み過ぎているからの表現であって、それも進化といえば進化。必ずしも日本が駄目とは言い切れない」という言葉に、現在進行しているカオスラウンジの動きを重ねてみると納得がいく。
さらにはUstからの「若いコレクターに必要なものは?」との質問に対し、「日本は現代美術にも本物と偽者を見分けるというようなものがあるが、それよりはクソをクソと分かっていて何か未来を賭ける勇気がなきゃ次の時代は来ない」という回答にはセンセーショナルな作品を発表し続けるアーティストとしての一面が垣間見えた。
「僕の若い頃は現代美術は基本的にやっちゃいけないものであり、反抗の手段としてやっていた」という会田さんにとって「スマートなものとなり、どんどんやれという感じ」になっている現状には不満があるのかもしれない。しかしそれでも若く新しい可能性に希望を見出そうとする姿に、「美の病」に取りつかれた男のロマンを感じた。
Ustアーカイブ 会田誠+三潴末雄トークショー
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ミヅマアートギャラリー 会田誠展『絵バカ』のページ
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まずこの講義では、「大きな物語の喪失」ということが大前提となっている。ここで言う「大きな物語」とは、社会主義や資本主義といったイデオロギー(信条体系)や国家といった枠組みが作り出す集合的価値観。さらに言えばマスメディアが作り出すようなある種のくくり的価値観となる。(浅田彰先生の解説を含む)
要するに人々は誰か他人が作り出したある一定の集団に通用するプログラムでは前に進めなくなっており、何か自分独自の、又はもっと小さな単位で通用するプログラムを生み出さなければならない時期に来ている。福嶋さんは文芸批評家として、これからの時代における文芸の可能性を語りながら、それは極めて私たち一人ひとりの小さな物語の強度ををいかに高めていくかという問題を浮き彫りにしてくれる。
福嶋さんは現在の複雑化し、情報のネットワーク化が進んだ社会では、現実は半現実(ハーフリアル)としてしか認識できないと言う。それは個人が分断され、大きな価値観が通用しない世界では、人々が自分の目の前の世界しか認識できないこと。さらにネット世界と現実の世界といった2重の自己を持たざるおえない現実を反映した結果なのだという。
また今ある私たちの現実さえも、たとえばコンビニのように一度数値化され、リサーチされた存在が、商品として店頭に並ぶという極めて作りモノ的な現実の中を私たちは生きているのだという。それを極限まで突き詰めた状態をイメージするなら、映画・マトリックスの中で描かれた、全てがシステムに支配された世界を思い浮かべると良い。
そんなハーフリアルな現実の中の個人は極めて小さく、また不完全で、そこでは「耐久性のある『向こう側』」につながる物語を生み出すことは極めて困難になる。「耐久性のある『向こう側』」を独解すると、細部を取り除いた先にある、「ゆるやかなつながり」を可能にする土台や基盤がある場所となるだろうか。
そんな中でいかにして我々の小さな物語に強度を与え、「耐久性のある『向こう側』」につながる回路をつくることができるか?その問いに福嶋さんは3つのヒントを提示する。1つ目は「時間的尺度と固有性の導入」。2つ目は「具体的事実性や近接性から出発し、いつしか別の領域に誘導すること」。そして3つ目が「ゲーム的一回性のデザイン」。
文芸評論ではなく、あくまで人々の小さな物語の強度を高める方法と考えれば、1つ目は講義の終盤、浅田先生が発言した「歴史の重要性」にいきつくだろう。世界は個人の人生という時間性や、そこで生み出された価値観だけで生き抜くにはあまりにも強大だ。しかしそこに、歴史観や歴史的蓄積を導入すれば、海底にいかりを降ろすように荒波の翻弄を軽減できるかもしれない。
そして2つ目の「具体的事実や近接性から出発する」というヒントは、ゼロ年代中盤以降登場した日常系アニメや宮藤官九郎さんのドラマに共通した「好きでつながる」というものや、宇野常寛さんが提唱している「郊外でつながる」という具体性や手触りを基盤として出発する方法だろう。
我々はたとえ一人では弱くとも、心情的、感覚的にふれあえる「緩やかつながり」を確保できれば、厳しい現実に直面しても互いに励まし合って生きていける。それはもし、ゼロ年代にtwitterのようなツールが普及していたら、秋葉原や池袋で起きた連続通り魔だって防げたかもしれないと思えてくるのだが…。
