一挙一動にどこかおかしみがにじむ人だった
(スタッフ)山口さん今どきの日傘男子なんですね
(山口晃)はあはあでも僕ずっと前からですね暑いのが苦手であぁ…あとすごいまぶしがりなもんですから目開いてらんなくなっちゃうんですね
山口晃は決して怪しい者ではない
現代の大和絵師…なんて呼ばれる画家なのである
代表作の一つ精緻を極めた東京・日本橋の鳥観図にはよくよく見るとありえない世界が広がっていた
1つ気付くと細部までくまなくチェックせずにはいられない
何せ太鼓橋の下を高速道路が走っていたりするのだ
かと思えば誠に艶めいた仏画をものし…
墨の濃淡で勝負する襖絵も描く
霞たなびく館の先を目で追うとこれがいつの間にか極楽浄土を目指す蒸気機関車だったという趣向
日本の美術シーンにあってその人気ぶりは群を抜いていると言っていい
だが本人はいつも飄々と至って緩いたたずまい
今大学でいらっしゃる?高校生なんですうわ〜ありがとうございますありがとうございました
面白そうだ…と1年前に取材を始めた
けれど相手は芸術家である
垣間見たのは迷路のような創作の道のりだった
東京・谷中のアトリエでこの日は依頼仕事
五木寛之が新聞に連載している小説「親鸞」の挿絵を手がけていた
これまでも紙面で読者の意表をつく山口ワールドを炸裂させている
熟考すること1時間
仕事は全く進まない
悩んでいるのかいないのか
フラフープはおできになりますか?
(スタッフ)いや〜とんとやったことないですああそうですか
(スタッフ)あっお上手ですねそうですねさんざん練習をしましていや〜…よいしょ…
筆が遅いと聞いてはいたが結局絵を描く様子は撮れずじまい
今にして思えばいささか不穏なスタートだった
当代随一の人気画家には実に多彩なお呼びがかかる
時には京都ツアーの案内役なんかも引き受けてしまうのだ
いいですねぇいいですねぇおぉ〜いや〜わ〜もう…いいなぁこう…
ツアーのハイライトは高級料亭で行われた山口のパフォーマンスだった
参加者から飛び出すお題を即興で絵に仕上げてみせるという
夏至
(司会)夏至…今日…今日夏至なんですね
(司会)難しいお題ですね難しいですね困りましたねう〜ん…簡単におっしゃいますね
江戸の昔将軍・大名の間で流行った風流な遊び
北斎や蕪村といった名人上手も宴席で腕を披露したそうだ
夏至ですか…
やりたいと言い出したのは山口本人
ほんの手すさび…というものの素早く踊る筆に仰天した
ヘヘ…はいありがとうございます
(参加者の笑い声)ごまかしましたね〜
(拍手)この人を描きだした時は何も考えていませんね
(参加者の笑い声)とにかく1人何か描くと何かなるだろうというので…いや〜昔の絵師というのはすごかったんですね
わずか20分足らず
憎らしいほど達者だった
しかも夏至の夜の短さをさりげなくストップウォッチで計らせている
依頼仕事に追われてふだんはめっぽう忙しい
半年余り先に予定されていた個展の準備で温泉宿に籠もったのは去年夏のこと
それまでとは少しばかり様子が違っていた
すいませんここもうちょっと暗くしてもいいですか?
(スタッフ)はいあ〜…
(スタッフ)一回消しましょうか?いやいやそれは…大丈夫
(スタッフ)山口さんが一番やりやすい…はいええあぁ…
(スタッフ)このぐらいはどうでしょうそうですね何か…
日常を忘れ新作の想を練る
ひらめきが降りてくる瞬間を見届けたいとこちらは甘い想像を巡らせていた
清流に遊ぶサギを飽かず眺める
山口のメモは「生き物らしくないラインギソウ」
何だかさっぱり分からなかった
夜は夜でパソコンを開き何やら先人の作品を眺めたり…
沈黙の重さに負けてつい尋ねてしまった
(スタッフ)いろいろ今絵を何枚か見られてたので何か次の…新作の何かを探してるのかなって思ったんですけどあぁ…何て言うんですかねあんまりそういうことはしないんですねえ〜っとですね…何だろう…今その質問はあんまりよくないですね何かうん…そういう考え方はよくないなう〜ん…そういうのは外して…うん…なかなか危険ですねこの段階で今はだから…カブトムシってサナギの時いじると死んじゃうんですよ
(スタッフ)はいあの〜今結構そういう時期なのでなかなかね…今の質問はかなり…あの…何か…うん…え〜…サナギをブンっとつつくようななかなかデンジャラスなことをお聞きになった感じで…
(スタッフ)あっ…え〜っとねだから僕は本当は答えちゃいけないんですよ答えたことで固まっちゃいますから今固めちゃいけないとこなんですね何て言うんですかね全体視のような視点でいきたいのが今話して言葉を選んでるだけですごい視点が限られてきてるんですねそういうことを今したくない時期なんですねだから新作のためとかそういうのとかでは一切ないということですらないということを言わない…みたいな要は後ずさりしながら…何て言うのかしらちょっとこうあの…うんそうね後ずさりしながら…う〜…うん
サナギを殺すわけにはいかない
秋からしばらく取材は途切れた
1969年東京に生まれ2歳から群馬で育つ
日曜画家だった父親の影響で絵に興味を持った
やがて好奇心は日本美術の歴史へと向かう
高校時代に油絵を習い始めると自身の画力の拙さを痛感
絵がうまくなりたい一心で東京藝術大学に進み油絵を専攻した
けれど早くも日本における西洋絵画の在り方に疑問を感じ始める
