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私が先生はいまの公明党を良しとしていないと言ったことに対し、鬼さんは、思い込みと表現されています。
私の確信が思い込みになるなら、一歩目からこの対話が平等な立場でなされない印象を受けます。
さて、その私の思い込みは、公明党が与党入りする頃から数回、直接先生からたまわったご指導が出発点です。
私が問題意識を持つようになったのは、先生のご発言からそれまで見ているようで見ていなかった政治の状況です。
こちらでも折々、ご紹介してきました。私がたまわったご指導の全てはまだお話ししていませんが。
当時、私自身が大変な動執生疑を受けました。師匠をうがって見てしまうような気持ちすら湧いてきました。
が、私は気持ちを切り替え、先生のお話しをなんの特別な意味を持たせず受け留め、
先生のご指導を基に、時々刻々政治を監視しながら考えてきました。
いま振り返れば、結果としてそれこそが、先生がその場にいた私達に望まれた行き方、支援の仕方であったと思います。
現行の政治を見れば、ますます庶民の生活は疲弊し、公明党が本来なら絶対に踏み外してはいけない分野にも
一歩も二歩も歩み寄り、立党の精神からかけ離れてしまっています。
鬼さんのいらっしゃる京都の竹内議員も集団的自衛権の文言認めることに最後の最後まで反対の意思を表明されていましたよね。
この6月末頃からの先生のご指導を読むだけでも、いまがただならぬ状況であることは明白です。
「転教、転戦」の転戦、これは今の政治状況を大衆の幸福の方向へひっくり返す、の意だと思います。
詳細な政策については割愛します。
そして、それらの方向性の元になるのは所詮、私達全会員の意識です。民主主義ですから。
だかしかし、どこよりも民主主義であるはずの私達創価学会の中枢は、懈怠に侵されて、本来の役割を果たしていません。難を受けてでも、是正すべきことに手をつけず、今後の創価学会の存続を第一義としてうまく折り合いをつけて、
権力側に留まることを優先しています。母体が惰弱であれば少なからず国家権力側に位置する党の中の自覚薄い議員に取っては、仏法を基調とする教団に後押しされる政党、議員としての自覚も薄らぐのは当然でしょう。
異様に長くなってしまうので、一旦お返ししますが、
それらを私の周囲の方々にお伝えして行くことも私が先生から託されたお使いであると自負しています。
これはある個人的エピソードありますが、明かしません。
あと、鬼さんの言論は読み手に抑圧感を与えます。先生の弟子の自覚がおありなら、基本的なことは踏まえられた方が
余計な誤解もうけなくて良いと思います。では、失礼。
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