また3つ目の「ゲーム的一回性のデザイン」というものは、「退屈な日常の中で『死』という終わりを意識していくことで、そんな日常でさえも、輝かしいものに変えることができる(宇野常寛『ゼロ年代の想像力』)」という考え方を言い換えたものになるだろう。
講義の終盤、浅田先生が何度も取り上げた「悪い場所」問題。今だに多く人々が前に進めない現状をこの問題の責任にしている事への不満からか「すでに世界にはいい場所も悪い場所もない」と力を込めて述べられたことが印象的だった。村上春樹さんが書かれた『1Q84』的に言えば、私たちのリアルはすでに二つの月がある世界にしかなく、一つの月しかない世界には決して戻ることはできないのだ。ならば二つの月のある世界を全力で生き抜く以外にないのだと思う。
ユチューブ 福嶋亮大さんデビューのきっかけインタビュー
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ウィキペディア 宇野常寛
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アマゾン 『マトリックス 特別版 [DVD]』
アマゾン 宇野常寛著『ゼロ年代の想像力』
アマソン 村上春樹著『1Q84 BOOK 1』
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昨年のGEISAI台湾のダイジェスト映像に続いて始まった登場直後、村上さんは「この数ヶ月で日本ではアートに大きな変化がありました」と話し始めた。「アーティストの意識がネットワークの進化によって随分変化してきている。ネットワーク上の新しいメディアの中で表現したい、何か伝えたいという人々が出てきていて、アートの概念も拡散。アートが形のあるものだけでなく、情報そのものとして存在していく時代に入りました」と一連のカオスラウンジの動きを踏まえてあいさつ。
続いて行われた昨年のGEISAI台湾の受賞者たちのプレゼン。それに対する村上さんの日本と台湾のGEISAIの比較から何かが動きだしたようだった。「日本のGEISAIは、私と私が出資している会社が全額お金を出している。色々な所にスポンサーを頼んでもサポートしてくれません。日本の社会では、アートは物好きがやる行為なんです。台湾はその点、文化事業として芸術を押し上げようと協力してくれるから、クオリティーとしては台湾の方が上なんです」。
さらに「僕はずっとヨーロッパや北米を基盤として活動してきた中で、これだけはプレゼンとして言えることを発見しました。それはアートが最もコストパフォーマンスが良い文化的行為だということです。アートって距離感とかスケールとか関係ないんで、みなさんのどなたかがドカンとブレイクして、アートシーンを牽引していく可能性も十分にあるんです」と力説。
そこから始まったQ&Aでは、事前アンケートにあった「芸術家の定義とは何か?そして芸術とデザインとの間に境界はあるのか?」といういきなりの本質的質問に、村上さんは「じゃあ僕、エンジンをカチャっと入れて話しますんで」と話し出した。「芸術とは何か?この大きな問いは僕が大学時代から48になる今まで、毎日、毎日この瞬間も、うんこの時も、シャワーの時も考え続けています」。
「分かりやすい喩えで言えば、アップルのスティーブ・ジョブズが僕にとってのスターアーティスト。つまりアーティストとは何かと言うと、自分の発想したビジョンで、世の中が変わる。もっと良く変わるという信念を持って社会と交流していける人、それが芸術家だと思う。そして芸術家の仕事は、世の中に自分がいて、自分と社会を結びつけることで世の中をより良く変えることであり、変わった瞬間が芸術であるということですね」と回答。
2つ目の質問については「僕はアップルのヘビーユーザーなんですけど、彼らの製品に投資しているのは彼らの哲学と製品の美しさ、さらにその2つを合わせた可能性が我々に夢を与えてくれるから。その3つがあるからなんです。ジョブズは自分が目指しているのはビートルズだと言っています。ビートルズの音楽で世界は変わった。そして彼らの元にはお金が入ってきた」。
「人がもし大きな夢を持ち、それが現在の世の中にないものであれば、多くの協力者を得なければならない。そして多くの人間たちとコミュニケートするための一番の方法は、ビートルズと同じく芸術なんです。もしその芸術が素晴らしくて人々に支持されるのならば、必然的にお金も集まってくるそれが現代の世の中なんです」。
