周囲を山々に囲まれ古くから林業やお茶の栽培が盛んな地域です。
この黒木町で生まれ育ちこの町の名前を芸名にし活躍している女優がいます。
さすれば人が集まり国は豊かになり強くなります。
女遊びは大概になされませ!その美貌と演技力で映画テレビ舞台と幅広く活躍しています。
取れたのよボタン。
こんにちは。
(取材者)こんにちは。
黒木町を離れて30年以上ふるさとでの思い出を今でも鮮明に覚えています。
瞳さんは4人きょうだいの末っ子。
両親きょうだいからたくさんの愛情を注がれ育ちました。
見守ってくれる家族を支えにしてきた瞳さん。
しかし両親は既に他界。
家族のルーツについて詳しく聞く事はできませんでした。
番組では瞳さんに代わり家族の歴史を追いました。
浮かび上がってきたのは戦国時代。
その時チャンスをつかんだ武将。
明治になり…その後たどった意外な足跡が浮かび上がります。
そして僅か1歳で姉と父親を次々に亡くした瞳さんの父。
その後始まった…ところがそこに現れた一人の男性。
瞳さんの父の運命を大きく変える事になります。
今回の取材で明らかになった…そんな瞳さんの活躍を見守ってきた両親。
その知られざる思いが今回明らかになりました。
黒木瞳さんはこの日自らのルーツと初めて向き合う事になります。
瞳さんの本名は昭子。
父方の祖父口俊吾は31歳の若さで亡くなっています。
その後祖母が再婚したため口家との交流は途絶えてしまいました。
会った事のない祖父。
その口家の歴史をたどります。
福岡県八女市の山あい。
口家の先祖の墓がある事を教えてくれました。
口越前守実長は戦国時代に生きた人物です。
今から400年余り前豊臣秀吉は島津氏を制圧し九州を平定します。
この時この地を治めていた星野氏も追放されます。
そのかわりに抜てきされたのが星野氏の家老だった口実長でした。
その実長の末えいの家が今もこの地にありました。
(取材者)すみません。
ごめん下さい。
口登一郎さん夫婦です。
この家は黒木瞳さんの高祖父につながる家系です。
仏壇の位はいを見せてもらいました。
口彦平。
瞳さんの4代前の高祖父です。
幕末彦平が持っていたとされる脇差し。
口家は刀を持つ事を許されていました。
江戸時代この地の庄屋を任されるほど裕福だった口家。
これは明治の頃自宅前で撮られた一族の写真です。
真ん中にいるのが…1列目の端にいるのが……と思われます。
ところが間もなく口家に大きな転機が訪れます。
亀太郎の兄松次郎が金山の採掘に乗り出したのです。
八女市役所星野支所に飾られた一枚の絵。
この地域では鎌倉時代に金が産出したといわれ一獲千金を狙う人たちが集まっていました。
江戸時代には金の採掘を祈願する金山神社も造られました。
しかし…多くの資産を投じたものの松次郎は金を掘り当てる事ができませんでした。
没落した口家はちりぢりになります。
金山の採掘に失敗した松次郎は友人を頼り北海道にたどりつきます。
この地に今も松次郎の孫が暮らしている事が分かりました。
松次郎の弟亀太郎のひ孫が黒木瞳さんである事を伝えました。
(取材者)女優の黒木瞳さん。
やっぱりそうなんですね。
そうじゃないでしょうかねと言ってたんだけど。
一方弟亀太郎の一家は都会に出る事を決めます。
大正7年向かった先は…現在も多くの店が立ち並ぶ商店街です。
ここで亀太郎の長男俊吾瞳さんの祖父はある商売を始めます。
それはお茶の専門店でした。
ふるさと黒木町周辺は八女茶の産地でした。
幕末スコットランド出身の貿易商グラバーがその品質の高さに目を付け海外に輸出するほどでした。
店の経営は順調。
当時使っていた道具が親戚の家で見つかりました。
豪華な装飾を施した茶葉を保管する茶つぼです。
