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レ・ミゼラブル03

 投稿者:The logic in the place  投稿日:2014年12月10日(水)23時13分26秒
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  ファンテーヌの苦闘(続き)
 ファンテーヌが工場を辞めされられたのは、冬の終わりだった。そして夏が過ぎ、ふたたび冬がやってきた。日々はあっというまに過ぎ、仕事は少なかった。冬場は寒く、暗く、昼は短く、暮れたと思ったらもう朝になり、霧や靄がたちこめ、窓は凍りつき外がよく見えない。空を見ようとしても、まるで穴倉のなかにいるようだ。一日じゅう穴倉のなかに暮らしているような気分だ。太陽は弱々しい。なんて嫌な季節なの!冬は天からの恵みの水と、人間の心を凍てつかせる。家主や家具屋からの取り立てもきつかった。

 ファンテーヌの収入はとぼしい。反対に、払わなければならない金額は増えてきた。テナルディエにはろくに送金できず、うんざりするような内容の督促の手紙が頻繁に送られてくるようになり、その送料も負担になっていた。あるとき夫婦はは、寒い冬になったというのに、小さなコゼットには着せるものがなくて、羊毛のスカートが必要になっている。だから、10フラン送ってくれないと困ると書いてあった。受け取ったその手紙を、一日中手の中で握りつぶした。夜、街角の床屋に行くと髪留めの櫛をはずした。美しい髪が腰までたれ下がった。「なんと美しい髪だろう!」床屋の主人が叫んだ。「この髪、いくらで引き取ってくださいますか?」「10フラン払いましょう」「では、刈ってください」
それでニットのスカートを買って、テナルディエに送った。それを受け取ったテナルディエ夫婦は腹をたてた。彼らは現金が届くと思ったからだった。夫婦はそれをエポニーヌにやった。哀れな小鳥は、寒さにふるえるままだった。
 ファンテーヌは「うちの子は、これで寒い思いをしなくてすむ。この髪で新しい服を買ってあげたのだから」と思い込んでいた。刈った頭を丸帽子で隠したものの、それでも女は魅力的だった。
 ファンテーヌの胸のなかに陰鬱なものがひろがっていた。もう美しい髪を梳くことができないのを実感した彼女は、まわりの人間たち全員を憎みはじめたのだ。みんなと同じように、ずっとマドレーヌを尊敬していたのだが、彼に工場を辞めされられたために、こんな苦しい生活を強いられることになったのだと考えつづけ、やがて誰よりも市長を憎むようになった。(中略)そんなことがあっても、娘への思いは変わらなかった。
 いままでよりもつらい環境に転がり落ちても、いままでより陰鬱な空気につつまれても、胸の奥低にいる小さな天使の姿は逆に輝きを増すのだ。「おカネの余裕ができたら、コゼットと一緒に暮らすの」と言っては笑っていた。咳の発作はつづいていて、寝汗をかいていた。
 あるとき、テナルディエから手紙が届いた。「コゼットが流行している病気にかかった。粟粒熱と呼ばれる病気だ。薬がなんとしても要る。景気が悪くて、薬代が払えない。一週間以内に40フラン送ってもらえないと、コゼットは死ぬ」ファンテーヌはおかしくなったような大笑いをし、隣の老女に言った。「ああ、なんてすてきな話なの。40フランが必要なんだって!考えてみて。ナポレオン金貨2枚分よ!どこから、そんな大金を手に入れればいいの?バカじゃないのかしら、あの田舎者の夫婦は」
 とはいうものの、窓付きの切り妻がそばにある階段に出て、もういちど手紙を読んだ。
 それから一階に下りて外に出て、笑いながら走りスキップした。

 広場を横切っていると、風変わりな馬車の上で、赤い服姿で口上をまくしたてている男がいて、そのまわりに人だかりができていた。彼は奇術師で、さらに移動しながら歯医者を営んでいて、集まっている人間相手に総入れ歯や痛み止め、粉歯磨きや万能薬を売り込んでいた。
 ファンテーヌも野次馬に加わり、ただの野次馬相手の俗語や、もっとましな客層向けの専門用語が入り混じった熱弁の残りを聞いて、笑いはじめた。客のなかに笑っている美人がいるのに気づいた歯医者は、急に声をかけた。「きれいな歯をしていますね、笑うとここからでも目を惹きますよ。その前歯を二本売ってくれれば、ナポレオン金貨を二枚払いますよ」「なんですって?わたしの何が欲しいの?」「その前歯ですよ」偉い歯医者は繰り返した。「上顎についている、正面の歯二本のことです」

「冗談はやめて!」「ナポレオン金貨二枚ですって」そばに立っていた歯のない老婆が、腹立たしそうに言った。「なんて運が良い娘なんだろう!」

 ファンテーヌはその場から逃げ、背後から聞こえてくる声を聞かないように耳をふさいだ。「美しいお嬢さん、よく考えてみてください!ナポレオン金貨二枚ですよ!どのくらい大きな価値があるか。その気になったときは、今夜、ティャック・ダルジャンの宿屋に来てください。わたしはそこに泊まっていますから」

 ファンテーヌは家に帰った。腹立たしさのあまり、隣のマルグリットに何があったのかを話した。「そんな申し出があったのかい?」マルグリットが確認した。「ナポレオン金貨二枚ですって」「40フランってことだね」「そうよ」ファンテーヌは答えた。「40フランの価値があるわ」
 彼女は考え込みながら、いつもの仕事にかかった。15分ほどすると縫い物仕事をやめ、明るい階段のところでテナルディエの手紙を読み返した。「“粟粒熱”って、なんのことかしら?おばさんは知っています?」「ええ」老婆は答えた。「病気の一種さ」「子どももかかるの?」「子どもがよくかかる病気だよ」「かかると死ぬこともあるの?」「亡くなることが多いね」マルグリッドは答えた。
 ファンテーヌはもういちど階段まで出て、手紙の内容を確認した。
 夜になると彼女は家を出て、宿屋がならんでいるパリ通りへ向かった。
 (続く)
 
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