サワコの朝【若尾文子、81歳…愛とは奪う物】 2015.05.16


(阿川)おはようございます。
阿川佐和子です。
今日のゲストはなんと女優歴63年間も銀幕のスターでいらしたのになんでこんなにおきれいなの?っていう…最近テレビでは「犬のお母さん」としてもおなじみの方若尾文子さんにおいでいただいております。
(拍手)どうもすみません。
こちらに。
おきれいなお着物姿で。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
やっぱりお外に出かけられる時は着物のことが多くていらっしゃるんですか?まあふだんは洋服ですけど仕事の時はどうしても和服が多い…。
で犬のお母さんも和服になっちゃった?そういう時もありましたね。
不思議なコマーシャルはなんでお引き受けになる気になられた?だって面白いじゃない。
あははっ!面白いです本当に。
ねえ面白い。
子供さんにもとてもあれで覚えられました。
ああ〜!私を分かんなくても「犬のお母さん」っていうんで分かられたの。
そういうことありましたよ。
あっそうですか。
(ナレーション)今日のゲストは名女優若尾文子さん。
19歳でデビューしその可憐な美しさでたちまち「大映」の看板女優に。
(若尾)うちも一緒に連れてって。
親方のためやったらうち生まれ変わって働きます。
こんなことでこのまま別れるなんて嫌や。
うち嫌です!さまざまな名監督名俳優と共に日本映画の黄金時代を彩り女優ひと筋として生きてきた若尾さん。
50歳の時世界的な建築家黒川紀章さんと結婚。
女優の仕事を減らし夫を支える妻へとその生活を一変させました。
私ねやっぱり考えたらやっぱりっていうことに気がついた。
81歳にしてこの美しさ。
いまだ現役の女優若尾文子さんが生涯をかけた「愛と仕事」についてサワコに語ります。
お年を伺うのもあれですけれども女優になられて63年?63年?はあ〜!自分じゃ計算したことないですけど。
あははっ!何しろ260本ですから。
260本!でも当時本当にたくさん映画作っていて…。
1週間に1本ぐらいのペースで?そう。
っていうのは封切りっていうのがありまして1週間に1度映画変わんなきゃいけないんですよ新しいのに。
そんなテンポで?映画館。
だからほとんど若い頃は半分徹夜。
でうちへ帰るのも1週間に1度ぐらいしか帰れないんですよ。
じゃあもうこの役は好きだとか思い入れるとかちょっと嫌だとか思ってる暇もないような…。
まあほんとはねやりたくないものもありましたけど。
あっそうですか。
「五社協定」っていうのがありましてね皆さんほらそれぞれが抱えてるわけですよ。
「東映」「大映」…。
そうそう。
だからあの〜断れないんですよ。
その会社の女優ということになれば…。
ええ。
もうよほどこれどうしてもやりたくないっていう場合には入院しちゃうんです。
はい?入院。
(スタッフ)あははっ!だってそれ以外降りられませんもん。
もう病院と結託して…。
結託するんですか。
で入院しちゃえばしょうがないっていうことでほかの人がやることになると。
そうすると安心して退院してくるんですか?そうそう。
あははっ!でも戦後間もなくで女性が仕事に就くなんていうことすらなかなか難しい頃に…。
当時ちょうどアメリカ映画が入ってきた頃。
ああ〜。
でなんかやっぱり夢がねありますでしょ。
それでなんか私は女優になるんだって思い込んで。
じゃあ「大映」に入られたのが…。
それはね当時ねニューフェイス募集っていうのがあったのご存じですか?いや…映画会社それぞれにね。
そう。
で受かってしまったんですよそれが。
あははっ。
で運がいいというかあの〜6か月の養成期間が終わるか終わらないうちにあるその当時売れてる女優がいてその人がやるはずだったものがあまり汚れ役なんで嫌がって降りてしまったの。
へえ〜。
それでお前やれっていうことになったわけ。
突然の抜擢ですね。
そうですよ。
だけどひどい役なんですよ。
丸坊主にされて。
それはなんの映画ですか?あのねどっか満州かなんかから引き揚げてくる…。
で大勢日本のその人たちを引率してなんか山犬が出たりなんかするのを私が戦いながらみんなを引率して引き揚げてくるっていう役なんですよ。
女だてらに?うん。
でも私悲しかった。
うちへ帰って触るとね…。
えっ剃ったんですか?全部。
剃らない。
五分刈り。
だけどそれは寂しいですよ。
私嫌だな〜と思ったけどもうしょうがないでしょ。
それおうちってお父様お母様がいらっしゃるおうち…。
そう。
父は反対してたんですけど私がもうなりましたから。
でも五分刈りで帰って来られちゃあ…。
私だからねもう嫌でねうちへ帰ってもほんと押し入れの中に隠れてました。
あははっ!