初代福岡藩主黒田長政が珍重した…俊吾は茶葉の買い付けのためふるさとに頻繁に通っていました。
そんなある日一人の女性に目を奪われます。
名前はミネ。
大工の家に生まれた美人と評判の女性でした。
大正10年2人は結婚します。
当時の2人の様子を伝え聞いている人がいます。
俊吾のめいの伊藤カワ子さんです。
結婚から3年後2人は子宝に恵まれます。
大正13年長女が誕生。
更に2年後長男義仁が生まれます。
後の瞳さんの父です。
商売は繁盛し順風満帆な日々。
しかし悲劇が襲います。
3歳になった長女が腸チフスで亡くなります。
その2週間後今度は俊吾が同じ腸チフスで息を引き取ります。
娘を必死に看病したため感染してしまったのです。
突然夫と娘を失ったミネ。
この時ミネ27歳。
まだ1歳の義仁を抱えぼう然とするしかありませんでした。
う〜ん…。
(取材者)いかがでした?どうでした?夫と長女に先立たれたミネ。
1歳の長男義仁を連れふるさと黒木町へ戻ります。
ミネは幼い義仁を育てるため仕事を探しました。
当時林業が盛んだった黒木町には多くの労働者がやって来ていました。
そこでミネは小さな食堂を始めます。
名物は肉うどん。
ねらいは見事的中。
店は繁盛します。
そして客のもう一つの目当てがおかみのミネでした。
当時店によく遊びに行きました。
義仁は忙しく店に立つ母の姿をいつも見ていました。
「母に迷惑をかけたくない」。
我慢強い少年となっていきます。
小学校の運動会。
ミネは食堂が忙しく見に行く事ができませんでした。
そのため義仁は昼食の時同級生の家族と一緒に弁当を食べました。
さみしい気持ちを決して見せず気丈に振る舞っていました。
義仁の同級生で漢字は違いますが同じ名前の…このころミネの店に足しげく通う客がいました。
ミネの9歳年下で博労をしていました。
「博労」とは田畑を耕す牛や馬を農家に売る仕事。
成見はミネの美貌にすぐにひかれます。
そして連日店に通ううちいつしか2人は恋仲になります。
やがて成見はミネの家で暮らし始めます。
当時10歳の義仁は成見を受け入れる事ができません。
口を利こうともしませんでした。
義仁の複雑な気持ちを考えミネは成見と籍を入れませんでした。
そんな義仁が打ち込んだのが剣道。
ひたすら汗を流します。
この地域では江戸時代から剣道が奨励されていました。
成見への反発を覚える義仁にとって竹刀を振る事が何もかも忘れられる時間でした。
「1日も早く強い男になる。
自分には父親なんて要らない」。
義仁はめきめきと腕を上げていきます。
迷わず剣道部に入りました。
リーダーシップを発揮し中心的な存在になっていきました。
更に義仁はその凛々しい顔だちから女性たちの人気を集めます。
しかし剣道一筋で見向きもしませんでした。
口さんは名前が同じだったため思わぬ出来事に見舞われます。
昭和20年4月学校を卒業した義仁は軍隊に召集されます。
福岡の工兵隊に配属されましたが戦地に行く事なく終戦を迎えました。
そして黒木町に戻ります。
しかし母と一緒に暮らす成見との関係は相変わらずうまくいきません。
義仁は地元の建設会社で働き始めます。
仕事帰りに剣道で汗を流すのが何よりの楽しみでした。
しかし昭和21年11月GHQがある政策を打ち出します。
日本の武道の廃止でした。
その中には剣道も含まれ防具や竹刀は没収されました。
剣道もできず仕事を終えるとまっすぐ帰宅する単調な日々。
そんな義仁に一筋の光明がさし込みます。
ある日町で一人の美しい女性に目を奪われます。
どうしても気になり女性の職場を突き止めました。
そして思い切って会いに行き声をかけたのです。
栗山武子当時18歳後の瞳さんの母です。
義仁は交際を始めるとすぐに結婚を決意。
