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長文の返信に感謝申し上げます。
ただ、お互いに出来るだけコピペは避け、自分の考えを自分の文章で表現したいと思いますが如何でしょうか?
さて、私からも少し反証を加えさせて頂きますね。
> もし、日達上人が7体の模刻を許可されて「すべて学会本部に宝物としてお納めくだされば結構です」と仰せられたのであれば、その後に、正当な理由もなく許可を取り消すなどということはありえない。
実は昭和五十三年九月三日付『聖教新聞』の第一面左側上部の位置に以下の報道がなされているんですよ。
「九月度の登山会始まる 各地から八千人が参詣 日達上人猊下の御指南賜る (以下略)」の見出しに始まり、
「(前略)③今まで本部として謹刻させていただいた数体の板御本尊についてご指南を仰ぎ、猊下よりすべて学会本部の宝物としてお納めくだされば結構ですとのお話があった。また、現在、御本尊の御下付申請中の会館については、暫定的に他の会館の御本尊を御遷座することもお許しがあった。(以下略)」
この指南が報道されたので、当時の正信覚醒運動でいきり立っていた坊さんたちが直ぐに反応したのは一目瞭然です。
しかし、日達管長自らが昭和五十二年年十一月九日に開催された「学会創立47周年記念慶祝法要」において、「正本堂記念御本尊」「学会本部常住御本尊」「広宣会館安置の御本尊」をはじめとする学会が模刻した板本尊を拝んだ事は紛れもない事実。
学会が模刻した板御本尊が謗法の本尊ならば、それを拝んだ日達管長自身が謗法を行ったことになりますが、それで宜しいのでしょうか?
貴殿が引用した「こちらが許可していない分(の板本尊)は取り上げて、注意をしました。」は、翌年の5月末に発言された内容の一部で、「大御本尊を偽作した者を完全に処罰出来ぬは謗法行為のなにものでもない」と主張する正信覚醒運動の坊さんからの詰問に対するものです。
宗門は、時の管長に信服随従するのが根本であり、この様な運動に身を投じた坊さんは謗法の輩と考えられると思いますが如何ですか?途中で宗旨替えして?正信覚醒運動を非難した坊さんも多いんですが。
「慧妙」や「宗務院発行」の文書や書物は、かなり間違いが多いので注意された方が宜しいかと思います。
「合成写真」「この様な柄の袴を持っていない」「日蓮正宗では時の貫首以外の僧が御本尊を書写した事はない」をはじめ、本人の生存を確認もせずに「死人」と決めつけて報じた事もありましたので。
赤沢氏の陳述書は、正信会僧侶との地位保全をめぐる一連の訴訟で出された物です。
ですから、元より存在していただけで、脱会工作のために宗門が「御本尊模刻は謗法」という攻撃を仕掛けなければ、出てこなかったと考えます。
「奉安礼拝」の意味、有難うございました。一つ勉強になりました。
貴殿が引用された「有師化儀抄註解」の中には、学頭職の富士日照氏が韓半島へ弘教に赴いた際、日有貫首の書写した紫宸殿御本尊を写真石版して授与した件が有りますね。
私が読む限りでは、写真石版をはじめ御本尊授与に至るまで、当時の管長の許可を得ているとは思えません。
この様な行為は、宗門のロジックでは「謗法」に該当すると思いますが如何お考えでしょうか?
また、何故所謂一機一縁の本尊である「紫宸殿御本尊」だったのでしょうか?
これも宗門の宗制宗規に照らして考えれば、謗法に該当すると思いますが、如何でしょうか?
今夜はここまでです。
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