(ナレーター)ぬくもり驚きを届けてきたパナソニックの光が今進化する。
LEDの光で情報をつなぐ新たな技術を開発。
光あるすべての場所であなたと街に新しい関係を。
(ナレーター)自分で歩きたい。
自分で食べたい。
年を重ねるとそれが当たり前ではなくなってしまう。
だから私たちはささえ続ける。
よりそうささえるパナソニック。
これからの介護。
これからの暮らし。
パナソニックのエイジフリー。
今でも記憶に残っている音楽は?ミュージカルの「キャッツ」っていうのがありましてね「メモリー」っていう曲がねそれがねなんかこう悲哀に満ちた曲なんですよ。
こうなんていうの?スターだった女優が落ちぶれてそれを…昔のことを思い出しながら歌うっていう歌なの。
ご自分に重ねてっていうわけじゃないですよね?まさかね。
そのころね…。
そのころ違う…まだね。
まだあんた今なら分かりませんけど。
そのころはあんたまさか…。
だからきっといいと思ったんでしょうね。
はあ〜。
本場の「メモリー」ですね。
うん。
いいでしょ?とてもね。
ねえ。
なんかこうどうも日本的な役が多い印象が強いんですけども洋楽とか洋画に…。
好きですよ。
ねえ。
これは営業用。
ふふふっ。
あっ営業用…。
あははっ!日本風なのは?そうそうそう。
あははっ!あの〜いちばん…若い頃に苦労なさった映画というのが「赤線地帯」だって。
吉原の…。
(若尾・スタジオ)そうです。
若いけどいちばん腕がよくて稼ぎ頭って役なんですよ。
人のお客さんでもなんでも横取りしちゃって。
(阿川・スタジオ)でもそれだけの女としての魅力も出さなきゃいけないっていう。
うん。
だけどそんな出してる暇はないんですよ。
セリフをねちゃんとそれらしく見えるようにしゃべらなきゃいけないし。
でね溝口健二さんって方は…。
これ溝口健二さんの。
はい。
何をやってもOKしない。
フィルムを回してくれない。
あっセリフを言ってよければじゃあフィルムを回しますっていうことになるんですか?そうですよ。
まあその…ある1シーン。
そこの人たち出る人全員扮装してできちっと支度も全部して朝9時にそこで集まってそこでその1つのシーンを舞台のように続けて芝居をしろっていうのがあれなんです…。
でそれをやりはじめたらてんで話にならないんでしょうね私が。
若尾さんのセリフが?セリフも芝居も。
芝居も?だから回さない。
でそれが10日間も続いたんです。
回さないまま毎日朝9時に集まって全員衣装を着て。
そう。
それで若尾さんのセリフが駄目だからまた翌日ってことになるんですか。
そう。
だから全員…私以外は全員大先輩。
木暮実千代さんとか三益愛子さんとか…。
京マチ子さんとか。
京マチ子さんと。
そういう方がズラっとこう。
で私としてはほんと死ぬほどつらい…死ぬ方が楽でしたねあれ。
へえ〜。
そのシーンがちょっと実は資料としてございますんで。
あるんですか?ご覧いただきましょう。
こちら!艶やか艶やか。
うんうん。
痛てて…うん。
(若尾)私一日お茶っぴきだったのよ。
ねえゆっくりしてらして。
うん。
たったこれだけのセリフになかなかOKが出なかったそうです。
このシーン?うん。
毎日ね撮れないとね帰る以外ないんですよ。
もうお昼前にみんな解散。
解散。
なんと…どうなさったんですか?どっかでそういう力が出てくるんですかね10日目にね「はい回そう」って。
認められたわけですね。
でしょうね。
で回してくれたんです。
その時はどう思われました?どこが…どこが違うんだろう?と思ったんですよ自分じゃあ。
前の10日間と。
うん。
内面が変わったんですかね?でしょうね。
きっと。
やっぱりその…根性が出てきたんじゃないですか。
はあ〜。
で溝口健二さんは「君の鼻がいけない」って言うんです。
素直すぎるって。
鼻って鼻の形が?うん素直。
だったら顔を変えようって…。
顔を変えるって?メーキャップで。
あっメーキャップで。
だからねその当時の写真見るとほんとにびっくりするようなすごい顔してますよ。
唇をねこう薄く見えるように墨でね薄く描いて。
それから眉毛なんかもこう太くてきつくて。
なんかね顔を変えたんですよ。
ほう〜。

(妻)昔はお肉と揚げ物が大好きな人だったのに…。
(夫)あっ金目か〜。
お魚を選ぶようになったわね。
(ナレーター)そんなニッポンの暮らしに耳を傾けたら新しい家電が見えてきました。
野菜や魚を出し入れしやすい真ん中収納に。
しかも鮮度にこだわる冷蔵庫です。
うまいなぁ。
これからの日々にパナソニック「Jコンセプト」
(旅行者:スペイン語で質問)
(翻訳機)これは何ですか?
