2015年05月15日

三島由紀夫『絹と明察』

いただいたコメントがきっかけで、『絹と明察』を読んでみた。

かつて三島由紀夫をまとめて読んだことがある。私は、何か一つでも面白いと思った作品があると、その作家のすべての作品を読むという方針なので、三島の初期作品のいくつかに興味をもって以来、三島作品も全部読む作家のリストに加えていたのである。もっとも、それは方針だけで、実際に全部読むことができたのは、ドストエフスキーとか、トルストイ、トーマス・マン、スタンダール、カフカ、ゲーテ、などいくつかの作家に限られている。バルザックとか、チェーホフもその分類に入れているが、まだすべてを読み終わってはいない。

三島由紀夫は、この方針のもと、およそ三分の二ほどの作品群を読み進めたものだが、多分『鏡子の家』あたりでうんざりしてきて、計画を放棄した覚えがある。どこにうんざりしたのかは、はっきりわからないが、何とも人間造形が空疎で人工的すぎるように思われてきたということかもしれない。

そんなことなら、初めからわかりきったことであるはずなのに、どうしてそれほどたくさんの作品を読んだのか、ということにもなろうが、もちろんそこにはそれを補う魅力もあったのだ。人間心理の論理的洞察とか、描写の絵画的魅力とか、逆説を弄するときのエッジの効いた言い回しなど…。しかし、それらのものにもそれほど興味を持てなくなっていった。興味が薄れると、なぜそうなったかなども、立ち入って考えなくなった。

しかし今回『絹』を読んでみて、三島由紀夫の精神構造について気づくことがあったので、記しておきたい。

『絹と明察』は、周知のように1954年の近江絹糸の労働争議に材料をとった一種の経済小説である。会社はすべて家族であるという前時代的家族的経営を信条とする社長の駒沢善次郎のキャラクターが、ユーモラスと言うより辛辣に描き出されている。対するに、政財界にフィクサーとして活躍する知識人岡野。この男は、戦前は「聖戦哲学研究所」という右翼団体の一員であったが、戦後はちゃっかりその人脈を使って、巧みに世の中を泳ぎ渡る人物である。

家族的経営のイデオロギーに染まっていた社員たちは、他社に比べて劣悪な雇用条件にも甘んじているが、ちょっとしたきっかけでストライキに突入していく。岡野が偶然出会った青年工員大槻とその恋人弘子のカップルを、社長の駒沢に紹介する。そこで、社長を信頼して日頃の要望を訴える工員に対して、駒沢の仕打ちは過酷である。

ストライキの経緯は、駒沢の絹糸の急速な成長に脅威を感じる他の大手紡績が、ひそかに駒沢紡績(近江絹糸)の労働者を支援する中、世論も労働者側を後押しすることもあって、労働者の全面的勝利に終わる。駒沢はその中で病に倒れるが、労組や他の紡績に対するあらゆる怨恨を乗り越え、和解の悟達に達しながら死んでいく。

偽善と自己欺瞞の塊であったこの人物(駒沢)が、やがて明察にたどり着くというドラマが、見どころといえよう。三島自身は、「父的なもの」を描こうとしたと述懐している。

彼にとって父的なものの不在は、生涯の問題であり続けたのであろう。弱い父と強い祖母のもとで育てられた三島は、父の代理を天皇に求めたのである。

もし、昭和天皇が自ら責任を引き受けていたら、その政治的身分はどうであれ、三島の精神のよりどころとなり得たかもしれない。しかし「人間宣言」によって、自己の保身を優先したこのみじめで矮小な戦争犯罪人には、象徴界の支えとなるべき何ものも残っていなかったのである。天皇がみずからその「父性」を否定し、「人間宣言」によってその責任を放棄したことは、三島の蹉跌の一つとなった。

三島由紀夫は、駒沢を克明に描写することで、その「欺瞞性」を考察したが、それは必要なものでもあった。駒沢の死の床での述懐を通して、この人物が担い続けてきたものの重みが描かれる。

彼ら(ストライキに勝利した労働者たち)もまた、彼らなりの報いを受けている。今彼らは、克ち得た幸福に雀躍しているけれど、やがてそれが贋ものの宝石であることに気づく時が来るのだ。せっかく自分の力で考えるなどという恐ろしい負荷を駒沢が代わりに負ってやっていたのに、今度は彼らが肩に荷わねばならないのだ。大きな美しい家族から離れ離れになり、孤独と猜疑の苦しみの裡に生きてゆかなければならない。(新潮文庫版p−336)

駒沢は、家族というマトリクスの中にすべてを取り込み、そのひな形に合わせて理解し、処理している。これは彼にとって、いわば意味付けの基盤、象徴界そのものである。

彼は、自分の企業の拡大に自分のナルシシズムを重ねることによって、世界に対して盲目であるが、他方で社員に対する責任を負い、とりわけ彼らの生活の意味を一身に担うという責任を引き受けている点で、彼らの象徴界を支えている。

駒沢の最後の述懐は、その自覚を意味しており、駒沢自身の退去とともに、ストライキに勝利した労働者たちは、その象徴界とともに、世界のあらゆる意味付けを失ってしまわざるを得ない、という明察を示している。

これに対して、戦前・戦後を器用に泳ぎ渡ってきた岡野は、象徴界との正常なかかわりそのものを欠いており、それが彼のシニシズム、ニヒリズムの理由なのだ。彼が世の中を器用にわたっていくことができるのは、初めからそこに意味を見出すことができないからであり、すべてを等しく相対化する視座に立つからにすぎない。コミットすることがないからこそ、コミットするふりを誰よりも巧みにこなせるのだ。

