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懐かしいハンドルネームの方にお目にかかりました
久しぶりです 某掲示板ではお世話になりました。
お陰様で色々と勉強させて頂きました。
日達上人は、学会本部の模刻本尊を最終的には認められ、開眼供養された。
それを当時の正信会僧侶が、学会の謗法は断じて許さないと息巻くから、このままだとそれを許した日達上人にまで傷かつくことを危惧した僧侶の発言ですよね。
模刻自体は厳密には謗法ではないが、猊下の允可を得ずに誰人であろうと勝手に行えば謗法になると言うこと。
問題なのは、池田氏が日達上人に板御本尊をお願いしたときには、すでに模刻されていた事。
本部の御本尊以外に無許可で7体もの本尊が模刻された事です。
その象徴と言えるのが、言い訳のしようもない、御守御本尊の拡大模刻です。
これは、池田氏が、第64世日昇上人より賜った御守御本尊であるが、本来、御守御本尊とは奉安礼拝の対象ではなく、したがって模刻し、奉安する必然性もない御本尊である。
これを拡大して模刻、奉安したのであるから、池田氏の信仰が、すでに根本的に崩れ去っていたことが分かろう(『慧妙』H12.11.16)
このような発想をする者は、大聖人御在世以来、皆無だったのではないか。
御守御本尊を拡大して板に模刻してよいという文証や、前例があれば出してみよ!化儀を無視し、本尊を私物のように扱う池田大作は、増上慢の極みとしか言いようがない。
学会の模刻行為は、これだけでもアウトです!!
●特にお守御本尊を彫刻したことに対して、(日達上人の)お怒りのお言葉があったことを記憶しております(菅野慈雲御尊師『大日蓮』第573号78頁/『創価学会「ニセ本尊」破折100問100答』法義研鑽委員会編)
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