(女将)日本のお菓子でございます。
(翻訳機:スペイン語に翻訳)いろんな監督から役者さんからご指名で…。
三島由紀夫さんとも共演されてその時も三島さんに指名されたっていう。
(若尾・スタジオ)ええ。
あの方は1本だけ映画俳優としてお出になりたかったらしいんですね。
でその時もなんかね何人か候補を出したらしんですよ社長が。
そしたらまあ私を指名されたんですね。
でもその映画の撮影が終わったあとに三島さんに誘われたという…。
そう終わった時にね。
伝説もありますが。
三島さんってなんかロココ調のフランスのロココ調のものがお好きらしくてそれのミニチュアで出来た椅子とテーブルとそれから銀の燭台をね私に下さったの。
プレゼントに。
(若尾)それでなんか「明日からアメリカへ行くんだけどももしあれだったら今日帰りにこのままちょっとダンスでもちょっとつきあってくれ」って。
ダンス?うん。
ただあの〜ああいう頭脳がすごく…でも阿川さんのお父様もそうでしょうけど頭脳のねすごくずばぬけた方っていうのは運動神経がまたすばらしいっていうことは割合に少ないですよね。
あははっ!そう思いません?あっあんまり…いや父全然駄目ですよ。
でしょ?だからダンスがね駄目なんですぶつかって。
なんかね…。
ギクシャクギクシャク。
ぶつかるんですよ。
だけどまあそれでまあアメリカへ発たれたわけですよ。
無事に…。
(一同)あははっ!よかったですよね。
ふふっ。
でも小津安二郎さんの…監督の映画もたくさん出られたんでしょ。
いや小津先生はね2本ぐらい。
でもねかわいがってくださってね。
小津先生ってすてきでしたよ。
私大好き。
どういうところがすてきだったんですか?なんていうのかしら…土臭くないんですよ。
あの〜普通ね映画監督っていうのはほらスタジオって昔土ですから…。
はい。
小津先生っていう人はもうちょっとこうぼわ〜っとしてなんていうかな…鎌倉って感じ。
鎌倉?鎌倉に住んでらしたんですよ。
(一同)あははっ!あっちょっとなんかこう文学的な要素も入っているような。
そう。
それで遊びにおいでっておっしゃったから行ったんです。
でフッと見たら土の土間に絵がねそういうとこに掛かってる。
立てかけてあるの?これじゃなくて立てかけてあるの。
地面に?うん。
それがねすごく新鮮に見えて申し上げたら「絵に関心持ったのは君だけだよ」って言われた。
へえ〜。
ああこういう人のお嫁さんになりたいなって思いましたもん。
思われたんですか?思った。
恋心とかそういうんじゃないんですよ。
うんうん。
でなんかね…ふふっやっぱり男の方ね「若尾ちゃんのお尻かわいいからね今度ね着物を買ってあげよう」っておっしゃったの。
はあ?買っていただかなかったですけど。
あら残念な。
亡くなってしまったから。
でも私とっても好きな監督さんでした。
もうちょっと進展すればね。
ねえ。
でもいろんな役者さんとかいろんな人から僕とつきあってくださいっていうようなお声は…。
あんまり…私面倒くさいんです。
面倒くさいんですか?恋愛が?どうして黒川さんとは結婚なさったのかって。
で黒川さんと出会われたのは実はテレビの…。
確かねTBSだったと思うんですけど。
ええ。
その映像もあるそうです。
ご覧いただきましょう。
若尾さんが黒川さんに指名され2人の出会いとなった対談番組がこちら。
(阿川・スタジオ)42歳だったんだ。
(若尾・スタジオ)若いわね。
(黒川)ふふふっ。
(黒川)そういう感じを前から思ってたもんですから。
あの…。
そうするとそこからそうねぇ…。
(黒川)ええ。
でも
(黒川)あははっ!そうですか。
これは初めてお会いになったんですか?この番組の時に。
ええ。
このお話があった時ねだって建築の世界も知らないし対談なんていったって何を話していいのか分からないし私はやめますって言って…。
お断りするつもりだった。
そう言ったんですけどちょっと私の兄弟が外の世界の人にねお会いするのもいいんじゃないかって。
別世界といえば別世界ですね。
そうです。
そりゃあ確かにそうだなと思ってお引き受けしたわけですよ。
でお会いになった時の最初の印象としては…。
私もっとね固い感じの人かと思ったら意外にソフトな人でねあら?と思ったんです。
ええ。
でおつきあいが始まって結構長く結婚なさるまで時間がたってらっしゃいますよね。
ええまあね。
私はあの〜仕事柄結婚ってことに対してまったく…1人でいたいと思ってましたし。
それお若い頃から結婚はしないつもりで?しないっていうかうん…。
1人でいたいと思ってらしたのに結婚してみようかしらって気持ちになったのはどうして?いやそれ…してみようかしらと思うよりもある時ね夕食をしてましたら「籍入れたよ」って言ったんです。
はあ?「えっ!?」って。
そうなんですよ。
一方的に?私ねこりゃあえらいことになったと思って。
あははっ!
