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配達員の心意気

 投稿者:一代配者  投稿日:2014年12月14日(日)06時15分53秒
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  休刊日の変更について最初に問題提起された書き込みを読んで、申し訳ないけど、あぁ、分かってないなぁ、と思いました。

会合などでも、幹部が配達員への感謝や賛嘆を口にすることがありますが、時々、配達員を「辛い業務に従事している(或いはさせられている)可哀想な人達」という、「弱者」「守るべき人たち」という目で見ているのを感じます。

要するに、上から目線なんですよね~。

先生は、配達員に様々な激励をして下さいますが(「無冠」という配達員のための新聞があることもあまり知られていませんが)、どこまでも、同じ苦労を分かち合う対等の仲間、という視線で接して下さっている、と感じています。

感謝も賛嘆もして下さいますが、根底は、「自分も戦うから君たちも戦え」「自分も走るから君たちも走れ」というお気持ちだと受け止めています。

だから、先生と同じ側に立ち(実際に出来ているかどうかは別ですけど)、全体観に立って物事を見ようと努めているつもりです。

15日に新聞を発行するというのは、これは当然過ぎる話で、どこに配達員を可哀想がる要素があるのでしょうか。

年金暮らしの高齢者や寡婦など、聖教新聞しか取れない方々も、組織には沢山いらっしゃいます。それを「一般紙があるじゃないか」と言われるのは、あまりにも組織実態を知らない言ではないでしょうか。

実際、選挙が決まったとき、休刊日と重なったことで「あら~、皆さん、詳細を知るのは火曜日になっちゃうわね。月曜日、早く結果を見たいでしょうに。どうにかならないのかしら」と口にされたのは、ある正配さんでした。

普通の幹部は、休刊日と重なっていることすらすぐには気が付かないし、聖教しか手段がない方々(高齢者は深夜の開票速報なんて見たくても見られませんから)のために15日は発行して当然、なんて思う方は、まず稀でしょう。

先生と同じ側に立って広布を推進する、その心意気があるから、休刊日の変更など、何も可哀想がられることだとは露ほども感じていません。嘘だと思うなら、自分のところの配達員さんに聞いてみて下さい。まず、「当然でしょ、それが何か」という顔をされると思いますので。

ちなみに、我が地域は、既に根雪に覆われている北国です。市街地なのが、山間地域に比べ、まだ救いですが、暗い中、足元に気を付けながら配ると、普段は1時間前後で済むところですが、20~30分は余計にかかります。

そんな状況でも、「休刊日を急に変更するなんて学会本部も配慮がない」なんて言われると、配達員を舐めるなよ、と思ってしまうのです。
 
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