「しかし時代が求める芸術とお金のサーキュレーション(循環)が永続的に回るのは凄く難しい。だからそれを可能にするためには面白く、楽しい、未来に夢を持てるような循環をデザインし直さなければならない。これからは芸術、ビジネス、デザインの一つだけをやっていればいいとか、それぞれが分断した考え方はなくなると思っています」。
「芸術はウォーホールの時代から随分進化しているんです。ウォーホールが言ったのは『誰でも5分だけ有名になれる』。それはあの時代には出来ないことだから彼はそう言った。しかし今やフェイスブックやブログなどで話題をしっかり作れば、その人間は有名になれる。ですから今、芸術とは何か僕らから言えることは、世界が全て本当に芸術的になるということです」。
また場内からの「ニューヨークという環境がその後の作品づくりに与えた影響は?」という質問に対しては、「94年から3年間滞在して、現在もスタジオを運営していて、資本主義経済を牽引してきた国で芸術をやってきたことは非常に意味があることでした。つまり資本主義が限界まで膨れてきた中で、芸術がある役目を遂げなければならないという予感があったからです」。
「しかしその後のクラッシュから、人類をもっと豊かにしようという資本主義という発明が随分疲れてきたし、もっと大きなパラダイムを発明しなければならない時期に来ている。なので当時は資本主義経済とアートシーンの合体が重要でしたけれど、今はそれほどでもない気がしています。依然、アートのキャピタルはニューヨークですけれども、今はそれだけではない気がしています」。
さらに「中国のアートシーンについて、そして資本主義の中での芸術活動の限界について」という質問には、「2年程前まであった大きい中国のアートシーンのムーブメントが一段落ついたのはみなさんも知っての通りです。しかしこの中国の活動には2つの意味を感じます。一つはよくぞアジアからマイナーチェンジにしても独自のルールを作り出したという賞賛。しかしオリジナルでないコピーであるなら、それは朽ちてなくなってしまうという事実」。
「恥ずかしながら、僕自身はアジアのアートのルールをまだ作っている訳ではないのです。西洋の作り出したルールの中で起動しているアーティストの一人なので、ゆえにGEISAIを作って何かアジアから、日本から新しいルールを作れないかというのが狙いでした。そして膨れきった資本主義の中での芸術とは何かを考えると、僕ら絵を描く芸術家は絵を描いてそれが認められ、お金に変わったり、変わんなかったりを芸術と捉えてますんで。つまり大きい画面に絵の具を塗るだけが芸術でなく、芸術とはもっと広い意味で可能性があるのではないかとアジアから問いかけなければならないのではと思います」。
最後の質問は「作品を作りながら、どうやって自分らしさを見つけていくか」と言うものだった。それに対して村上さんは「僕もまさに今言った疑問を毎日自分自身に投げかけています。その中でプロのアーティストとして言えるのは、それを優れた漁師の勘に喩えることができるかもしれません。同じ条件であってもなぜか毎回大漁の漁師がいて、その人は他の漁師よりも何か違う努力やものを見て判断しているのかもしれない。その何か違うものが芸術家の価値であったりレベルなのだと思います」と真摯な言葉で語り掛けた。
正直、これほどオープンに心を開いて、一人の芸術家の芸術観やビジョンが語られたるだろうとは思ってもいなかった。350人ほどしかいなかったユーストの視聴者も同意見だったらしく、「このUst凄い」という驚嘆の言葉以外、約35分間、コメントを書き込むものはほぼいなかった。密度の濃い質疑応答を終えた後は、なぜかぐったりと疲れ、その後の黒瀬陽平さんによるカオスラウンジの説明も頭に入らなかった。
きっと村上さんをこれほど本気にさせたのは、会場に集った台湾の若者たちの熱気であり、アートに対する情熱なのだと思う。そしてそれは、芸術という何か不思議な存在を共通の基盤として燃え上がり、人々や世界をより良く変え、未来に希望を抱かせる大きな可能性を秘めたものだと思う。
GEISAI大学ユーストin台湾 Q&A以降
ウィキペディア 村上隆
ウィキペディア スティーブ・ジョブズ
ウィキペディア アンディ・ウォーホル
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しばらくすると、その楽観性に各方面から反対意見が出たようで、中でも4月29日にCNET JAPANに掲載された佐々木俊尚さんの反論は反響も大きかったらしい。一応その文章に興味を覚え、さっと目を通したが、「光という高速道路の敷設より、生活に直結した使いやすいサービスを生み出すことを優先すべきでは」という主張には概ね共感できた。