明治期に輸入された技法や事物の捉え方から逃れたい
もっと自由に絵を描きたい
模索の中で伝統的な日本画の技を独学で身につけユニークな作風にたどりついた
本人いわく和洋折衷のお絵描きのように評されるのが少し悲しい
旧態依然とした日本の美術界には息苦しさもあるようだ
いや〜かなり不自由ですねもう…OKもらうのにきゅうきゅうとしてる感じですねどうすれば自由に描かせてもらえるんだろうっていうその入り口を…入り口?方法を探してるっていう…
個展開催の2か月前
(スタッフ)お邪魔しますはい
(スタッフ)おはようございま〜す
ようやく取材再開の運びとなった
アトリエに用意されていたのはまっさらなカンバス
タイトルは既に「来迎圖」と決まっていた
菩薩たちと共に阿弥陀如来が降臨し人々を浄土へ導くという仏画である
山口は今まさに制作に着手するところだった
作業中うかつには声をかけないことそれが暗黙の約束になっていた
まずは鉛筆で菩薩たちの配置を決めていく
油絵の具と墨による線が混在する山口の作品では塗り直しや描き直しが難しい
下描きの時点から恐ろしく慎重だった
ふぅ〜
方眼紙の上で全体のバランスを確かめる
仕上がりのイメージは頭の中に既にあるらしい
けれどイメージをカンバスに再現しようとすれば抜け落ちていくものも少なくない
1か月経っても「来迎圖」はまだその片鱗さえのぞかせていなかった
本当にこれでいいのかとまるで自問自答を繰り返しているようにも見える
阿弥陀如来の表情も菩薩の顔も一向に定まらない様子
20分足らずで夏至の夜を描き上げたあの男とは全くの別人がそこにいる
筆を手にしたのは出し抜けだった
ここからは一気呵成そんな気がした
ところが…
・
(クラクション)
クラクションに集中を乱された
(舌打ち)か〜わ〜
逃げ去りかけた直感をもう一度懸命に手繰り寄せる
芸術家が向き合っているのは多分カンバスではない
己の内面にうごめく得体の知れない何か…
呻吟する姿は痛ましくさえあった
完成するのだろうか…
個展が始まる前日のプレス発表で嫌な予感は現実となった
運び込まれた「来迎圖」は未完成だったのだ
ちょっと頬がこけてる感じ
ひょっとして取材が創作の邪魔をしたのかも
ふとそんな思いに駆られた
夜を徹して山口は筆を入れ続ける
見守るより他になすすべはなかった
絞って絞って自分を絞り抜いて滴る一滴でカンバスを埋め尽くすこと
山口にとってこれは仕事ではない
表現なのだ
うわ〜…
朝になっても「来迎圖」は仕上がらなかった
あちゃ〜あ〜…あぁ…うわ〜
その腕をもってすれば完成したように見せるのはたやすいはずだ
壁に掛けられた「来迎圖」は明らかに途上だった
予定どおり個展は幕を開けた
だがあえぐような山口の闘いは終わらなかった
個展会場の休館日
(スタッフ)おはようございます
山口は「来迎圖」に向き合い続けた
実をいえばこの日以外にも閉館した夜から朝にかけて何度も筆を入れに通っていた
もはやそれは業としか言いようがない
作品を完成させられなかったことへの悔いと恥ずかしさ
そして今日5月17日「来迎圖」は未完のまま個展は終了
目を凝らすとそこには画家を志した山口が死を迎える間際半生を振り返るさまが描き込まれていた
もっと自由に描きたい
表現が祈りだとすればきっと山口は画家としてもがき苦しむ自分自身を救いたかったのだ
だがすがった阿弥陀様は優しげな表情の下で山口自身に変化していた
仕上がってないのは当人の力量の話だと思ってますけどもええ何かこう仕上げると大体塗り絵になっちゃうもんですからかといって塗らないと途中に見えるんで…はぁ〜いやいやいやまいりましたなぁ
阿弥陀様はなかなかに厳しいのである
あなたは1秒間に7回跳べますか?
世界一の縄跳び男
2015/05/17(日) 23:00〜23:30
MBS毎日放送
情熱大陸[字]【山口晃/チョンマゲ姿の侍とサラリーマンなど、独創的な世界を描く絵師】
画家/山口晃▽大和絵や浮世絵のようなタッチの中に、現代と過去や現実と空想がちりばめられた、卓越した画力で人々を魅了する人気絵師の個展創作の裏側に迫る
詳細情報
番組内容1
チョンマゲ姿の侍とサラリーマンが行き交い、超高層ビルと古い日本家屋が混在するなど、独創的な世界を描く山口。甘いマスクで古風な語り口。その人柄からサイン会や講演会の満席はもちろん、作品は新作の予約待ちが出る人気ぶりだ。そんな彼は1年ぶりの個展で新作を発表する予定を抱えていた。しかし、この創作過程は取材スタッフの想像を超えた困難なもだった。人気絵師が作品をゼロから生み出し、完成させるまでの過程を追う。
プロフィール
山口晃
画家。1969年東京都生まれ
東京芸術大学卒業後に同大学の先輩、美術家・会田誠の誘いを受け「こたつ派」に参加。2001年岡本太郎記念現代芸術大賞優秀賞を受賞。
国内外での展覧会ほか、新聞や書籍の装丁、広告の原画などを手がける。
2013年著書「ヘンな日本美術史」が第12回小林秀雄賞を受賞。
とにかく「遅筆」で有名で、創作過程の合間「絵を描く事が不自由」になるのだそう。
制作
【製作著作】MBS(毎日放送)
【制作協力】オルタス
関連公式URL
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