謎多き画家と呼ばれていました。
画家自身による手紙も著書も生存中の作品売却記録も現存しません。
わかっているのは生まれたときとこの世を去ったときだけ。
17世紀それは世界の海を制したオランダの黄金時代。
莫大な富が芸術を盛り上げていました。
オランダ南部の小都市デルフトもまた例外ではありません。
その画家が描いた故郷の町です。
運河沿いの石畳は表通りから煉瓦と漆喰でできた家々の間の小さな路地にまで続きます。
画家が43年の生涯のほとんどを過ごした町です。
路地の奥には今も画家が描いた女性たちがいそうな…。
そしてふと振り向くミステリアスな少女。
皆豊かで幸福な時間の中に輝いています。
皆さんご存じヨハネス・フェルメールの世界。
現在世に残っている作品は30数点…。
ほとんどは女性を描いたものです。
男性1人をモデルにしたものはわずか2点しかありません。
実はオランダの繁栄そしてフェルメールの世界観をうかがい知ることのできる秘密を握る2枚なのです。
特にこちらの1枚が…。
その絵は故郷デルフトを遠く離れたフランスパリに。
こちらで見ることができます。
おなじみのピラミッドから入場して北側のリシュリュー翼に向かいましょう。
ルーヴル美術館にはフェルメールの作品はわずか2点しかありません。
お目当てはその中の一枚です。
ふだんは3階に展示されているのですが…。
実は今その作品は東京に来ているんです。
こちら国立新美術館この先ほら見えてきました。
今日の一枚。
窓際のテーブルの前に座し何やら研究中の男。
彼が天文学者。
机の上の球体に手を伸ばした瞬間をとらえたいかにもフェルメールらしい描写です。
この球体は地球儀ではなく恒星や星座を描き込んだ天球儀です。
天球儀の手前には航海で使用する棚の上に並んでいるのは天文に関する本でしょうか。
その下には星図表らしきものがかかっています。
壁の右端には絵がかけられています。
何が描かれているかはのちほど。
この作品を何よりもフェルメール最高の一枚とするのは室内に拡散する窓からの光をとらえた描写です。
例えば学者の上着。
光を照り返しやわらかなヒダを作っています。
刺繍の施された布の上にきらめく白い粒のような反射光もまた光の魔術師と言われたフェルメールならでは。
日を浴びた天文学者は小さな窓から広大な宇宙へ思いを馳せています。
フェルメール円熟の技が光る傑作。
それにしても女性ばかりを描いたフェルメールがいったいなぜ男性のしかも肖像画のような絵を描いたのでしょうか。
この絵には対ともいわれる作品があります。
『天文学者』同様日ざしの入る窓の前に地図を広げ研究中。
ふと顔を上げた瞬間のようです。
どちらの人物もたっぷりとしたガウンを着ています。
これは日本の着物をアレンジしたもので当時オランダの知識層や富裕層で流行っていました。
2枚ともどう見ても同じ人物がモデルに見えます。
ではそのモデルの話から謎解きを…。
今日はこちらのフェルメールマニアさんに謎解きを依頼しましょう。
あのすみません。
ああちょっと待ってくれるかい。
今準備しているところなんだ。
いや〜フェルメールって世界中に作品が散らばっていてなかなか一緒に見ることができないでしょ。
だからこうやってフェルメールの複製画を作って世界を巡回するフェルメール専門のギャラリーを開こうと思ってね。
さてよしと。
ああ私フェルメールギャラリー準備委員会のヤン・ファンデルマールと申します。
今日はどんな話を聞きたいって?あの絵に描かれた人物…。
ああはいはいモデルが誰か知りたいってことね。
そりゃいい。
我々フェルメールマニアにとっても永遠のテーマのひとつなんですよ。
例えばこの『手紙を書く女性』。
額が広いでしょ。
この顔立ちは他の絵にも登場する。
ほらみんな同じでしょ。
一方こちらの手紙を読む青い服の女性。
ちょっとしっとりした美人。
これも他のフェルメール作品に登場する。
それでこちらがフェルメールの妻でこちらが娘。
なんて説もある。
まぁ家族の肖像画が残っているわけじゃないんだけどね。
おもしろいですね。
でも今知りたいのは『天文学者』の男性なんですけど。
ああそれならこっちへどうぞ。
『天文学者』こちらです。
モデルにはいろんな人が候補になっているんだ。
例えばフェルメールと同い年のデルフトの科学者。
アントニー・ファン・レーウェンフック。
彼は顕微鏡を発明して世界で初めて微生物を観察した人。