武子の家を訪ね結婚を申し込みます。
ところが武子の両親は首を縦に振りませんでした。
その話を成見が耳にします。
すると義仁にこう言ったのです。
「俺が頼んでみるから」。
成見は武子の両親を訪ねます。
「私が戸籍の上でも義仁の父親になります。
2人の結婚を許してやって下さい」。
そして…あれほど嫌っていた成見のおかげで義仁は武子と結婚する事ができたのです。
昭和26年結婚した義仁は父となった成見と一緒に博労の仕事を始めます。
食料増産が叫ばれる時代。
農作業を担う家畜の需要が高まり博労は実入りのいい仕事でした。
当時の2人の様子を知る…博労のいろはを教わる義仁。
成見の存在を頼もしく感じていました。
「これまで俺は意地を張っていたのかもしれない」。
そして昭和27年禁止されていた剣道が解禁されます。
義仁はすぐに剣道を再開。
仲間たちを集め「黒木剣友会」を結成しました。
共に剣道をやっていた友人。
後に七段にまで昇段する義仁の強さを覚えています。
高原は戦争で2人の兄を失いそのさみしさを剣道にぶつけていました。
かつて義仁も成見に反発する気持ちを剣道に向けました。
剣道が救いとなった者同士2人は意気投合。
そして子供向けの剣道教室を開きます。
その中には戦争で親を亡くした子供たちも含まれていました。
「剣道でそのさみしさを埋めてやりたい」。
小学生の頃義仁に剣道を習った…昭和35年4人きょうだいの末っ子として昭子が生まれます。
後の黒木瞳さんです。
義仁は昭子にも剣道を教えます。
5歳年上の兄靖則さんも剣道をしていました。
しかしこのころ義仁の博労の仕事に陰りが見え始めていました。
昭和30年代に入ると農業の機械化が進み農耕用の牛馬は使われなくなっていきます。
義仁は博労をやめ小さな畜産農家に転身。
何とか収入を得ます。
子供たちにはしっかりとした教育を受けさせたいと必死でした。
母の武子も家計を支えます。
義理の母ミネの食堂を引き継ぎおかみとして店を切り盛りします。
その結果店を休む事ができず家族で外出する余裕はなくなりました。
そんなある日の事です。
武子の食堂に業者が納品に来ました。
あそうそうそう。
これ。
得意先へのサービスとして舞台のチケットをくれたのです。
チケット?そうそうそうそう。
福岡で開かれる松竹歌劇団の公演でした。
子供たちをどこにも連れていけない事を気にしていた武子。
思い切って店を休み家族で出かける事にしました。
当時小学4年生だった昭子は胸を弾ませます。
そして舞台が始まると華やかなステージに引き込まれていきました。
その日の事を覚えています。
以来舞台に立つ事を夢みるようになった昭子。
中学生になるとその思いを父に打ち明けます。
しかし猛反対されました。
義仁は幼い頃に父や姉を失いさみしい思いをしてきたため家族への特別な思いがあったのです。
義仁は子供たちの進路について具体的な計画を立てていました。
その父の願いは現実となっていきます。
兄や姉たちは父が思っていたとおりの職業に就いたのです。
あとは末っ子の昭子だけ。
高校3年の受験昭子は父の期待どおり教師の道に進むため地元の音楽大学に合格します。
ところが父にはないしょで宝塚音楽学校も受験していたのです。
すると22.4倍の狭き門をくぐり抜け見事合格を果たします。
その事を知った義仁は激怒します。
怒りが収まらない義仁。
それでも諦めない昭子。
するとついに義仁が根負けしこう言いました。
「好きにしなさい」。
旅立ちの日。
昭子は母ときょうだいに見送られ黒木町を後にしました。
しかし義仁は姿を見せませんでした。
昭和54年宝塚音楽学校に入学。
2年後宝塚歌劇団でデビューするにあたり芸名を付ける事になりました。
