先週のニコニコ生放送ではじめて『SHIROBAKO』を観た。放映当時は各所でいろんな方々が楽しんでおり、きっと良い作品なんだろうとは思っていたが、ちょっとした理由で今後も観ることはないものと思っていた(詳細は後述)。
今回はじめて観て自分にとっては珍しく劇的に感情を揺さぶられ(なにせ泣いたシーン1位は会社で思い出したときだ)、このアニメを観て感じた思った考えた諸々を一人で消化するのは「手に余る」と判断したために今月中に緊急SHIROBAKO会議を数件開催するまでに漕ぎ着けている。
その一環としてインターネット上に自分の考えを置いておこうというのと、人と話す前に考えを整理しておこうという意図から変な話『SHIROBAKO』の正直な感想をここに書くことにする。
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- 『SHIROBAKO』は残酷だなあ
女優の中谷美紀さんは映画やドラマ、舞台で役を演じることの意味を以下のように述べている。
正直なところ、演じることの意味などわからぬまま仕事を続けて久しかったものの、最近になってようやくその意味をおぼろげに、いえ、はっきりと理解できるようになりました。それはきっと、誰かが言えなかった「ありがとう」や「ごめんなさい」というシンプルな言葉を、観客の皆様に代わって口にすることなのだ、と気づいたのです。
(中谷美紀『女心と秋の空』)
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『SHIROBAKO』を観ているとき、ぼくも心の中でたくさんの「ありがとう」や「ごめんなさい」をした。平岡さんが謝った時は一緒にごめんなさいをしていたし、坂木さんがおそらく泣きたいのに堪えていた時は代わりに泣いていた。
実生活では様々な時につまらない些細な理由からできなかった「ありがとう」や「ごめんなさい」を、一人で他人事を観るという状況に置くことでようやく言うことができた。
そう素直に良い作品だと感謝する一方で、残酷な話だな、という感想も持って観ていた。
最高だ~~~! 元気出る。あと、泣ける。有名人じゃなくたって個人の名前でやってなくたってあなたの仕事は必ずちゃんと尊い。
(アニメ制作現場のお仕事アニメ「SHIROBAKO」、元気出る大好き(年明けも続く) - インターネットもぐもぐ)
『SHIROBAKO』について事前に読んでいたレビューはこのインターネットもぐもぐさんの記事だけであったが、同じように「お仕事アニメ」として働く人々へのエールとなる作品という感想はちらほら見ていた。
確かにアニメ業界という特殊な世界の中でも他の一般的な仕事と共通する部分はあり、そういう意味で「お仕事アニメ」と呼ぶ人がいるのもわかる。会社で働く際に多くの人がぶつかる問題や想いなどもあった。
ただ『SHIROBAKO』作中では、転職者が「アニメ業界って本当予定通りにすすまない」と言ったり先輩社員が「この業界は変なやつらばっか」と言ったり、あくまでアニメ業界は特殊な世界であることは主張し「お仕事アニメ」として一般化してはいない。
特に重要な点が武蔵野アニメーション、アニメ業界が「自分」が求められる世界であることだ。
アニメーターの安原さんが速度を優先して原画を描くのと実物をよく観察して描くのとでは全く違う絵になるし、制作進行でも平岡さんのように仕事に臨むのと宮森さんのように仕事するのとで、出来上がるアニメのクオリティに差は出る。自分のやり方によって最終的に作られるアニメが変わってくる。それは「自分」が求められる世界だ。
宮森さんの姉が訪れる7話を思い出してほしい。宮森さんの姉は地元山形の信用金庫勤めで、その回想として映される仕事風景は武蔵野アニメーションとは全く異なるものであった。理不尽な怒り方をする上司。当番制で誰がやっても同じ仕事。つまりは「自分」が求められない世界。会社では個性やキャラを出せずに埋没し、たまに取れた有給で羽を伸ばす。
さて武蔵野アニメーションとこの信用金庫、どちらに会社のリアルを見るかを問われ、後者に寄ってしまう人も少なくないだろう。
もちろん全く「自分」が求められていない会社は少なく、自分のやり方で多少なりとも仕事や会社を変えていけるというのは、程度の差はあれどこの世界でも共通だが、実際のところ自分の仕事をどうこうしても対外的に何かが変わるということはないという立場にある人も多いはずだ。自分の仕事を直接に視聴者の観るアニメに反映させられるのはやはり特殊な世界である。
そしてまあ、『SHIROBAKO』がずるいのはこの最終到達点がアニメということで、まさに今このアニメを視聴していて楽しんでいる身としては「そんなにがんばっても結局アニメに行き着くだけじゃん?それで何になるの?」とはとても言えないことで。これがもしペットボトルのキャップを作る仕事であれば、「そんなにがんばってペットボトルのキャップ作って何になるの?他にいくらでも替わりあるじゃん」と言えるかもしれないのだが。
要は「自分の仕事の意味って何?」というのを逆に突かれてしまった想いだ。
仮に宮森さんの姉がアニメ業界を知って転職するような話であれば、『SHIROBAKO』は個人の求められない世界で働くのなんてナンセンスという主張をしていることになるが、皆さんご存じの通りそうはならない。
この信用金庫のような世界もあって、そして武蔵野アニメーションのような世界もある。『SHIROBAKO』はそう言っている。ただそう言っている。
