ハリー・ポッターの主役は当時11歳のダニエル・ラドクリフです。3000人の候補者をオーディションしても決まらなかったハリー役はどのようにして決まったのでしょうか?
コロンバス監督とダニエルの出会いはBBCが製作したダニエルの出演作品「デイビッド・コッパーフィールド」を見たのが最初でした。「この子に会ってみたい」と思った監督はキャスティング・ディレクターに相談を持ちかけます。しかし返ってきた答えは「ダメです、彼は。両親が厳しくて出演許可が出ません。」というものでした。
主要場面の撮影まであと2ヶ月半に迫った2000年6月、周りを固める役者はほぼ揃いましたが、ハリー・ポッター役だけが未定のまま、事態は切迫していました。プロデューサーのヘイマンと脚本のクローブスがある晩、気分転換に舞台に出かけたところ、まさにその夜、ダニエルの両親がダニエルを連れてきていたのです。
ヘイマンは「劇場に入ったら著作権エージェントをしていたアランが、奥さんのマーシャと息子のダニエルを紹介してくれたんだ。一目でダニエルの青い目と温かみに射抜かれたよ。舞台の前列に座って芝居を見ていたが、振り返ってはダニエルに目を向けていたんだ。芝居は全然頭に入らなかった。終わってからアランを探したが、もう帰ってしまっていた。」
ヘイマンは舞台をきっかけに、ダニエルと母マーシャと会う機会を設けました。「事務所の向かいのカフェで3人で話したんだ。話しが尽きなくて、何時間もしゃべりまくったよ。ダニエルはとにかく楽しい子だね。賢いし、好奇心もあるし、優しくて礼儀正しかった。すべて役に欠かせない条件だ。今度は監督に会ってくれないかと頼んだ。長い行程になりそうだったが、実際にはそんなにのんびりはしていられなかった。」
そう語っていたヘイマンですが、なんとかダニエルの両親を説得して、台詞を読みにきてもらう約束を取りました。
監督は「その話を聞いたときは、道が開けた感じがした」と振り返っています。ただ、ダニエルの両親からの出演許可を取るという難しいミッションが残っていました。父親のアランの心を動かしたのはヘイマンの「なんとしても息子さんのことは守ります」という言葉でした。こうして懸命の説得の末、息子ダニエルがハリー役を演じることを了承、ついにハリー役が決定したのです。監督もその朗報を聞き、胸を撫で下ろしました。ダニエルについて監督はこう語っています。「ダニエルは魔法使いの雰囲気があり、11歳の少年にしてはめずらしく内面の深みや暗さもある。同い年の少年には決してない知恵や聡明さを備えているんだ。彼がハリー役に決まったとき、僕たちスタッフは長い間離ればなれになっていた息子とようやく巡り会えたような感動を覚えたよ。」
ダニエル本人は、原作のファンであったにもかかわらずオーディションを受けなかった理由について「だって、何千人もオーディションに行ってるんだ。僕なんか絶対に落ちると思ったんだよ。」とかわいらしく打ち明けてくれました。しかし現場での彼は、イギリスを代表する名俳優たちに囲まれても物怖じすることなく、完璧にハリーを演じきりました。
「デイビッド・コッパーフィールド」でも共演し、アカデミー賞を2度受賞した名優マギー・スミス(マクゴナガル先生)はこう話しています。「わかるでしょう?あの子はただの子役じゃない。本当に特別な存在なのよ。」
主役のハリー・ポッターとセットで考えられていたキャスティングがハーマイオニーとロンでした。どの役にもそれぞれぴったりの役者を見つけることは重要でしたが、それだけでなく、3人揃ったときにしっくりくることが、この映画を本物にするとプロデューサーのヘイマンは確信していました。
スタッフは新聞広告で役者の募集をかけると同時に、イギリス中の学校を訪ね歩きました。