岡野の写しとも、女性版ともいえるのが菊乃である。菊乃は、芸者という立場から世界を眺める。それは何も(地位も名誉も)所有せず、すべてを所有するかのようにふるまうため、人間関係や固有の関心・責任から自由に判断し、行動できる「自由」を手にする。これが彼女の明察の基礎である。この立場は、世界のすべてを奪われているために、普遍的認識を期待されたマルクスのプロレタリアートの立場に近いが、それはもちろん現実のプロレタリアートにはほど遠い。菊乃は、「理想のプロレタリアート」の立場に飽き飽きして、現実のプロレタリアートに接近しようとする。それが果たされないことが明らかになるや、菊乃は明察からも見放されるのである。

三島由紀夫が苛立つのは、一定の知性を備えながら、己れの「理想」の薄汚れた真実に気づこうとしない鈍感な自己満足である。

たとえば、駒沢に対して岡野が抱く苛立ちは、三島自身のものでもあろう。このような場合、理想ともコミットメントとも締め出されている岡野は、理想主義者や自己満足の仮面をひん剥いてやりたくなる。ここから三島やその明敏な主人公たちの小さな悪意、小スメルジャコフ的な純粋の悪意が生まれる。岡野が駒沢への苛立ちから、素朴な工員の大槻に対してストライキをそそのかすのは、この一例である。

これは決して偽善を暴くと言った正義感に基づくものではない。また、そこから何か利益を引き出そうとするのでもない。純粋な、けれども一貫しない、また巨大な憎しみにも基づかない小悪魔のたくらみにとどまる。それが、たとえ思いがけない破局とか、偶発的な悲劇を招くとしてもそうである。

これらの小悪魔的主人公たちになじみのない読者は、そのつど戸惑い、何かむやみに人工的な印象だけを持つかもしれない。だがそれは、彼らの「明察」と裏腹の関係にあり、「明察」にある程度リアリティがある限り、これらの主人公たちにも、それなりのリアリティを認めなければならない。

三島の作品に最も魅力を感じるのは、対岸の火事を花火のように鑑賞する審美的で無責任な政治的ローマン主義者たちであろう。彼らは、ローマに火を放ってホメロスのような詩を創ろうとしたネロのように、常に「後は野となれ山となれ」とうそぶくのだ。

これに対して、三島に全く共感できないのは、本格的な保守主義者であろう。三島が、何事にもコミットできない所からその明察を引き出すのに対して、保守主義者は、理由に基づかぬ責任を引き受けるからであり、その中で明察を一部断念するからである。

逆に、どのように明察の眼を凝らそうとしても、どんな影も見いだせないような純粋無垢の魂といったものに対して、三島は崇拝に近い描き方をする。テロリストとか、純粋な少女とか、田舎の青年とか…。『絹と明察』においては弘子――明察に対する純粋の示す威厳と勝利が示されるところは、なかなか感動的だ。

岡野は、彼の存在に少しも斟酌なく、目の前で現実に起こった純情の勝利、忠実の勝利に、少し呆れた。(p−346)

結局、三島由紀夫に欠けているものは何か?

それは、自由と明察の連関である。行動する者には明察がなく、明察する者には行動がない。いずれにおいても、真の自由が欠けている。

駒沢に訪れる最後の明察は、彼が生と世界へのかかわりを断念するところからもたらされるが、最後に至るまで、彼には自由というものが理解できない。個々人は何かの支えや庇護を必要としているという考えから抜け出せない。この庇護は、言語のように個々人を外部の世界へ、自由な思考へと解放するものとしてではなく、気づかないまま外部から保護してくれている遮蔽としか見なされない。

他方、岡野や菊乃の「明察」は、宿命を見通すことと同義である。彼らは世の流れを鋭く見通し、その流れにうまく乗っていくが、何一つ自らの中の譲り得ぬものを持たず、自分から世界を切り開くことはしない。

彼らは確かに「常識からは自由」であるが、彼らの自由意思は、ちょっとした悪意の思い付きという形以外を知らない。つまりは、彼らは今という瞬間々々にしか関わらない。過去にとらわれない無責任性という点で、一見自由に見えるが、その瞬間をつなぎとめるインテグリティを欠いているので、これらの瞬間は糸の切れた数珠玉のように八方に散らばるばかりだ。

小説の後半では、ストライキ首謀者の大槻が、初めの素朴な純情を脱して、政治的駆け引きを学んでいく様が描かれている。

彼(大槻)は若さに加えて、人の悪さをわがものにしたことを、ひとつの成長だと考えざるを得なかった。純粋さの固執は、生きるために苦労したことのない青年たちに任せておけばよいのだ。組合運動を、会社の不純な意図を覆す純粋さの一揆だとは、彼はさらさら考えなくなっていた。(p−177)

これは、三島においては純粋性からの永遠の追放と見なされ、彼がいずれ結局は世なれた悪党へと変身するだろうことを予感させるにすぎない。

しかし、行動によって若者が何かを学んでいくとき、そこにあるのは単なる堕落だけであろうか? そこで初めて、幻想から解放された自由の明察を得ることはないのであろうか? ドン・キホーテの明察はそのようなものではなかっただろうか? たとえ彼の理想が幻想であったとしても、それに基づく彼の行動が、永遠に幻想の中を徘徊し続けるとは限らない。ここに、三島由紀夫がついに見出せなかった自由と明察のつながりが存在するであろう。近代小説が、その存立を賭けていたこのつながりを見損なうことによって、三島由紀夫の試みは結局小説としては失敗しているのである。

Posted by easter1916 at 23:50│Comments(0)TrackBack(0)

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