(スタッフ)あははっ!そういう妻っていう立場になると責任がいっぱいあるじゃないですか。
建築家のしかも新進気鋭というか…。
そうですよ。
いろんなところへも一緒に出なきゃいけないし。
だから仕事も整理しなきゃいけないし。
女優の仕事をもう少し控えなきゃいけなくなるかと。
そりゃあそうですよね。
私はそれまでほんとに自分のことだけ考えてやってましたでしょ?台所も入ったことない。
お料理は全然?全然自分のためにやったこともなかった。
だったらひとつ…全部なんていうのかしら黒川のために全部やってみようと思ったわけ。
そこがまた開き直ると豪胆な。
変わってるんですよ私はね。
ふふふっ!彼はねこうしろああしろって言わない人。
だから何を食べたいってことも言わない。
愛知県名古屋の出身なんでお味噌にこだわりがあるんですよ。
お味噌が好き。
そう。
だからそれはねやっぱり名古屋から取り寄せてで毎日お味噌汁作ってました私。
ほう〜。
おせち料理…。
はい。
おせちも作ったんですか?うん。
お雑煮とかあれも全部名古屋風に作った。
今まで作ったことがない方が。
じゃあ努力なさったんですね。
妻としての努力を。
もちろん。
でもね言ってましたよ「君はねいい」って。
「決してやきもちやかないから」って。
自分をこう…黒川にこうしてああしてって言わないからって思ったんですよ私は。
とにかく一生懸命に仕事のかたわら朝食も作り何を作りってやってたんです。
だけどね最後にね私ねやっぱり考えたらそれだけじゃ…やっぱり愛情っていうのは与えるだけじゃなくて奪わなきゃいけないっていうことに気がついた。
そうでしょ?えっつまりそれはその結婚生活の中では必要ないと思ってらしたんですか?知らないからね。
でもほんとはやっぱりねもっとだだこねてやきもちやいて…。
なんていうかそういうこと必要ですよ。
やっぱりだだこねられたいでしょ男の人だって。
「そんな1人で出かけてずるい!」とかそういうようなことですね。
そういうことを何もおっしゃらなかったんですか?なんにも言わなかった。
でも建築家の妻としてもう世界中一緒にいらしたわけだから…。
ほとんどね。
それはそれだけで愛情なんじゃないですか?まあそりゃそうですけど。
だって男女の愛ってそうじゃないんですよたぶん。
あははっ!すみません。
私たちから…こっちから見るとほんとにもうこの人嫌…わがままばっかりでなんなの?と思うような人が案外男の人からすごくかわいくていいなんて思ってることあるでしょうにね。
まあでも…。
でもね私はやっぱりだから今度生まれ変わったらねそういう意味でもううんとねわがまま言って小悪魔みたいな…。
(一同)あははっ!なっちゃうわって?
