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どうやらこの喩え話は『恋愛』の場面にも通じるように感じられる。わかる人にはわかるだろうが、『クリスマス・イブ』にさながら『砂の餅』をあげようとした際、罵声と変わらぬ仕打ちとなった。『末法』ゆえ喩え話のようにいかない、というのは重々に感じているが、かなり『ムッ』ときてはいたが、『クリスマス・イブ』に喧嘩というのも『縁起が悪い』のでグッとこらえた。『一年の計は元旦にあり』と似たような大聖人様の御文が実はあったりなんで。僕はともかく相手はこれから先にどうなることやら。この記事は実質的に相手への『最後のご供養』のつもりで書いている。 それで、僕は相手の『誘い』に「ご供養」という感じで応じてきて、その結果はどうやら「砂の餅」では気に入らなかったのか「名誉棄損」という手段でどうやら「自己保身」をしたご様子。本質的に学会が寄進した「正本堂破壊」と同様な態度を取ってしまっている。なぜ日顕は『正本堂破壊』をやったのか学会員であればさんざん聞かされてきたことであろう。 ところでなぜ『砂の餅』を出してきたのか。話があまりにも出来過ぎていて「功徳のひとつ」と捉えるしかない出来事が起きたから。URLを出そう。 http://jbbs.shitaraba.net/study/12083/#5 『創華と総価と時々創価』の「初めまして 」 http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/12083/1370659684/l50 『創華と総価と時々創価』の「自由に雑談in喫茶店」 一目瞭然だが、別にこちらから求めたわけでもアクションをかけたわけでもない。僕の勘違いでそもそも女性と思ってなかったから。女性と知った&誘いがあったのはアメーバでクリスマス・イブにフられて直後といっていいぐらいのタイミングになってしまっている。 よく学会では「自分のためにならない人は相手から離れていく」などという話を聞いたりしていたが。『クリスマス・イブ』のあの出来事はそういう事であり、それでも『ご供養』を優先したのが上記の結果と感じている。だいたいにして川崎と大阪では『ちょっと会いに行ってくる』という距離ではないだろう。完全に遠距離恋愛であったものを、それでも「ご供養」をするとなればコメントやピグなりピグに関連したギフトぐらいがせいぜいだよ。ただ『仲良くするのは気が変わってお断りしたい』ということであれば他にも「やり方」はあったハズだ。そうではなく、『相手のせい』に正当化を謀り自己保身の為に相手の名誉棄損という事であれば『日顕と同じ本質』を指摘せざるえないんだよね。 と、この記事を「最後のご供養」にさせて頂くよ。こんな事は「氷山の一角」とみるしかないし、僕をフった相手は「信心即生活・生活即信心」を忘れていたからクリスマス・イブに相手の名誉棄損という行為に至ったとみるしかないから。
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