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天城五兵衛さん お元気そうで何よりです。
>貴殿は、妙観講の方でしょうか?
違います。末寺の一講員です。
>学会が本尊模刻の許可を申請したのに、日達管長が失念していた事を法廷で晒されない様に配慮し、その結果として「これ以上の御本尊模刻論議の停止」を宗務院通達で幕引きを図ろうとしましたが、結果失敗になり正信会僧侶の大量擯斥処分となりました。<
日達上人へ池田氏の謗法行為の罪をなすりつけるとは哀しい団体ですね。
正信会の「大御本尊を偽作した者を完全に処罰できぬは謗法行為のなにものでもない」という詰問に対し
日達上人は「こちらが許可していない分(の板本尊)は取り上げて、注意をしました。だから私にはちっともこちらには落ち度が無いと思っております」(大日蓮54年7月)と御指南されている。
もし、日達上人が7体の模刻を許可されて「すべて学会本部に宝物としてお納めくだされば結構です」と仰せられたのであれば、その後に、正当な理由もなく許可を取り消すなどということはありえない。
御守り御本尊を含め、7体の御本尊の申請など歴史上、全く出ていないではないですか。
そして、本山に納められ、御本尊として扱っていないため、倉庫に保管されている。
>「藤本メモ」で一目瞭然でしょう。明らかなウソです。<
学会は、他人のメモを都合よく解釈するのが得意なようですが、書かれたご本人の仰せが、最も正しいですよね。
「個人が受けた御本尊だから、その人又は会の宝物だから。どのように格護しようと他がとやかく云えない。紙幅を板御本尊にするということは。前からも行なわれている。御開眼とか。入仏式とかは。信仰上からは。僧侶にお願いするのが本当だが。しかし。これも個人の自由で、僧侶を呼ばなければいけない。という事でもない」
《上記のメモについて、ご本人の説明》
『まず、「紙幅の御本尊を板御本尊になおすということは、以前からも行われていることであり、受けた人の考えによるものであるから、そのこと自体に他の人がとやかく言うことはできない」という仰せでありますが、このことと御法主の許可を頂くという手続きとは別であります。
板御本尊にするかどうかは本人の意志によるけれども、そのための手続きとしては御法主上人のお許しが必要であるということは、本宗の信仰の上から当然のことであります。
しかし、この本部3階の御本尊については、前年の9月に申し出を受けたという経過もあるので、一往与えて、追認という形をとられたわけであります。
もし許可の必要が全くないものであれば、他の7体の模刻本尊を総本山へ納めさせる理由も全くなくなるのであります。(中略)
次に「御開眼とか、入仏式とかは、信仰上からは、僧侶にお願いするのが本当だが、しかし、これも個人の自由で、僧侶を呼ばなければいけない、という事でもない」というお言葉であります。
これは、学会が、本部3階安置の御本尊を模刻し、昭和50年元旦に入仏式まで行ったという、特殊なけケースに対する御指南であり、しかも、これに不審を懐いた伊藤康二氏に対する内々の御指南である、ということを知らなくてはなりません。すなわち、通常、総本山より正規に下附される御本尊とは一切、関係がない、ということであります。日達上人は、伊藤氏が本宗の信仰に混乱をきたさないよう御配慮されつつ、御法主としての大慈大悲のお立場から最大限に学会を包容あそばされ、追認あそばされた、と理解すべきであります。
したがって、このお言葉のなかでも「御本尊の御開眼とか入仏式とかは、本来的に僧侶の導師によって行うべきである」ということを仰せでありますが、ここで仰せの「僧侶」とは御法主上人御自身であり、あるいはその御代理の僧侶を意味する、ということは言うまでもありません。しかしまた、既に入仏式まで行ってしまった学会を擁護され、また追認あそばされるという情況の上で、敢えて「僧侶(御自身)なしでもやむをえない」旨をお示しになっているのであります。このため、日達上人は、御法主による御開眼のない模刻御本尊の入仏式を、本来的、また一般的な意味で、まして積極的な意味でお認めになっているのではけっしてない、ということであります。
それを学会は、「彫刻したことも、開眼がなかったことも特に問題ではない」というふうに解釈して、あまつさえ「学会は日達上人を守るために、全く問題のなかった御本尊謹刻の無実の罪をかぶってきたというのが真実だったのです」と強言するに及んでは、何をか言わんやであり、日達上人の御慈悲を踏みにじる無慚無愧、この上ないものと言わなければなりません。』
(総監・藤本日潤『創価学会の偽造本尊義を破す』宗務院発行)
日達上人は"申請もせずに勝手に模刻したこと"を理由に7体の模刻本尊を回収されたのである。その事実が、"法主の許可なく模刻することは違法"ということが日達上人の真意であったことを雄弁に物語る。
日亨上人は
「曼荼羅書写の大権は、唯授一人・金口相承の法主に在り」
「曼荼羅書写・本尊授与の事は、宗門第一尊厳の化儀なり」
(『富士宗学要集』第1巻112頁)
と仰せです。
>更に、正信会との民事訴訟裁判における藤本庶務部長(当時)は正信会の弁護士の質問に対して「模刻は謗法ではない」(要旨)と発言しています。
無断で模刻する事が謗法ならば、藤本重役は法廷で偽証したことになりますが、如何ですか?<
偽証ではありません。
これは、上記のご本人による説明で明かでしょう。無断での模刻は謗法です。
学会本部の御本尊は日達上人が追認され、開眼法要もされたので問題なくなった。
しかし、それ以外は允可されず本山に納められたので一応の解決をみたということですよ。
辻さんの謝罪は何なのでしょう?