ただ惜しむらくは顔が似ていないよね。
こちらは哲学者のスピノザ。
フェルメールの父親と親交があったそうで。
他にフェルメールの息子説なんてのもある。
モデル問題は専門家でも手を焼いているみたいだ。
う〜ん…モデルが誰かということよりもここで重要なのは天文学者と地理学者を描いたことなんだよ。
それで『天文学者』なんだけどねちょっとおかしなところがあるんだ。
どこかわかるかい?えっ?さっぱり。
今なら当たり前に感じるけど当時ではありえない描き方なんだ。
実はそこにこの絵の秘密が隠されているんだけどね。
今日の一枚『天文学者』。
フェルメールマニアが指摘する当時はありえない描き方とは何なのか?そして画家がこの絵に仕掛けた驚きの寓意とはいったい…。
オランダの小さな真珠と呼ばれたデルフト。
フェルメールが生きた時代は半径500mほどの町でした。
その中心新教会。
フェルメールが育った家はこのすぐ近くにあります。
まさに17世紀にタイムスリップしたような町。
太陽の光を浴びた大きな窓。
フェルメールの息遣いが聞こえてきそうです。
フェルメールが活躍していた17世紀。
オランダは東アジアとの貿易で莫大な利益を享受していた大海運国でした。
この時代外洋を航海する船には必ず天文学者と地理学者が乗っていました。
彼らがいなければ大海原で船の位置を判断できなかったからです。
オランダの繁栄を支えた最先端の科学者がこの天文学者であり地理学者だったのです。
今日の一枚『天文学者』は1668年繁栄の絶頂期に描かれています。
ではこの絵の謎解きを続けましょう。
フェルメールマニアさん。
この絵は何か変だって言ってましたけど…。
わからないかい?天文学者の姿を見てごらん。
なんかぼんやりしているように見えないかい?まるでピンボケ。
あっ確かに!フェルメールの作品の特色は室内の一角で正確な遠近法と写実的な光の効果で描かれているということ。
ところが人物はぼんやりとした輪郭です。
その謎を解くのがカメラオブスクラという装置。
レンズに暗箱がついていてガラスの板に画像が結ばれます。
当時多くの画家はこのガラスに薄い紙を置いてなぞることで正確な遠近感をつかみ絵を描きました。
カメラオブスクラの映像の特徴は輪郭がやわらか。
今でいうところのソフトフォーカスになること。
ではこのぼんやりとしたフェルメールの描いた絵もそのガラスに映った画像をなぞったということなのでしょうか?近年フェルメールが暮らしていた家にあったとされるアトリエの研究が進んでいます。
屋根裏にあったこの部屋で『天文学者』を含む多くの室内画が描かれました。
さまざまな資料から部屋の長さは最大3.8m。
その部屋の大きさがフェルメールがカメラオブスクラを単になぞっていた画家ではないことを証明していました。
なぜならこの機械を使うためには被写体までの距離が6.6m必要だということがわかったからです。
つまりこのアトリエではカメラオブスクラは家の外に出てしまい使用できないのです。
フェルメールの絵は光にあふれそこに漂う空気感さえも描いています。
それは独創的かつ緻密な世界です。
単にガラスに映った画像をなぞるのではなく自らの筆に生かす。
だからこそ唯一無二の輝きを放ち今なお世界中で愛され続けているのです。
そしてフェルメールの精緻な描写は意外なことを語りだします。
例えばこの机の上。
天球儀とか本が語りかけてくるんだよ。
どういうことですか?絵の中に描かれたものは皆実在するものだとわかっているんだけどね。
例えばこの天球儀。
左におおぐま座。
中央にうしかい座が見えるよね。
こういった星座は神話の世界を暗示している。
そこまでわかるんだ。
じゃあ本のほうは?これはオランダの科学者が書いた『天文学・地理学案内書』というかなりマニアックな本だったらしい。
しかも左のページに挿絵があることから1621年に刊行した第2版だということまでわかるんだ。
さすがマニアさんらしい推理ですね。
ところで神話と天文学者の書いた本って関係あるんですか?実はこの本の中に書かれていることが重要なんだね。
なんかおもしろくなってきた。
フェルメールはなぜこうまでして天文学者を描こうとしたのでしょうか。
実はそれを解く鍵があります。
よ〜く目を凝らして見てください。
そう壁にかかった絵。
そこに描かれたものとは…。
フェルメールの作品は全部で30点あまり。