個人的には孫さんが自らの過去と自身の「志」を熱く語った「孫正義 LIVE 2011」書き起こしを読んで以来、孫さんという人物に注目していただけに、もう一つゾクッするような主張であればなと思いながら、この話題はすっかり過去のものとなっていた。
だから昨夜、twitterで「孫正義 vs 佐々木俊尚 徹底討論『光の道は必要か?』」という番組がUst生放送されると知り、一体、どのような経緯で二人の対談が実現したのかも、また二人がその後、どのようなことを主張していたかも全く知らずに番組を見ることになった。
孫さんはこの討論を佐々木さんの名前から「巌流島対決」になぞらえていたようで、宮本武蔵よろしく、豊富な知識と綿密な下準備を整えて番組に臨まれていたようだ。超簡単に孫さんの主張をまとめると、「現在のメタル回線(旧来の電線などを使った電話回線)と光回線の併用はコストかかさみ過ぎ。特にメタル回線は技術的にも転換期を迎えており、NTTがこの二重構造を廃し『光の道』を全家庭の室内まで引き入れる計画を実行すれば、結果的に税金を1円も使わず、NTTの収益も上がり、さらに利用者もこれまでにない利便性が得られる」(超訳)というもの。
中盤までの佐々木さんは、その主張に対し、「『光の道』というインフラよりも、人々と技術を結ぶその中間にあるものこそが今は大事なのであって、国家予算もなく選択と集中が必要な現状では『光の道』よりも、その中間部分を活性化させることに全力を尽くすべき」(超訳)と採算をベースにした反論を展開。
しかし、孫さんの主張が国費を1円も使わないこと。さらに「その中間部分の大切さはもちろんのことであり、ただし光回線が全家庭化を覆っている状態(クラウド化)が前提としてあって、その先に医療カルテの電子化や過去のデータベースを活用した電子教科書といった全く新しいデジタル情報革命が起こせる」(超訳)という採算まで含めた斬新で、可能性に満ちたビジョンを提示すると、佐々木さんは孫さんの主張に共感を覚えていかれたようだ。
それでも佐々木さんは「そのビジョンは正しくとも、次の段階での検証、さらにはそれに着手していく実行ベースで軌道に乗せていくことが大切」(超訳)と実現化を見据え、障害を実務的に乗り越えていくことの必要性を強調。孫さんはそれに対し、我が意を得たりといった感じで共感。その後は討論と言うよりも、新たなビジョンのプレゼンとそれに対する問題点の洗い出しといった対話重視の展開で5時間近い番組は進行していった。
日付が変わり、いかにも高級そうなワインが登場した頃には、二人はお互いの意見の一致を喜び合い乾杯。この国に明るい未来を提示するためには『光の道』が日本全国に敷き詰められ、その土台を活用した様々な技術革新によってより豊かな国民生活が実現できるという認識を共有していた。
番組終了直前には、孫さんは収録現場にいる人々からの質問を受けた。最初の質問は「孫さんの国を熱く語る姿に共感するが、自分がやるとなると恥ずかしさを覚えるのですが」というもの。それに対し孫さんは「僕は本当に日本が好きで…自分が生まれた国を愛することが、なぜ恥ずかしいんだ。自分が愛するこの国のために、何か少しでも貢献したいことのどこにためらう必要があるんだ」と言葉を詰まらせながら自らの思いを述べた。
またこれからの目標として「医療、教育、エンターテインメントを通じて、豊かさ、楽しさ、生産性を伝えるデジタル情報革命を実現したい」と語り、「自分は決して幕末の坂本竜馬だと思っていませんが、竜馬に憧れることは許して欲しい。そして素晴らしい人が素晴らしいことをしたと語り合えるのが歴史の素晴らしさであり、人間の素晴らしさではないか」と時代を越えてた思いや志の大切さを訴えた。
深夜1時まで約5時間、Ustでは1万3000人、ニコニコ生放送では8万5000人以上の人々が視聴を続けたこの討論会。この放送自体がネットワークやtwitter、Ustなどの人間が生み出した様々な技術的、環境的土台の上に成立した一つの到達点なのだと思う。しかしそこで語り合われ、伝えられていくものは、極めて人間的でぬくもりのある志や思いということに人間の普遍性を感じた。
ウィキペディア 孫正義
ウィキペディア 佐々木俊尚
佐々木俊尚さんソフトバンクの「光の道」論に全面反論する(上)
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