「不用意にご謹刻申し上げた御本尊については、重ねて猊下の御指南をうけ、奉安殿にご奉納申し上げました。今後、御本尊に関しましては、こうしたことも含めて、お取り扱い、手続きなどは、宗風を重んじ、一段と厳格に臨んでまいりたいと思います。」
(昭和五十三年十一月七日・創価学会四十八周年記念代登山代表幹部会・於大講堂)
>また、裁判における宗門御用達仏師の赤沢氏(当時)も、陳述書の中で克明に「日達管長は複数の御本尊模刻を認めていた」旨の証言をしています。
果たして、赤沢氏が偽証罪で刑事罰を受けた事は聞いた事が有りません。<
これは、いつのどのような裁判の『陳述書』なのでしょう?
何とも言いようがありません。
ただ言えることは、二人だけのやり取りとして日達上人が既に御遷化の後で言われたら、どうとでも言えますよね。
なぜ、宗内が大騒ぎの当時に言わずに、十数年もたった破門後に言い出すのか?
>>本来、御守御本尊とは奉安礼拝の対象ではなく
>これは初耳ですね。宗門ではお守り御本尊を礼拝していないのでしょうか?
正信会問題が起きる前、銀のケースに格納されていたお守り御本尊を下付されていた先輩方は、出張などの折には必ず所持して宿泊先で朝夕の勤行を行っていましたよ。
宗門での礼拝対象でない御本尊には、未来本尊、棟札本尊、賞与本尊だと認識しています。
礼拝の対象でないなら、模刻しても何ら問題はないのではありませんか?<
【奉安礼拝の対象でない】とは、わかりやすく言うと、いちいちケースから取り出し、お開きして拝まないという事です。
お巻きしてケースにお仕舞いされたままの状態で拝すると言うことであって、拝む対象ではないという意味ではありません。
大聖人様が、経王殿御返事に、
「まぼり暫時も身をはなさずたもち給へ。」
と仰せのように、御守御本尊は、個人に与えられ、随身すべき御本尊です。
したがって、お守御本尊を板に模刻するなどということは、本宗伝統の化儀に照らして全くありえないことです。
しかし、池田大作氏は、自身に下附されたお守御本尊を撮影・拡大し、勝手に模刻したのです。その上、昭和51年10月28口に東北研修所で「この板御本尊を永久に東北の守りとして置く」などと言って御守り御本尊を会員に拝ませる行為に至りました。このようなことを日達上人が御許可になるわけがありません。
【宗門の創価学会擁護を逆手に取る非道】
正信会裁判の証人尋問の際、藤本総監(当時)は、創価学会が模刻事件も含め、五十二年路線の誤りに対する改悛の表明がなされたことを受け、問題を収拾するためにとられた日達上人の御裁断があり、それを日顕上人が継承されていたことを受け、模刻については同会を擁護するため、
「手続き的に間違いを犯したということである」という証言をされています。
しかし、
「(御本尊を)無断で書写すれば謗法になります」「(御本尊の複写は)御法主が御許可になればよろしいと思います」
と述べられ、御本尊に関しては御法主上人の許可が絶対に必要であるという一貫性をもとに証言されています。
また、相手(正信会)の弁護士の、「1体のほか、7体の本尊の模刻は事前に猊下の承認を得たのですか」(取意)との尋問に関して、
「7体については知らなかった」
と藤本総監は明確に証言されています。
つまり、宗門は当時の状況を踏まえて信徒団体であった学会を擁護はしましたが、模刻が無かったと主張したことは一度たりともないのです。
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