|
|
天城五兵衛さんへ
まずはこれを御覧下さい
http://homepage3.nifty.com/y-maki/souka/nise10.html
>しかし、日達管長自らが昭和五十二年年十一月九日に開催された「学会創立47周年記念慶祝法要」において、「正本堂記念御本尊」「学会本部常住御本尊」「広宣会館安置の御本尊」をはじめとする学会が模刻した板本尊を拝んだ事は紛れもない事実。<
「学会本部常住御本尊」は追認され、御開眼がなされたのであって、他の模刻本尊を拝まれたという史実は知りません。
これは貴殿の勘違いか願望ではないですか?
>昭和五十三年九月三日付『聖教新聞』
「(前略)③今まで本部として謹刻させていただいた数体の板御本尊についてご指南を仰ぎ、猊下よりすべて学会本部の宝物としてお納めくだされば結構ですとのお話があった。また、現在、御本尊の御下付申請中の会館については、暫定的に他の会館の御本尊を御遷座することもお許しがあった。(以下略)」<
聖教新聞は昔から都合の良いように報道していたというだけのこと。
「そんなものは人目にさらすな。金庫の中にでもしまっておけ」という御指南を、そのままでは新聞に掲載できないので、【宝物として納めてください】と当たり障りのないように改ざんしただけ。
不正直な団体にこの頃から成り下がったということです。
> 学会が模刻した板御本尊が謗法の本尊ならば、それを拝んだ日達管長自身が謗法を行ったことになりますが、それで宜しいのでしょうか?<
謗法になるわけがない。
一切の御本尊に関する権能は時の猊下にあるのだから、猊下が認められればそれで良し。それだけのこと。
他の7体は認められなかったが故に、結局は本山に納められ、学会の謗法を永代に留めるべく倉庫にしまってある。
しかも、記録のために写真を撮ろうと台座から御本尊を外すと、「昭和四十九年四月 朝陽」とハッキリと刻まれていた。
池田大作が、最初に「学会本部の御本尊を板御本尊にしたい」と願い出てきたのは、昭和49年の9月。
しかし実は、その5ヶ月以上も前の同年4月には、すでに無許可で模刻本尊の彫刻を終えていた。
これは揺るぎない証拠であり、学会がいかに日達上人に罪をかぶせようとしても、真実は明らかです。
>宗門は、時の管長に信服随従するのが根本であり、この様な運動に身を投じた坊さんは謗法の輩と考えられると思いますが如何ですか?途中で宗旨替えして?正信覚醒運動を非難した坊さんも多いんですが。<
【創価学会に一切の誤りはなく、学会を賛嘆する僧侶は善で、間違いを指摘する僧侶は悪】という、学会員にありがちな慢心が見て取れます。
当初の正信覚醒運動自体は、日達上人の命によって行われたので謗法でも何でもない。
しかし、創価学会が反省懺悔して日達上人が収めた後も、言う事を聞かず突っ走り、日達上人まで批判しだしたら謗法でしょう。
日顕上人は御登座以降、日達上人のお心を汲まれたが故に学会を護った。その言いつけを守らず、第五回檀徒総会を強行した僧侶を処分するや、裁判所に訴え出たからクビにしたという流れです。
仮定の話をしても無意味ですが、万が一もあり得ませんが、仮に日如上人が「今日から学会と協調路線で行くから、過去を云々して謗法と言ってはいけない」と御指南があればそれに従うまでのこと。
それが大聖人以来大石寺に伝わる、師弟相対の信心だと思いますよ。
>弘教に赴いた際、日有貫首の書写した紫宸殿御本尊を写真石版して授与した件が有りますね。
この様な行為は、宗門のロジックでは「謗法」に該当すると思いますが如何お考えでしょうか?<
そもそも、この件が謗法との御認識であるなら、わざわざ日亨上人がここに記載されることもないし、謗法ならハッキリこの件を謗法と仰せになるでしょう。
貴殿が引用した部分の下に日亨上人は御本尊の判形について四種類考えられると示されている
一には形木又は縮写のものに法主の判形を為されたるもの
二には平僧の書写せしものに法主の判形を加ヘられたるもの
三には後代の法主が宗祖開山等の曼荼羅を其像模写し給ひて更に模写の判形を為されたるものを形木又は写真版等となしたるもの
四には先師先聖の模写版又は形木に平僧が自らの判形を加へ又は平僧自ら書写して判形(自己)まで加ヘたるもの等に分つを得べきか
これらについて日亨上人は
一と三とは事なかるべし
二は未だ広く実例を見ず
四は大なる違法
と仰せです。
ところで、今回の学会の本尊は、《【破門された部外者】が、歴代上人(日寛上人)の曼荼羅を模写し形木または写真版となしたもの》であり、上記1~4のどれにも当てはまりません。
まさに学会は、日亨上人が想像もしなかった大謗法をやってしまったと思いますがいかがでしょうか?
1~3や、戦国時代等の末寺住職による本尊書写などはすべて、当時の御法主の認可によるものであり、それがために師弟相対の義が成り立ち、血脈がかようのです。
これに対して学会の本尊には、そのような意義がまったくない血脈断絶のニセ本尊です。
さらに当該本尊は、勝手に授与書きを削除した上、主題の筆跡も改変している。つまり"日寛上人の曼荼羅を模写したもの"でさえありません。
大謗法だとは思いませんか?
>また、何故所謂一機一縁の本尊である「紫宸殿御本尊」だったのでしょうか?
これも宗門の宗制宗規に照らして考えれば、謗法に該当すると思いますが、如何でしょうか?
なんで「紫宸殿御本尊」なのかと聞かれても、そんなことは私が知るよしもありません。(苦笑)
宗制宗規のどこに抵触し、貴殿は謗法に該当すると思われるのでしょうか?
また、過去に創価学会でこの件に関し、日亨上人なり御歴代上人にお伺いした事はあるのでしょうか?
貴殿が単純にそう思われたのでしょうか?
|
|