社説:被爆地訪問 中国の主張は的外れだ
毎日新聞 2015年05月17日 02時40分
核軍縮を進める意思が本当にあるのか。これでは「核兵器のない世界」が遠のくばかりだ−−。ニューヨークの国連本部で続く核拡散防止条約(NPT)再検討会議を眺めていると、そんな無力感に襲われる。
5年に1度、約190カ国の代表が集う会議は、最終文書案の作成で難航している。毎回のことながら、NPTによって核兵器保有を認められた5カ国(米英仏中露)と、その他の国々の溝が埋まらないのだ。
その文書案に日本は世界の指導者の広島・長崎訪問を促す文言を入れるよう提案していた。だが、中国は「第二次大戦の被害者であるかのように歴史をゆがめることが日本の目的」(傅聡・軍縮大使)と主張し、そのくだりが草案から削除された。十数カ国が中国に賛同したという。
人類初の原爆使用から70年。節目となる会合で、こんな理屈がまかり通ったのは残念だ。そもそも世界の指導者に被爆地訪問を呼びかけるのは日本だけの意向ではない。昨年4月に広島市で開かれた「軍縮・不拡散イニシアチブ(NPDI)」の第8回外相会合でも合意したことだ。
この会合には日本やオーストラリアなど核兵器を持たない12カ国の代表に加え、オブザーバーとして米高官も参加した。被爆者の高齢化も進む折、各国指導者らは広島・長崎を訪れてほしい。そんな提案がなぜ歴史をゆがめることになるのだろう。
再検討会議は全会一致を原則とし、ある国が強く反対すれば草案は修正を余儀なくされる。だからこそ、討議は大局に立つべきだ。恐ろしい兵器を持ってしまった人類が、いかに核兵器を減らしながら生きていくか。それを模索するのが再検討会議の本来の使命である。
今回の出来事の背景には「歴史修正主義」とも批判される安倍政権への反感もあるのだろう。中国や韓国は日本の歴史認識を問題にする。だが、突き詰めれば人類の生存にかかわる会議に、日本への対立感情を持ち込むのは的外れである。
しかも中国の核軍拡は国際社会の大きな懸念材料だ。核爆弾に使われる兵器用核分裂性物質の生産禁止(カットオフ)条約も、中国は交渉開始に難色を示してきた。他国を批判するより、中国は核保有国としての責務に目を向けるべきではないか。
再検討会議は今月下旬まで続く。私たちは草案から削除された文言の復活を求める。そして改めて訴えたい。「核なき世界」を唱えたオバマ米大統領をはじめ世界の指導者は率先して広島・長崎を訪れてほしい。核兵器の恐ろしさを知る原点とは、「唯一の被爆国」で現場を見て、被爆者の話を聞くことにほかならないと思うからだ。