同郷の作家五木寛之さんが名付け親になってくれました。
出身地の「黒木町」とロシア民謡の「黒い瞳」からとって…今回宝塚時代にNHKの番組に出演した貴重な映像が見つかりました。
うわっ!何これ?幼い頃父から習った剣道を披露しています。
娘の宝塚入りにあれほど反対した父義仁。
「昭子はやっぱり俺の娘だ」。
誰よりも喜びました。
娘の自慢話をする義仁の様子を覚えています。
「黒木瞳をよろしく」。
それが義仁の口癖になっていました。
なんかあの…。
あの…。
であの…。
土砂崩れに河川の氾濫。
黒木町でも多くの人々が避難生活を強いられました。
瞳さんは避難所に駆けつけました。
「少しでもふるさとの役に立てれば」。
そんな思いからでした。
町のPRにも積極的に関わっています。
黒木町が出す広報誌。
これまで何度も表紙を飾っています。
そしてこんなところにも。
国道沿いにある交通安全の看板です。
そして今回の取材で芸名の黒木瞳にまつわるある事実が浮かび上がりました。
87年前腸チフスにかかり3歳で亡くなった父義仁さんの姉。
その看病の結果祖父俊吾さんも亡くなった悲しい出来事です。
その女の子の名前は実は「ひとみ」。
ところが兄の靖則さんに古いアルバムを整理してもらったところ亡くなった「ひとみ」さんの写真が出てきました。
そこに書かれていたのは黒木瞳さんと同じ「瞳」という文字だったのです。
今回この事実を初めて知った兄の靖則さん。
祖母のミネさんは黒木瞳さんのデビュー前に亡くなったためこの偶然にこれまで誰も気付かなかったのです。
えっ?えっ?お父さん!昭和60年瞳さんが宝塚を退団した年民放の番組で父義仁さんと共演を果たしています。
親子そろっての剣道着姿。
娘の活躍を見守り続けた父義仁さんは平成15年77歳で亡くなりました。
そしてその4年後の平成19年に亡くなった母武子さん。
今回遺品を整理したところあるものが見つかりました。
貯金通帳のカバーです。
瞳さんが家を出てからいつか役に立てばと始めた貯金。
中身の通帳は渡しましたがカバーだけが取ってありました。
そこにはこんなメッセージが書かれていました。
「いつまでも体に気を付けて大女優になって下さいね」。
女優黒木瞳さんの「ファミリーヒストリー」。
ふるさとを愛したくましく生きた家族の歴史がありました。
ありがとうございました。
もう一度父と母に「ありがとう」を伝えたい…。
2015/05/15(金) 22:00〜22:50
NHK総合1・神戸
ファミリーヒストリー「黒木瞳〜女優の原点 故郷の名を背負って〜」[字]
出身は福岡県八女市黒木町。故郷の名を芸名にしている黒木瞳さん。実は、その芸名に関する不思議なめぐり合わせが分かった。それは、87年前のある出来事が関わっていた。
詳細情報
番組内容
出身は、福岡県八女市黒木町。故郷の名を芸名にしている黒木さん。12年前に亡くなった父の生い立ちで気になることがある。父は2歳の時に、実の父(瞳さんの祖父)と姉を亡くした。そのため、父方のルーツに謎が多い。今回、戦国時代まで遡る歴史が浮かび上がる。さらに、芸名の黒木瞳に関する、不思議なめぐり合わせが分かった。それは、87年前のある出来事が関わっていた。初めて知る真実に黒木さんは、涙を浮かべた。
出演者
【出演】黒木瞳,【語り】谷原章介,細谷みこ
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ドキュメンタリー/教養 – 歴史・紀行
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
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