2015年5月現在放送中の春アニメ TVアニメ『響け!ユーフォニアム』。制作は京都アニメーションです。
2話を見ました。
それでこのカットなんですが、被写界深度のボケ具合だけでなく、手前から奥の人物にフォーカスが合う過程で少しズームアウトすることで、ちゃんとカメラでフォーカスしてるという描写が表れています(大きい画面で見ないと動きがわかりづらいかも)。このカット見た時結構驚きました。
今までのアニメでのレンズ特性描写は、ゴーストからはじまって、次に(画面動からの)ブレ、被写界深度によるボケが導入されこのボケも徐々になだらかになり、最近ではさらに画作りとしてケラレ(周辺減光)や収差、フレアなどが取り入れられてきていると思います。フレアは氷菓で特徴的に多様されていて、ミステリーの雰囲気にかなり貢献していたと思います。
対象のボケを取ると同時にその他はボカすことでフォーカスを表現するのは今までよく見られてきました。件のカットはここにさらにズームアウトを動きで加えることで、ボカしなどの静的な処理だけでない、撮影カメラを感じさせる駆動による動的なフォーカスを描写するレベルにまで達しています。
今回の駆動描写で、ボケによるフォーカス描写が遂にイラストと差別化され、この被写界深度的ボケはトイカメラとか、もっと言うとinstagram的なオシャレな画作りではない、カメラで撮影(の模倣を)しているんですよ〜ということを表しているんだと思いました。これにより、ボケやそのほかのレンズ特性の描写をオシャレ味付けの役割だけでなく、それを超えて撮影由来のものであることを証明し、レンズ特性らを説得力へと一気に昇華させています。
説得力があって、生感が強い(すぎる)。逆3D的。
実写だとかつて、ディティールや、生感だとかリアル感だとかの邪魔になったり、第四の壁を意識させてしまい没入感に欠けるだとかでレンズ特性は殺されてきた歴史があると思います。けど、アニメはそもそもイラスト起源の描いてる絵だからリアルじゃないし、デフォルメで画面の説明は十分なされているから実写では殺してきたレンズ感を逆に利用して演出しやすい媒体なのかなと考えました。
思い返してみると、いやいや新海誠とかでさんざっぱらレンズ感でシズルたっぷりの画面作ってたっしょ。雨の中の植物だとか、陽の光とか陰とか。って思うんですが、雨上がり〜とか、イベントシーン〜ってわけじゃないのに今回のカットが唐突にさらっと挟まれたのが冒頭の驚きの原因です。
緊迫のシーン、例えば崖から落ちるんだけどなんとか間一髪崖の淵を掴むみたいなシーンでは、遠くからブレまくりながらズーム、ズームが止まると同時にボケを取るとかなら見たことあるんですが、今回みたいなオートフォーカスチックな描写はあんまり見たことない気がする。
本題からそれて
僕アニメ大体前情報なしで見てしまうんですが、ユーフォニアム一話見て真っ先に、あれ・・・堀口悠紀子・・・さん・・じゃない!と思って、甘ブリからさらに次の一歩踏み出したんだ!!全部がガラッと変わったわけじゃない!!でも変わってる!!とすごい興奮して見てました。ハルヒの池田晶子さん、嬉しみ!
このカットすき
あと公式サイトのビジュアル見るとスカートの裏地の描写がなくてリアル寄りのアニメなのが想起される。(でも上服が持ち上がった時お腹の肌は見える。EDの高揚感とか)ハードなケンカとかしたらどうしよう・・・ハルヒ2期溜息のみくるちゃんをつるやさんの部屋で寝かせるシーンでのキョンとハルヒのケンカというかやり合いは、不気味な音楽も手伝ってすごく恐かった・・・あの一連のカットは関係の乱れとかハルヒの不安定さがよく伝わってきてすごかった・・・
楽器の描写に限った事言えば、最近では四月は君の嘘の、話の序盤で喫茶店でこどもにせがまれてピアノ引くシーン。横から鍵盤とそれを弾く手のアップというよくあるカットがあって、しかしそのとき鍵盤カバーの真鍮のヒンジに手の反射が、しかもちゃんと歪んで映ってたのに感心した覚えがあります。
どんどん話がズレますが、カメラでの説得力は他に、誰かがケータイのカメラでなにかを撮ろうとしている構図で、第三者から見たその構図では明らかにケータイより大きい物撮ってるのに画角の違いからケータイの画面にはしっかり被写体が捉えられている、みたいなのも空間を感じさせる情緒ある表現だと思います。
この話題、口をつきまくって無限に出てくる。