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群れ合いの場5

 投稿者:The logic in the place  投稿日:2014年11月23日(日)18時53分18秒
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   群れ合いの場(総本部)に生きる人びとは、やがて大きな矛盾に遭遇する。その矛盾は生死の場に生きている現実を観念的に否定して、純粋生命の活き(はたらき)を無視したことによって生まれるものであるから、群れ合いの場を前提にして作られる社会的システムには本質的に欠陥がある。それは倫理性と創造性に本質的に欠けているということである。
 群れ合いの場は、内部からの創造を許さないから、その場の住人が納得できる世界の枠を群れの外から移入できなければ必ず行き詰まる。どのような経路を経たにしろ、一度世界の枠が設定されて、それが箱庭の世界のように固定した枠として定着すると、その箱庭世界と整合性な関係になれない個(部品)は箱庭の世界の中に入れてもらうことができない。つまり世界(総本部に棲む人びとの世界)からはみ出してしまうことになる。このようなはみ出しがおきる現象の例がムラ八部である(要するに除名=余所者)。現代ではそれが「いじめ」であるし、若者がおこすさまざまな「切れる」事件もこれと関係している。また、固定された枠の設定が世界による個の差別化という全体主義的傾向(総本部の意向=池田先生の強い意思)を生むことにもなる。場はその差別を定着させる活きをするであろう。個の変化を全体が受け入れて、全体のほうも柔軟に変化すると、個と個のあいだの関係も補完的になる。もしも全体にこのような柔軟性(許容性)がなければ、個と個のあいだにも補完性が生まれず、個はそれぞればらばらな状態になって蛸壺化してしまう。そして箱庭型世界は世界としての進化の原理を失うことになる。
 
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