matono - アイデア発想術,仕事術 07:00 PM
禅の思想から学ぶ:「ビギナーズ・マインド」で創造力を最大限に発揮しよう
「私は何も知らない」
意外に思われるかもしれませんが、私が毎朝起きた時に自分に言い聞かせている言葉です。私の座右の銘でもあります。なにも自分を卑下しているわけではなく、朝起きた瞬間から先入観をもたずに世界を見るためにやっているのです。
作家のAndrew Solomonさんはこう言っています。
この世に生きていて得られる能力は、表現することだけだ。
アーティストやクリエイターは、身の回りのことや自分の経験から何かを生み出しています。しかし、作品にインスピレーションを与えてくれるはずのものが、むしろ妨げになっているケースもあります。自分がすべての答えを知っていると思ってしまうと、答えが分からなくなった時に動揺してしまうのです。
何かを創作していて壁にぶつかった時、自らの経験が助けになりましたか? それとも妨げになりましたか?
最初の学び方に問題がある
Richard Watsonさんは著書『Future Minds: How the Digital Age is Changing our Minds』の中で、私たちは幼い頃からあまりにも直線的に学習することを植え付けられすぎていると書いています。
初等教育や義務教育では、一般的にすべてのものに正しい答えと間違った答えがあると教わります。わずかな例外はありますが、正確で論理的な考え方をすることが、試験に通って大学に入る方法だと教わります。
学校教育の最初から、暗記力や過去の経験から引き出す能力が良しとされてきました。思春期になると、友だちや周囲の人が考えていることが気になりだして、より慎重に考えるようになり、自信のないものからすぐ逃げるようになります。
社会人になるとその習性がすっかり染み付いてしまい、集団思考や自己検閲といった心理学的な影響を受けやすくなってしまいます。大胆に新しい仕事に挑戦したり、変わったアイデアを模索したりするではなく、次のように自問自答していまいます。
このアイデアは笑われるだろうか?
こんなことを言ったら怒られるだろうか?
このような直線的な考え方によって、思考の流れが1つに固まってしまうのです。あまりにも簡単に思考がブロックされてしまいます。無限の可能性を受け入れず、「そこにいくにはこうするべき」、というやり方に囚われてしまうのです。
しかし、映像作品「Everything is a Remix」のクリエイターKirby Fergusonさんが説明しているように、最も劇的に創造性が発揮されるのは新しく思いもよらない方法でアイデアが融合した時です。
さまざまなアイデアがつながることによって、創造性が跳ね上がり、歴史的に大きく飛躍的なものを生み出せます。
では、物事を狭い視野で見るように育てられた人間が、学んだことのないものに行き着いたり、創造性を発揮したり、アイデアを融合させたような新しい方法を発見したりするには、どうしたらいいのでしょう? 禅僧の鈴木俊隆さんの著書『禅マインド ビギナーズ・マインド』(以下、ビギナーズ・マインド)にひとつの方法が書いてありました。
創造性を開花させるには"初心忘るべからず"
創造性の壁にぶつかった時、乗り越えるためにクリエイターはなんでもします。デザイナーのDebbie Millmanさんはテレビドラマ『LAW & ORDER:性犯罪特捜班』をぶっ続けで見ます。GoogleクリエイティブラボのData Arts Teamの主任Aaron Koblinさんは、常にインスピレーションのメモを取っていると言っています。哲学者のDaniel Dennettさんは、これまでのメモやアイデアをすべて見直して、それから壁に絵を書いたり、フルーツをもいだり、無心になれることをします。
これらに共通するのは(テレビドラマを見る以外は)、物事を一歩引いて見るようにすること、そして自分の仕事を新鮮な違う視点で考えるようにすることでしょう。
鈴木さんはビギナーズ・マインドの中でこのように言っています。
初心者の頭の中には無限の可能性があるが、専門家の頭の中にはほとんどない。
これがビギナーズマインドで言っていることです。どんなに精通している分野の仕事でも、仕事に取り組む時は、心を開いて無心に、予測を捨てた態度で臨みなさいということです。常に新鮮な気持ちを忘れない究極の方法です。
1. 一歩引いて過程に目を向ける
ビギナーズマインドの基本は、いつその仕事が終わるかなど先のことに気を取られず、一歩一歩進む過程に目を向けることです。
創造的に何かを生み出す過程の大半は、「問題が生じる前に認識する能力」だということは研究でも証明されています。最も創造的な人は、学校で教わった直線的な問題解決プロセスを辿らず、問題が形成される過程で見抜く力があります。そのような人たちは、歩みを進めるごとに自問自答を繰り返すのです。
ほとんどの人は、どういうものを生み出したいか、どうやってそこに辿り着くかを具体的にイメージしますが、Basecampの共同創業者であるJason Friedさんはこのように言っています。
計画というのは、あまりにも多くの期限を決めてしまいます。本来「予測」レベルのものに対して、計画という言葉を使っていることもよくあります。
これまでに創造性の壁にぶつかった時のことを考えてみてください。自分のやりたいことや求めている結果はわかっているのに、どうやってそこに辿り着けばいいのかわからない。そんな時は一歩引いて見て、初めてそれを見る人のように考えてみましょう。計画ではなく、自分に予想させましょう。
【スランプ脱出のアクション】
最終的な結果や生産物のことは忘れ、過程だけに意識を向ける。そうすることで、思いもよらない方向に進むことになる。
2. 意識しながら実践する
