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大聖人も本文の中で、
「其の上、身に一分のあやまち」が無いと述べられているし、
実際、大聖人は過激な行動はまったく行ってはいません。
ただ法華経を宣揚するが故に受けている法難です。
だからこそ「この数年が間、願いつる事これなり」という感慨の言葉が出てきたのだと思います。
処刑場に向かう大聖人は、決して死なないで済むとは思っていなかったと思います。
しかし、自らが死ぬことでこの国に法華経が根付くならば、そこから次の大きな展開が起こってくると確信していたのではないでしょうか。
殉教という言葉は、誤解されることが多いのですが、
決して死を賛美しているのではありません。死に急ぐことでもない。
殉教は、大義や信念に生きることであり、
人の志や精神性を最大の価値として生きることでもあるのです。
言い換えれば、精神を大切にして真っ直ぐに生きていく中で、稀に出会うのが殉教なのです。
池田先生も青年時代、戸田先生のもとで弟子の手本を後世に残そうと殉教の道を選びましたが、
師匠に「それは困る」と言われ、師匠の厳命に従いました。これは皆さんよくご存知だと思います。
ともあれ、殉教とは真っ直ぐに生きた証でもあります。その手本が創価の源流である牧口先生なのです。
また、殉教者を讃美することは、
死の讃美ではなく、志をもって真っ直ぐに生きた人間への生き方を、讃美することなのだと思います。
大聖人が表現した「キジとタカ」「ネ●とネズミ」の譬えは、
人生の質、生きることの質を問え、と教えられているのではないでしょうか。
そう考えると、大聖人の
「凡夫は志ざしと申す文字を心へて仏になり候なり」(一五九六頁)という言葉が、鮮明につながるのです。
しかし、ちょっと角度を変えて「殉教」を考えてみたいと思います。
普通、殉教の話というものは、多くの会員にとっては、そのまま受け入れられる話ではありません。
むしろ迷惑な話かも知れない。
学会に入会して来た会員たちは、心の安心や自分の成長、また悩みの解決を求めて入会したのでしょうし、
それは厳しくいえば、家内安全、無病息災、所願成就のみを願う普通の善男善女となんら変わらないと思います。
このような人々に、殉教の話が素直に受け入れられるためには、信仰者自身の信仰観が
「癒し・安心・問題解決」の次元から、質的な昇華が求められなければ、殉教の話など素直に受け入れられるとは思えません。
質的な昇華というのは、端的に言えば「死」と正面から向き合うことではないかと思うのです。
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