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群れ合うことは精神を鎖国することである。みずからを鎖国して群れ合う集団の中に新しい思想を生む人間が現れることは許さない。そのような人間は、精神の鎖国を破って、人々が底知れない存在の不安を閉じ込めている筐の蓋を開ける可能性があるからである。その蓋が開かない限り、人々は確信をもって生きることができるが、、いったん蓋が開けられると、自分たちがニヒリズムをごまかして生きているに過ぎないことに気づいて、急に自信と元気を喪失してしまうのである。群れとして生き続けるために役立つのであれば、群れは新しい思想も取り入れる。しかし群れの人々がその新しい思想にいっせいに飛びつくことができなければ、足並みが乱れて群れが壊れる危険性がある。
したがって新しい思想は必ず群れの外から群れに入って来て、固定された枠を一斉に与えるものでなければならない。群れている人々が困るのは、新しい思想を生み出す人間が群れの中に現れることである。群れ合いの場は自己防衛のために、創造につながるような異論を許さない。群れ合いの場は自己防衛のために、創造につながるような異論を許さない。群れ合いの場が純粋生命に向かって開かれていないことから、その場には必然的にエゴイズムが育つのである。
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