そんなとき、後にロン・ウィーズリー役を射止めることになるルパート・グリントは、妹たちが読み始めた「ハリー・ポッター」を読み始めていました。彼はBBCの子供向けニュースショーで、シリーズの映画化を知ったときには大興奮したといいます。友達から、赤毛とひょうきんさが、ロン・ウィーズリー役にぴったりだと言われていた彼は、ぜひとも映画に出たいと考え、製作会社に連絡させてくれと両親に頼みました。
キャスティング・ディレクターに手紙つきの写真を送るというのが一般的な応募の仕方ですが、ルパートには他人を出し抜くプランがありました。演劇の指導教員に扮した自分のビデオを送り、いかに自分が役を得たいかをアピールしたのです。自分の長所をだらだら述べるのもやめ、初めから終わりまでラップで表現するという前代未聞の売り込みに出ました。
「簡単な自己紹介とハリー・ポッターの映画に出たいことをラップで披露したのさ。目標はロン役。それ以外のどれでもなかった。」とルパートは語ってくれました。ビデオを見た者は一人残らず、ラップで自己紹介するグリントに“はまった”といいます。
一方のエマ・ワトソンとハリー・ポッターとの出会いは、父に読んでもらったことがきっかけでした。「寝るときに本を読んでもらったの。第3巻か第4巻からは自分で読むようになったわ。最初のうちは、ツイードのスカートと厚ぼったいタイツをはくハーマイオニーと自分は、似ても似つかないと決めてかかっていたのよ。当時はガリ勉の女の子なんて格好悪いと思っていたから。でも大人になるにつれ、自分はハーマイオニーにそっくりだとわかったし、どこを比べられても嬉しいの。」
シリーズを愛読していたことと演技好きが高じて「賢者の石」が映画化されると知ったとき、当時9歳のワトソンは、絶対に出るのだと心に誓いました。「なにがなんでも、ハーマイオニー役を射止めたいと思ったわ。ローリングの作り出した世界はすばらしいもの」
エマ・ワトソンは役を射止めるために何度もオーディションを繰り返しました。「ハーマイオニーがスタジオにぞろぞろいて気持ち悪かったわ。映画で見たことのある女の子もいたから不安だったの。私には映画の経験なんてないから、きっと落ちる、現場を知ってる子の方がいいに決まってる、と思ったの。」
本人の不安とは裏腹にコロンバスは彼女の才能に驚きました。「エマが僕のオフィスで台詞を読んだとき、かわいらしくて人を引きつける子だと思ったよ。とりわけよかったのはスクリーンテストだ。目を見張ったよ。ハーマイオニー独特のユーモアを持ち合わせていて、9歳の少女にしてはピリッとした鋭さがあった。頭がいいし、カメラ映りも抜群だった。全員一致でエマに決まったよ。」
グリントも製作者たちの印象に残った1人です。監督は「実際に会ってみるとシャイな子だったが、いたずらっぽい、ちょっと悪魔的な要素も持っていて、顔の表情が実に豊かだったね。ユーモアのセンスも抜群だったし、それでいて情熱的な魂もある。実生活もウィーズリー家に似ていたし、みんな一気にこの子がロンだ、という気持ちになった。」と語っています。そして、ワトソン同様、グリントもスクリーンテストが決め手になりました。「スクリーンから飛び出してきそうだったよ。素晴らしかった。まさにこの映画にぴったりだ、と一致したんだ。」
監督はダニエルを含めたこの3人についてこう語っています。「3人組に一番重要なのは相性でした。本物の友情が芽生える必要があったし、ほかの子供たちにも好かれる子がよかった。世界中の子どもに。もちろん、演技に光るものがないとだめだが、カメラを向けたときにそれが発揮されなくちゃならなかった。一目見てスターの素質が感じられないと。それが具体的にどういう資質を指すのか僕にもわからない。3人の選抜は、それはそれは大変だった。時間もかかったし、本当に難しかった。」
ついに決まったハリー・ポッターとその仲間は、新入生としてホグワーツと映画界への扉を開けたのでした。