見比べるとちょっとおもしろいことがわかってきました。
窓から差し込んだ光の中で描いた作品が圧倒的に多いこと。
それに匹敵するほど多いのは背後の壁に画中画が描かれている作品。
その多くに寓意が隠されているといいます。
例えば女性の背後に描かれた天使。
ただ一人に捧げる愛を意味しています。
一方こちら。
天秤で真珠の重さを量っている女性の背後には…。
物事の善悪を見極めよという教訓にもなっていました。
では今日の一枚『天文学者』の画中画にフェルメールはいったいどんな意味を込めたのでしょうか?『天文学者』に描かれた画中画は旧約聖書の一節「モーセの発見」として知られています。
幼いモーセはエジプト王の虐殺から逃れるためナイル河に流されます。
するとくしくも岸辺で水浴びをしていた王の娘に発見され大事に育てられたのです。
そして成長したのち奴隷状態だったユダヤの民を率いてエジプトを脱出。
イスラエルへ向かうことに。
この旧約聖書のエピソードと天文学者の関係とは…。
この画中画は天文学者を聖書に出てくるモーセに通じる重要な学者だということを意味しています。
つまりフェルメールは…。
この絵で示していたのです。
そして机の上に置かれた『天文学・地理学案内書』。
実際の本にはこう記されていました。
この本も天文学が聖書の時代から連綿とつながる学問であり神の導きによって探求されてきたということを示しているのです。
この絵でフェルメールが背景に表したかったのは天文学者が手を伸ばしている天球儀。
そこに描かれたのは聖書や神話にもつながる星座です。
長い歳月数多くの天文学者が星の運行を研究してきたことでオランダの大航海時代そして黄金時代は幕を開けました。
神の領域とされていた星々にあくなき観測によって近づいていく。
画家はその姿に惜しみない賛辞を送っていたのです。
さすがフェルメール深いですね。
そうそうわかってきたね!あっこんな説もある。
モーセがエジプトを脱出したようにこの学者は地球を脱出して宇宙へ行こうとしている。
という未来予知の絵だとか。
それからもっととっておきのがある。
こっちこっち。
え?あの…。
この絵鏡の中の首飾りを観察することと天文学者がどうやって星を観察するかを対比させているものだという説があるんだ。
あの謎も解けたのでそろそろ失礼しますね。
あぁちょ…ちょっと待ってよ。
まだ話したいことがいっぱいあるんだ!ねぇねぇ!もしフェルメールの全作品を眺めてみたいと思ったら今東京の東銀座でマニアさんのギャラリーとそっくりの展覧会が開かれています。
本来なら世界中の美術館をめぐらなければできない体験が日本で。
ニュートンが万有引力の法則を発表するのはそれから20年ほど後のこと。
まさにオランダの絶頂期でした。
繁栄がもたらした豊かな生活は芸術も豊かにしていたのです。
画家はその時代を支えた男たちに敬意を払い描きました。
ヨハネス・フェルメール作『天文学者』。
オランダの繁栄とその礎をたたえた一枚。
2015/05/16(土) 22:00〜22:30
テレビ大阪1
美の巨人たち フェルメール『天文学者』円熟の技が光る傑作!独創的な描き方とは?[字]
毎回一つの作品にスポットを当て、そこに秘められたドラマや謎を探る美術エンターテインメント番組。今日の作品は、謎多き画家、ヨハネス・フェルメール作『天文学者』。
詳細情報
番組内容
今日の作品は、17世紀オランダ黄金時代を代表する画家、ヨハネス・フェルメール作『天文学者』。光の魔術師の円熟の技が光る傑作です。その生涯がほとんど明らかになっていない謎多きフェルメールの作品の中でも男性一人をモデルにしたのは、この『天文学者』と、対とされる『地理学者』だけ。しかも当時の人ではあり得ない描き方をしているというのです。そこには彼の絵の秘密と狙いが!また背景の壁に描かれた画中画の意味とは?
ナレーター
小林薫
蒼井優
音楽
<オープニング&エンディングテーマ>
辻井伸行
ホームページ
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趣味/教育 – 音楽・美術・工芸
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
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