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「若造の評論家」として意見を述べさせていただきます
多くの会員が意見を言わないのは何故か
そこには幹部の「やってから言え」論法が存在することが要因としてあげられます
やってから言え論法は、極めて感情的なものであり、これを言われたら「はい、そうですね」としか答えられないようにもっていく手法
こうなると、弱い立場の人間は黙るしかなくなるのです
この論法をつかう幹部はたくさんいます
「やってから言え」「結果だしてから言え」
もしも意見を聴く側の人間の根底にこのような感情があるとしたら、それだけで意見を言うのは無駄だし対話にならないのです
組織改革を阻むのは、幹部の感情であり、プライドなのです
それでつぶされたケースはいくらでもみてきたし、私もやられました
ここに民主主義、人間主義はあるのか
幹部が感情で組織のことを考えると、必ず衝突してしまうのです
私が一貫して主張していることは「聴く」ということなのです
これができてこそ真の仏法者であると私は考えています
もちろん私も感情的になることもあり、話を聴けているかと問われれば、しっかり聴けているとは言えないと思います
聴くというのは簡単ではありません
だからといって、自分よりも若いからといって甘くみたりはしません
後生おそるべしで、若くても自分よりも苦労や辛酸をなめている人はたくさんいるからです
役職や年齢等で人を判断することもしません
また、同じ経験をしたからといって、人それぞれ境遇やとらえ方も違うので、それをもって相手の気持ちが100%理解できるとも思いません
人間そんなに単純ではありませんので
会長の気持ちや、最高幹部の気持ちだって私にはわかりません
会長からしたら、私のような「若造の評論家」が何を言っても生意気にしかうつらないでしょう
「私の苦労が若造ごときにわかるはずがない」と一蹴されてしまうでしょう
そう思われたら、何も意見は言えなくなりますね
果たしてそれが仏法の世界でしょうか
ちなみに、私はまだ若造ですので、配達員の経験はありません
経験のない若造の私ですら、配達員の方々へ思いをはせることはできます
当然、会長であるならば、私以上に思いをはせることができるのではないでしょうか
今回の件は新聞休刊がどうこうということではなく、会則改正も含め、「人間主義の学会なのか」と問うている話なのです
この板の主題がそこだと思うので、それに絡まして話を展開しているだけのことです
どうか「調子こいた経験の少ない若造が偉そうなこといっているよ、かわいいもんだ」と、抱擁していただければ、ありがたい限りです
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