さて前述の通り『SHIROBAKO』はアニメ業界を「お仕事アニメ」として一般化する気はないが、毎回流れるオープニング曲なんかを聴くと、確かに働く人へエールを送るような風にも聴こえる。
実生活で「自分」が求められない世界で働いている人が、「自分」が求められる世界で働いている宮森さんたちにエールを送られたとして、それは「会社やめたい」にしかならないんじゃないかなあ、というのがぼくの感じた残酷さで。
あるいはぼくの言う会社が「自分」が求められない世界という見方が視野が狭いのかもしれないし、そもそも『SHIROBAKO』でもけっこう退職者出ているので会社をやめることを否定していない。別にやめればいいじゃんってことかもしれない。そこはもっと考えなければならないところである。
ただ何度も言うように『SHIROBAKO』は「今こそ立ちあがれ」「お前はこうしろ」といった強いメッセージを発するものではない。非常によくできた群像劇で、それぞれ違った選択をする。全く違う仕事からアニメ業界に入る人もいれば逆もいて、それぞれの決意や納得がある。
だからこそ働いている人にとって元気を与えるよりもまず問いかける力が非常に強い作品と思う。「お前はそれでいいのか?」と直接的には言わずともそう思わずにはいられない、ある種の残酷さを『SHIROBAKO』には感じた。
- 『SHIROBAKO』を観る気がなかった理由
もう言いたいこともメインとなる箇所は終わってしまったが、今更はじめに『SHIROBAKO』を観る気がなかった理由はこのツイートの通りである。
『SHIROBAKO』周りでも評価高し面白そうだけど飲みニケーションがあるという情報一点であんまり見たくないカテゴリに入っている。アニメでまで辛い現実を見たくない派閥の人間ではないのだけど、飲みニケーションがなくてもうまくまわる世界案を提示してほしいとは思ってる。
— 水星 (@mercury_c) 2015, 5月 9
より詳しく説明すると、ただ飲みニケーションを観るのが嫌いなのではなく、旧態依然とした会社風景を美少女に置き換えれば肯定されてしまうというのを観たくなかった。女性であれば女性なりの仕事のやり方があるだろうという作中リアリティがほしいと思うし、伝統的な会社体制でなくてもうまくまわるという世界案を提示することもフィクションの面白さと思っている。美少女だけど中身おっさんではどこか現状肯定にしかならない気がする。
が、このツイートをした後、複数人から『SHIROBAKO』は飲みニケーションをすすめるような作品ではない、むしろ逆との意見をいただき、それが今回全話観るきっかけとなった(感謝)。
『SHIROBAKO』。女性ならではの折衝というか交渉術で丸く収まってくのが観てて楽だった。これ男性がメインキャラだと同じ内容でももっとストレスフルになってたはずなんで、単純にアニメだからかわいい女子をメインにって配役じゃないのだね(こういうのを観たかった)。
— 水星 (@mercury_c) 2015, 5月 10
例えば序盤であるキャラクタが上司への報告を怠ったことでピンチに陥るシーンがある。ここでは先輩社員がうまく立ち回るのだが、その際「報連相」という言葉を一切使わない。怒鳴らず怒らず落ち着かせる。飲みニケーションをはっきり否定するシーンもあった。
ただ、このへんの職場環境の良さも働いている人に対して問いかける力となってダメージに成り得る。だってこんな良い環境なかなかないし、そんなのフィクションだからと一蹴するにはあまりに『SHIROBAKO』はよく出来過ぎているし、「お仕事もの」として境遇を同じくしていた。
『SHIROBAKO』がよく出来ていれば出来ているほど、現実の残酷さを浮き彫りにする。そう考えるとメガネ描写が嘘だったり麻雀描写が嘘だったり時折他と比べるとフィクション度の高いシーンが挟まるのも、視聴者をあまり没入させすぎないためのあえての隙作りであったのかもしれない。
- 社会人百合としての『SHIROBAKO』、あと宮森姉
『SHIROBAKO』を観ている間に上記のような気持ちが溢れてきた結果、防衛本能でこれをよりフィクションとして百合消費しようとも試みていて。出てくる女性キャラクターの周りにことごとく彼氏の気配がないこれは社会人百合ではないかーと気づいてしまった俺の押しカップルは宮森と宮森姉で。
既に述べた通り「自分」が求められない世界で働くより共感しやすい位置にある宮森姉が、これまた既に述べた通り「自分」が求められる世界で働く宮森さんとのカップリングには夢がある。
また宮森姉は地元では地味キャラだわ有給に一人で東京来て突然妹宅に押し掛けて来るわ妹の友達とも仲良しだわ親しい人だけに距離感めっちゃ近いわ、間違いなく友達少ないので、大人になっても高校時代の友人と同じ夢を追う素敵すぎて辛い視聴者も出る宮森さんとのカップリングには夢がある。
そんなわけで宮森姉はかなり重要なキャラクタと思うのだけどまさかの公式サイト登場キャラクタ紹介に名前なしでびっくりだ。
- あと最後に何かあれば
個々のシーンやキャラクターについてここが良いよね悪いよねってのはまだまだたくさんあるが、まとまった根幹の感想はだいたい書いたつもりだ。こういう激情に駆られた『SHIROBAKO』感想ってはてなブックマークの上の方の記事では見かけなかったので(一応他のブログの感想もいくつか読んだ)どれほど他人にわかるものか知らないけれど。
あとはアニメ制作と言えば『ハックス!』良いよね。また読み返したくなった。
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