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>学会に本尊が無いのではなく、出世の本懐たる大御本尊を否定し、勝手にニセ本尊を製造するから謗法ですよと申しあげているのです。
その「謗法」とやらをやらかしてるという『創価学会』に負けてる坊主はよっぽど『さらに酷い謗法』をやってるのかな?だから相対的に『創価学会』に負けることになってるのでは?
『血脈相乗』やら『開眼供養』やらができるような坊主がなぜ『創価学会』に負けてるん?
学会に謗法がある、ということであれば坊主にはさらに酷い謗法がある、とみるしかないのではないか?だから『結果』が伴わないことになっている、という見方が自然だろうね。
宗門側の言う『ニセ本尊』に『大御本尊』が負けてるっていうのはどういう現象を意味しているのだろうね?
どう言ったところで負け犬の遠吠えの如く結果の伴わない『詭弁』にしか読めないんだよね。
学会員の多くが求めてるのは「現実の功徳」であって『理屈上のエア功徳(暴)』という卓上の空論ではないんだよな。もっともらしい文面をいくら重ねたところで宗門側では『現実の功徳』が無いのが致命的なんですよ。『ファッション』としてやるぐらいの人しか見ないものなぁ。
『功徳』なんか無くてもいいような『余裕』があっていいね?
こうして文字遊びをする余裕があるんだものね。
それで、だ。
僕からは「変化球」を投げておきます。
貴殿の文面はこういうことだ、と読めたから。
> 与同罪を怖れるべきです。
>あなたは、学会のおかしさや矛盾を感じながらも、キッチリ洗脳され、御宗門へ弓を引いているではないですか。
>これが最大の罰の現証です。
と、いう部分のみ挙げるけどね。僕にはこう読めたゆえ。『盲信』してるのは貴殿ですぞ?
あなたは、坊主のおかしさや矛盾を感じながらも、キッチリ洗脳され、大聖人様へ弓を引いているではないですか。
これが最大の罰の現証です。
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