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レム・コールハース『S,M,L,XL+』刊行記念 東浩紀、山形浩生、隈研吾 3週連続・特別寄稿

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レム・コールハース『S,M,L,XL+』刊行記念 東浩紀、山形浩生、隈研吾 3週連続・特別寄稿

レム・コールハース『S,M,L,XL+』 レム・コールハース『S, M, L, XL+』の刊行を記念して、東浩紀氏、山形浩生氏、隈研吾氏の書評を掲載します。伝説の書『S,M,L,XL』の核となっているテキストと、その後の問題作10篇を加えたオリジナル編集の日本版が、いきなり文庫で登場! はたして3氏はどのように読んだのか。
初回は東浩紀氏です。

小ささの時代に抗して

 ── 東 浩紀

 コールハースの『S,M,L,XL』の抄訳が出版されるという。原書は、1995年に出版された、厚さ7cm、重量2.7kgの怪物的著作。とにかくデカくて重く、話題の本だと手に入れたものの、持ち運ぶだけで腕が痛くなったのを覚えている。むろん、その「デカさ」は本書の内容とも深く関係していたのだが、今度の邦訳では、ブルース・マウによるそんな伝説のエディトリアル・デザインはすべて消え、文字中心の論文集として文庫に収録されるとのこと。少し残念に思ったが、ゲラを読みそんな懸念は消えた。本書のもつインパクトは、文字だけになってもほぼ変わらずに残っている。
 本書には、20世紀の消費社会が実現した空前の「デカさ」(Bigness)をまえに、幻惑され、戸惑い、そして立ち向かおうとしたひとりの建築家の思考の歩みが、断章形式のメモ書きから歴史的な考察を含む論文まで、さまざまなかたちで収められている。ここで「デカさ」とは、具体的には、空港であり、巨大物流施設であり、ショッピングモールであり、テーマパークであり、あるいはニューヨークでありシンガポールでありドバイである。2015年のいまであれば、そこにグーグルやフェイスブックの名を加えることもできるだろう。それらはすべて、古典的建築とは別の規則で、古典的建築家の想像力を超えた規模で「デカさ」を実現する。コールハースは、そのような「デカさ」の出現こそが21世紀のもっとも重要な問題であるということを、ごく初期の段階で見通していたすぐれた建築家、というよりも思想家のひとりである。疑うひとは、せめて邦訳巻頭の「ジェネリック・シティ」だけでも読んでもらいたい。20年前に書かれたとはとても思えない、現代に通じる先駆的な問題意識に満ちている。
 コールハースの問題提起にもかかわらず、本書の出版以降、建築家の多くはむしろ「デカさ」について考えなくなっていった。少なくとも、日本では「デカさ」をめぐる話は好まれなくなった。2011年の震災のあとはますますその傾向が強くなり、いまやこの国では、あるべき建築家として、コミュニティを大切にし、クライアントの話に耳を傾け、行政との交渉や人間関係の調整に長けた「小さな」ひとばかりが求められているように見える。そのような流行のなかでは、本書の問題意識は、時代遅れで、誇大妄想的で、下品にすら見えるかもしれない。
 けれどもぼくは、そんな現代にも、単にエコでおしゃれで快適な建物を設計するだけではない、都市や資本や世界の未来に通じるような、「偉大な=Bigな」建築家になりたい学生も、少しはいるのではないかと信じている。本書は、そんなひとにぜひ手にとってもらいたい書物である。

東 浩紀(あずま・ひろき)
1971年生まれ。東京都出身。哲学者・作家。専門は現代思想、表象文化論、情報社会論。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。株式会社ゲンロン代表、同社発行『思想地図β』編集長。著書に『存在論的、郵便的』(新潮社、第21回サントリー学芸賞)、『動物化するポストモダン』(講談社現代新書)、『クォンタム・ファミリーズ』(新潮社、第23回三島由紀夫賞)、『一般意志2.0』(講談社)、『弱いつながり』(幻冬舎)など多数。