|
|
戸田門下生さんへ。
>開眼について 戸田会長の指導
●「末法の現在においては、絶対に戒壇の大御本尊様こそ、われわれが即身成仏できる生身の御本仏様であらせられるのです。また、われわれがいただいている御本尊様も、文底事の一念三千、真の草木成仏の理によって開眼された、これまた生身の御本仏様であります。この御本尊様こそ、真の木絵二像開眼の御姿でなくてなんでありましょうか。これは日蓮正宗以外の邪宗では絶対になしえないところであり、ただ日蓮正宗のみのもつ深秘の法門であります。邪宗がいくら日蓮正宗の御本尊をマネて作ってみたところが、それこそ馬の骨なのであります。否、恐ろしい毒薬の働きをもつのであります」『大白蓮華』第62号 昭和31年7月号
●相承の重要性 秋谷会長
昭和28年5月
秋谷栄之助論文
「相伝がない所に仏法は存在しないし、相伝がない本尊を拝めば、功徳がないばかりか、正法にそくむ謗法である」
「然るに一般日蓮宗は(中略)或いは経巻相承なんどと稱(しょう)し、大聖人様の仏法は唯授一人という狭義ではないなどと、全く総別の二義をわきまえざる僻見を立てている」
(大白蓮華・相承の重要性について)<
これは、日蓮正宗の信徒団体だったころの指導ですよ。今は、正宗とは違う教団です。確かに、創価学会は、教義を都合のいいようにころころ変える。定見がない。信念がない。
反権力である創価学会の支援する公明党が権力と結託する。
池田思想の中核である絶対平和主義を蹂躙して、イラク戦争を支持し、イラク派兵を行う、集団的自衛権の行使容認を9条の解釈で変更する。実質的な9条の改憲ですよ。
その政党を無批判に創価学会が全面支援する。
これでは、創価学会は宗教団体ではなく、集票団体です。
何より、信念がない。定見がない。宗教の純粋性がないのです。
信念とは信心です。
信心がなければ、当然、血脈はない。
日蓮正宗の方が、宗教の純粋性はある。ダメなのは創価学会の方ですよ。
>※この唯授一人の御相承、御法主上人の権能を「オカルト」だの「魔法」だの揶揄する人がいますが、学会の方も、全員が大石寺御法主上人のしたためられた御本尊を「日蓮が魂」として拝していると思います。
御真筆は分かると思いますが、なぜ、御歴代上人がしたためても「日蓮が魂」となるんでしょう?
これは、深秘の法門であって、これを馬鹿にしたり信じられない人は御本尊を拝む資格はありませんね。
皆さんの御本尊の功徳はどこから流れてくるのでしょう?
学会さんも誰が御本尊を書いてもいいとは思っていないから、色々言われても大石寺御法主の御本尊を拝んでいるのでしょう?
平成のはじめまでは、御本尊の開眼も、唯授一人の血脈も、当たり前に学会でも信じていましたよね。
学会破門後に、宗門が急に言い出したことではありませんよ。
学会にも功徳がある。無開眼本尊だろうが内得信仰だろうが功徳があるという人は、「魔の通力」ですから気をつけましょう。
それらは、根本の成仏という功徳ではないし、逆にその成仏の大益から見るなら、それをさえぎり、妨げる魔の通力であり利益でしかありません。
成仏の根本は、仏法の正しい法の中にしかありません。
【文証】
■実経に入らざらん者は、或は魔にたぼらかされて通を現ずるか。但し法門をもて邪正をたゞすべし。利根と通力とにはよるべからず。(唱法華題目抄)<
だったら、板本尊ではなく、大聖人御真筆の文字曼荼羅はどうなんです。
身延にも、鎌倉にも、京都にも、千葉にもある。
そもそも、日蓮正宗の血脈は途中で切れている。歴代法主の相伝が途中で断絶している。歴史を遡って調べれば容易に分かる。
日蓮正宗の本尊に功徳があったのではなく、学会員の信心が純粋だったから功徳があったのです。
当時は、みな、貧乏だった。草創の学会に歓喜や功徳があったのは、御書を研鑽し、学会指導に忠実に生きたからです。だから、功徳も歓喜もあったのです。
今の組織は、そういう組織体制ではない。選挙支援組織のヨコセンですよ。
悩んでいる人、苦しんでいる人に御本尊を持たせて、激励、指導しても、どこの組織につけるかとなる。
功徳があると言われて公明党を支援する。
反社会的とは言わないが、社会常識、社会通念から逸脱している。
人材を育成しても、選挙の責任者になる。聖教新聞の営業拡販の責任者になる。これでは、人は救えない。
全て、本部の責任です。
|
|