歩き方を学ぶ赤ちゃんを見たことがある人は、驚いたのではないでしょうか。何度失敗したり倒れたりしてもめげずに、歩けるようになるまですぐにまたチャレンジするという決意が顔に表れています。
ビギナーズマインドの中で鈴木さんは、初心者は初めてやる新しいことに全力を傾けると言っています。
初心者にとって、努力しない練習は練習ではありません。初心者は練習に多大なる努力が必要です。
何か新しいことを学んでいる時は、ありったけの精力を注ぎます。しかし、一度できるようになると、成功したと思っているので、エネルギーを節約しようとするようになるのです。人間は常に成功できる楽な方向へと惹きつけられるものです。
【スランプ脱出のアクション】
あえて初心者のように考えたり行動したりするように意識する。やってみて、失敗や成功をくり返しながら何度もやってみる。最終的には、最初は気づかなかったことを発見できるだろう。
3. 自分は何も知らないということを受け入れる
科学史家のトーマス・クーンさんは、1962年に刊行された著書『科学革命の構造』の中で、「新しいパラダイムの基本的な考え方は、既存のパラダイムにとっては、とても未熟で新しいと思われるものだ」と言って議論を起こしました。
歴史的に見ても、若くして業界の常識を変えた人の例は数え切れないほどあります。アインシュタインが特殊相対性理論を発表したのは1905年で、26歳の時でした。ピカソがキュビズム革命の発端となった『アビニヨンの娘たち』を描いたのも、26歳の時でした。イギリスの小説家メアリー・シェリーが『フランケンシュタイン』を刊行し、ホラー小説の新しい形式をつくったと言われたのは20歳の時でした。
個人だけでなく、トヨタは製品開発のアドバイスをもらうために、子どもの役員をつくったことがあります。ハズブロやゼロックスも同じようなことをしました。子どもは、経験にとらわれない無垢な頭で考えることができます。集団思考で考えることもなければ、業界の常識を守ろうとする自己検閲もありません。
これらすべての例に共通するものはなんだと思いますか? 全員(もしくはすべてのグループ)が"こうあるべき"ということを知らないということです。こうするのが常識だというような先入観を持たず、新しいプロジェクトに向き合い、すべての可能性を受け入れ続けたのです。
【スランプ脱出のアクション】
長年の経験や専門知識は一旦横に置いて、何も知らない無垢な頭で考えてみる。
4. 「だけど」ではなく「そうだね」と言う
これは、デザイナー兼デベロッパーのStef Lewandowskiさんの言葉です。
「だけど」や「しかし」と言うと、自分の考え方を限定し、まっさらな頭で考える選択肢を消してしまいます。新しいアイデアに寛容になるだけでなく、それを受け入れることもビギナーズマインドです。「そうだね」と言うのは、新しいアイデアを受け入れ、自分自身も組み込める完璧な方法です。それこそが、本当の意味で創造的になるために必要なことです。
【スランプ脱出のアクション】
新しいアイデアに寛容になる。「だけど」と言って可能性を狭めることをやめる。
5. 経験はタイムマシン的に使う
これで、創造的になるための考え方の秘訣はわかったと思います。しかし、「自分は専門家で、◯◯をすることに何年も費やしてきたのに、どうしてすべて捨ててしまわなければいけないのだろう?」と思う人もいるでしょう。
ビギナーズマインドというのは、過去の経験すべてを忘れることでも、頭の中を無垢な子ども状態に戻すことでもありません。生来の知恵を利用する時だけは、予想や先入観は一旦横に置いて、一歩引いて見てみようという意味です。高い知性を備えたまま、好奇心いっぱいの時代に心のタイムマシンで戻るような感覚です。
この考え方を哲学的な言葉ではなく、より実用的な言葉に置き換えて、ベストセラー作家でありデザイナーのPaul Jarvisさんは「ステップバック」と呼んだり、AmazonのCTOのWerner Vogelsさんは「ワーキング・バックワード」と呼んだりしています。細部に気を取られず、新鮮な目で仕事や物事の核心を見ようということです。
ビギナーズマインドを持っているのは誰か知っていますか? クライアントや、仕事によっては聴衆もそうです。ビギナーズマインドを使うと、聴衆が自分のやっていることをどのように考えているのか、驚くほどよくわかると思います。
【スランプ脱出のアクション】
自分の知能ではなく別の道具を使ってみる。
英国アカデミー賞で脚本賞を受賞した脚本家のチャーリー・カウフマンさんは(『マルコヴィッチの穴』『アダプテーション』など)、専門家であることの弊害についてこのように言っています。
馬鹿だとか無能だとか思われたくないという恐怖心から、人間は専門家になろうとするのだと思います。権力はすべてを隠すので、権力が欲しいのです。
創造性の壁にぶつかった時、最後まで感じていたのは自分は無力だということでした。しかし、カウフマンは権力のある振りをするのは無力さを隠しているだけだと、とても優雅に言っています。クリエイティブなことでスランプに陥ったら、ビギナーズマインドを取り入れることで、新しい可能性に気付き、それを受け入れやすくなるでしょう。思いもよらなかったクリエイティブの境地に辿り着くかもしれません。
最初に言った、私の言葉を覚えていますか? この考え方は間違っているかもしれません。でも、思い出してください。「私は何も知らない」のです。
The hidden power of 'I don't know': How to work through creative blocks with Beginner's Mind|Crew
Jory Mackay(訳:的野裕子)
- 禅マインド ビギナーズ・マインド (サンガ新書)
- 鈴木俊隆サンガ