(若尾)うんそう。
もっとねわがままも言い…。
嫉妬もして。
そう!亡くなる時に最期に私はそれを謝ったわけ。
あまりいい奥さんじゃなかったと。
でそういうふうにおっしゃったらいい奥さんじゃなかったわねって。
「いやそんなことない」って。
「大好きだったから」って言ったんですよ。
最期の最期に?それお聞きになってどう思われました?だからそれはもう死ぬ…息を引き取る寸前ですからね。
だからとても印象に残ってますよね。
「そんなことそんなこと…だって好きだったんだから」って言ったの。
いやぁ〜。
(若尾)いい言葉でしょ?ええ。
ふふっ。
ほんとにお好きだったんですね。
まあそうだと思いますよ。
あははっ!いや〜…。
ふ〜ん…。
ご主人様が亡くなられてさみしくなったりなんていうんですか…でもそれでも仕事はずっと淡々と続けてらして。
だって黒川に最期にね「君は仕事だけは続けなさい」って言われたんですよ。
そんな遺言まで残されたんですか。
うん。
言ったんです最期に。
ええ。
ほかに何もないっていうのを知ってるんですよ。
もぬけの殻になっちゃいそうだと。
だから続けられるだけは続けなさいよって言ってた。
へえ〜。
ではもう一曲。
はい。
今若尾さんを元気にしてくれる曲は何を選んでいただいたでしょうか?「千の風になって」って。
あれはあの…。
秋川さん。
なんか「紅白」の時にあの方歌ったの。
そうでしたね。
いい歌ですよねあれ。
それはもうご主人様が…。
もうもちろん。
亡くなられた…。
あとです。
あとで。
時々ね夢見るんです。
そうするとねなんにも物言わないでね割とあの人明るい顔してるんですけどね暗い顔してる時あるんですよ。
そういう時はね起きた時あっお墓参り行こうと思う。
あははっ!なんとなく知らせてるかなと思ってねすぐお墓参り行くんですよ。
へえ〜。
ふふっ。
思い出深い…ですか?ふふっ…。
ふふふっ。
へえ〜。
お墓にはいない。
ずっとこう空中をっていうあれなんとなく好き。
ほう〜。
ここにいるわって…。
まあそこまでは思わないけども。
あははっ!自分の記憶の中でね会ってればいいんじゃないですかね。
うん。
記憶の中で大切にしていればね。
やっぱ健康とか美容はなんかやってらっしゃる?若い頃はね美容院へ行っても1週間に1度は美顔術したりしてたんですけど。
逆にね年取ってからしなきゃいけないのにね最近面倒くさくてね…。
あははっ!「浮草」の頃からほとんど変わってらっしゃらない。
そんなことないですよ。
いえいえ…そりゃあ全然変わってないとは申しませんよ。
今もね自分の顔が映ってる時見るの嫌なんです。
若い頃の顔が出たりするとその差の…。
差がね。
ほんとにね。
ねえ。
でもその差があまりにも小さいです。
そうですか?ええ。
ありがとうございました。
この子2015/05/16(土) 07:30〜08:00
MBS毎日放送
サワコの朝[字]【若尾文子、81歳…愛とは奪う物】

ゲスト・若尾文子/女優▽「愛情は与えるだけでなく、奪わなければいけない」…女優・若尾文子を変えた結婚。阿川佐和子がゲストの意外な側面や表情を引き出します。

詳細情報
番組内容
ゲストは女優の若尾文子さん。番組ではデビュー当時の話のほか、数多くの作品に出演した女優人生を振り返り、溝口健二、小津安二郎ら、著名人との貴重なエピソードを伺います。
テレビの対談番組をきっかけに世界的建築家・黒川紀章さんと結婚。デビュー以来女優業に邁進していた彼女の生活や意識を一変させる出来事だったという…。そんな深い絆で結ばれた二人の結婚についてお話しを聞きます。ぜひご覧下さい。
 
出演者
【司会】
阿川佐和子
【ゲスト】
若尾文子(女優)
東京都生まれ。
1951年、大映の第5期ニューフェイスとして映画界入り。翌年、映画「死の街を脱れて」でスクリーンデビュー。
1953年、溝口健二監督に抜擢され、映画「祇園噺子」に出演。
1983年、建築家・黒川紀章と結婚。
2010年、人気CMシリーズに「犬のお母さん」役として出演。
  
今もきらめく1曲
「メモリー」
作詞:T.S.エリオット
作曲:アンドリュー・ロイド・ウェーバー
対訳:永島ナオコ
歌:ミュージカル『キャッツ』より
〜昔のスターが落ちぶれた心境を歌った曲。悲哀に満ち共感を抱くという〜 
「千の風になって」
作詞:不詳
作曲 日本語詞:新井 満
歌:秋川雅史
〜亡き夫・黒川紀章さんを思いつつ、聞く曲〜
制作
【製作】MBS TBS
【制作協力】TBSビジョン

ジャンル :
バラエティ – トークバラエティ
ドキュメンタリー/教養 – インタビュー・討論
福祉 – 文字(字幕)

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
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