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信濃町の人びとさんへ
>「日蓮は一閻浮提第一の聖人」(御書974頁)などの御金言を、戦時中、宗門は、軍部の弾圧を恐れて削除した。恐るべき師敵対であり、大謗法である。(さらに、昭和16年8月の宗務院院達では、『御書全集』そのものを発刊禁止としている)<
皆さんの持っている『御書全集』の【発刊の辞】は何年と書いてます?
昭和27年4月28日ですよね。
それだけでもこれが嘘だと分かりませんか?
日達上人は、「宗門夜話」の中で、
『それから間もなく政府から日蓮宗全体(※大石寺も含む)に『天照太神をしたためてある理由』の解釈を要求してきました。これには各派が非常に困ったらしいですよ。正宗では堀米猊下がこの会に出席されたんですが、本宗の立場から堂々とのべられました。このとき、宗門としても神札を祀るなんてことはできないからね、一応うけるだけうけ取って、住職の部屋のすみでも置いておこうという話になったわけです。このときは、御遺文集の不敬にわたる個所を、みんなふせろという命令も出ましたからね。幸い本宗ではそのとき御書を発刊してなかったから問題はなかったが、ひどい弾圧ですよ。』
と御指南されている。
>この時、師敵対の宗門と正反対に、牧口先生、戸田先生は、真実の「大聖人の弟子」として、殉難の正義の道を進みぬかれた。この歴史の事実こそ、大聖人の「信心の血脈」が学会に流れ通っていることの確かな証左であると確信する。<
それは学会の願望でしかないよね。
【不敬罪で投獄された戸田会長の宗門への認識】
戸田会長は、戦後(昭和26年) 日蓮正宗の僧侶について、
「わずか小勢百数十人の僧侶が、七百年間、チリもつけず、敵にもわたさず、みなみな一同、代々不惜身命の心がけで、一瞬も身に心に心身一つに、御本尊を離れずに、今日にいたったのである。(中略)ということは、真実の仏法哲学を滅しないことであり、実に偉大なる功績ではないか。」
と述べている。
「神札問題」等に関して多少宗門への批判的言辞はあるものの、創価学会の活動自体は日蓮正宗の教義に依存し、総本山大石寺に参詣することによって、信徒の幸福を願ってきたのである。
したがって、戸田会長から見ても、当時の僧侶の行動が国民一般の感覚以上に突出していたとは言えず、非難に当たらないことを証明している。
※そもそも、不敬罪の逮捕理由は、学会員が衆人の前で神札を焼いたり、子供を亡くした
婦人に「信心しないから罰が当たった」と言った事が発端で、官憲に訴えられた事にある。
【創価学会は、不戦、平和主義、民主主義を貫いたという嘘】
当時の日本は、軍国主義のもと、軍部のみならず国民全体が否応なしに戦争に巻き込まれ翻弄された時代であった。
それを、創価学会だけが、不戦、平和主義を貫いたと事実を曲げて美化しても仕方がない。
戦時中の創価教育学会は、座談会の最初に「宮城遥拝」をし、軍歌を歌って、口々に「戦勝祈願」を訴えていた。これらは、牧口常三郎全集に明らかである。
《ポイント》
創価教育学会は、昭和6年の会発足に当たり、11人の顧問を置いているが、その中には、貴族院議員や官僚の他に、海軍大将・野間口兼雄氏や、台湾総督・太田政弘氏が名を連ねている。(『牧口常三郎全集』第8巻421頁)
創価教育学会が、当初から反戦・平和を唱え、天皇制を批判していたのなら、軍人や植民地支配の最高責任者に顧問就任を要請するはずなどなく、また軍人らも、要請されたとしても、それを承けるはずがない。
この事実をもってしても、創価教育学会が反戦・平和の団体であった、というのが、大ウソであることがわかる。
【牧口会長の行動や思想】
・牧口創価教育学会会長が主催していた大善生活という、当時の座談会等々の記録等によると、牧口会長自ら、時の天皇に対しまして、天皇は現人神である、生き神であるということを、はっきりと、何回も繰り返し言っている。
・当時の牧口会長も、靖国神社へ行っている。
※靖国神社へは、それはただ神として、真実の神として拝むんではない。国の為に尊い命を捧げられた方々に対して、感謝する気持ちでお参りするんだと、言い訳をしている。
しかし、当時は国から通達があって、学校の先生が生徒を連れて靖国神社に行き、学校を挙げて参拝させられていた。
牧口会長だけがそんなことはしなかったというわけではない。
《神札を受けなかった本当の理由》
牧口氏の国家神道観によれば、「天皇(現人神)」に天照大神以来の神が、全て集約しているという一元論に立脚して、神棚・神札を受持しなかったということである。
※大聖人の謗法厳誡を遵守したというより、自分の教義信条によっての行動である。
> 反対に、宗門は、仏法史上かつてない御供養の誠を尽くした学会を、取るだけ取ったら、冷酷に切り捨てた。しかも、初めからその計画であった。
(中略)この偉大な仏法を、ゆがんだ「儀式仏教」「権威仏教」の枠に押しこめ、その命脈を断とうとしているのが日顕宗である。<
学会を金蔓と捉えていたなら、謗法をしようが何しようがおべっかを使い、注意をしないでしょう。
冷酷も何も、僧俗和合の気持ちが無いことは、平成3年の正月から毎日繰り広げられる誹謗キャンペーンと、男子部が徒党を組んでの寺院への嫌がらせに顕著でした。
いいかげん、本部の物語に洗脳されずに、自分でしっかり調べてはいかがか?
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