捜査や刑事裁判のあり方を変える刑事訴訟法などの改正案がきのう衆議院で審議入りした。

 戦後の刑事司法の歩みで、裁判員制度と並ぶ大改革となる。

 法案の柱である取り調べの録画・録音(可視化)は、捜査の透明性を高め、冤罪(えんざい)をなくすうえで意義が大きい。

 ただし、対象となる事件は、警察の強い意向を受けて殺人・放火など裁判員裁判対象の重大事件と、検察独自捜査事件だけに絞られた。全刑事裁判の2%程度にすぎない。

 重大事件で先行するにしても、段階的に対象犯罪を広げていくことが、制度の理念に沿うことになるはずである。

 密室の取り調べが供述の強要、誘導を招き、冤罪に結びつくことは長年指摘されてきた。

 これは、過去の問題ではない。先週、鹿児島地裁が捜査の違法性を認め、国と鹿児島県に賠償を命じた鹿児島・志布志事件、12年のパソコン遠隔操作事件など、やってもいない犯罪を「自白」することは近年も起きている。

 取り調べの可視化は、こうした捜査の不正を防ぐとともに、裁判で供述が被告の意思によるものかどうかが争われた際の証拠にもなる点で、有用だ。

 他の先進国が導入してきたが、日本では「容疑者の供述が得られにくくなる」と捜査当局の抵抗が強かった。今回の改革は大きな転換点となるだろう。

 改革のきっかけは、厚生労働省の村木厚子さんを冤罪に巻き込んだ郵便不正事件だったが、法案通りなら、この事件も志布志事件も対象外になる。

 死刑や長期の刑など深刻な結果に至る冤罪が許されないのは当然だ。ただ、現実には、痴漢など身近にある事件にこそ、冤罪がそのままになるリスクがひそんでいるのではないか。

 例外規定が広すぎる問題もある。例えば、容疑者のふるまいから録画・録音下では十分供述できないと捜査当局が判断すれば、可視化の義務は免れる。

 暴力団絡みの組織犯罪で報復を恐れるなど、ビデオカメラの前ではおよそ供述できない人への一定の配慮は必要だ。しかし録音・録画の原則は貫いたうえで、その記録の裁判での取り扱いを厳格にすることで、対処すべきではないか。

 改正案には、通信傍受の拡大や司法取引の導入など、人権やプライバシーとの関係で懸念がある内容も含まれている。

 いずれも本来、個別に入念に精査されるべき捜査手法である。国会は懸念の払拭(ふっしょく)に必要な修正を加えるべきだ。