新進気鋭の学者による自虐でも自賛でもない韓半島史

壬辰(じんしん)倭乱から現代まで、500年間世界とどのように向き合ったかを分析
「日本が壬辰倭乱を起こし、朝鮮で大陸と海洋の勢力が初めて衝突」

 同書は第1部から常識を打ち破る。韓半島(朝鮮半島)は、しばしば「地政学的要衝」といわれるが、16世紀に海洋勢力の日本が興隆するまでは、ユーラシア東部の辺境にすぎなかったと指摘している。大陸諸国は韓半島を何度も侵略したが、直接支配しようとはしなかったという。日本が壬辰倭乱を起こしたことで、韓半島は大陸勢力と海洋勢力が衝突する要衝へと浮上した。しかし21世紀の現代、状況は再び変わった。軍事・通信技術の発達により、日本・中国・ロシアなどは、あえて韓半島を経由して相手国に侵攻したり、不凍港を追い求めたりする必要がなくなったため、韓半島の地政学的位置も変化したという。

 金助教授は「韓半島の国家は、侵略を受けてきただけではなく、外部に侵攻したケースも少なくない」と語った。高句麗の領土拡張の過程で周辺民族がごっそりと姿を消したのはもちろん、朝鮮王朝時代前期には北方の女真族を徹底的に弾圧した。後に女真を統一した清(後金)の太祖ヌルハチは「ニンジンを採る女真人を、朝鮮側が殺している」と不満を爆発させた。朝鮮の軍隊が中国・北京に進駐したこともあった。丙子胡(こ)乱(1636-37年の清の侵略)後、清の人質となった昭顕世子は、朝鮮軍を率いて清の軍隊に追従し、明の首都・北京に入城した。昭顕世子に仕えていた臣下が書いた『瀋陽日記』は、この戦争の様相をリアルに記録している。金助教授は「米国の要請でベトナムに派兵したことが無意味ではなかったように、清の強要によるものだとしても、韓半島の軍隊が万里の長城を越えて北京に入城したことは、韓国の歴史上類例ない事件として記録する必要がある」と語った。

 一般の読者が戸惑うであろう部分も少なくない。「韓半島の住民は全世界で最も平和な人間で、いつも侵略を受け、その歴史は人類の歴史上最もむごいものだったといえるだろうか?」「現在の韓半島の独立と繁栄にとって直接的な脅威となる国は、日本ではなく中国」といった内容は、場合によっては、過去の日本の侵略行為に対して免罪符を与える主張と取られかねない。金助教授は「軍人・実業家を対象に講演を行った際、そういう声を聞いたこともあった。しかし誤解を受けるとしても、複雑な形で伝えるしかない真実もある」と語った。384ページ、1万6000ウォン(約1750円)。

李漢洙(イ・ハンス)記者
前のページ 1 | 2 次のページ
<記事、写真、画像の無断転載を禁じます。 Copyright (c) The Chosun Ilbo & Chosunonline.com>
関連フォト
1 / 1

left

  • 新進気鋭の学者による自虐でも自賛でもない韓半島史
  • 新進気鋭の学者による自虐でも自賛でもない韓半島史

right

関連ニュース