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*さて、選挙も開票を待つばかり、レ・ミゼラブルのストーリー展開がわからない方のために数分間のyoutubeを。ファンテーヌの苦闘と小説・映画全編にわたる主人公が網羅されています。小説本文解説をつけながら、短めに説明していきます。
2012.12 イギリス映画「レ・ミゼラブル」
「https://www.youtube.com/watch?v=dmHcDWrMH-8」
ジャンバルジャンは、X-MENの狼男ヒュー・ジャックマンが好演し、ファンテーヌは、バットマン「ダークナイト・ライジング」の女怪盗に出演していたアン・ハサウェイが演じています。以外にボイン?(笑)彼女の演技も良かったですね。この映画でアカデミー助演女優賞を受けています。今年の年末は2012.12イギリス映画「レ・ミゼラブル」DVDを借りて、宿坊の掲示板書き込み(当方リライトのレ・ミゼラブル)と先生の指導(河内平野さまの書き込み11/8・11/12・11/14・12/13)を読みながら、年末を過ごしてみては?では本文を。 **で囲ったところは、当方が注釈をいれたものです。
P.105 -9- *下線は当方で付けました* *ファンテーヌ 第一部補足*
『 どこの小都市も、そしてなかでもモントルーュ・シュール・メールには、地元で稼いだ1500ルーブルでつましく暮らしながらも、パリに出掛けて年に20万フランを使い果たす若者たちが大勢いた。世の中の大多数を占めている、中流階級の連中だ。気力に欠け、だらしなく、ぱっとせず、わずかな土地と、愚かさと知恵を少しだけ持ち、家のなかでは偉そうにふるまい、酒場では上流階級の紳士のふりをして「うちの地所が、森林地帯が、使用人が」と言いたがる。劇場では演目の意味をわかっているふりをするために女優に拍手を送る。ずうずうしく、詮索し、タバコを吸い、あくびをもらし、酒を呑み、鼻を鳴らし、ビリヤードをやり、大型四輪馬車を降りる乗客をじろじろと眺め、カフェにたむろし、宿屋で夕食をたべ、テーブルの下にいるイヌに骨をやり、愛人に食事をごちそうしながらもケチ臭く、ファッションにはカネをつぎ込み、他人の不幸を喜び、女を嫌い、古いブーツをすり減らしながらもはきつづけ、パリで広まっているロンドン風の流行を真似る一方で、ポンタ・ムーソン経由でパリの流行を模倣し、歳を取るとともに愚かさがひどくなり、働かなくなり、ろくなことをしなくなり、人畜無害な存在になり下がるのだ。
先にのべたようなこと(*ファンテーヌが身を売り始めたこと*)があってから9ヵ月前後たったころの、1823年の一月初旬。雪模様の夜に、おしゃれ好きで怠け者の“野望にみちた”一人の男が、寒い時期にはぴったりの大きく暖かいマントに身をつつんで立っていた。舞踏会用ドレスを着て肩を露出し、頭に花飾りをつけた女が、軍人が集まるカフェの窓のまえをうろうろしているのを、眺めて楽しんでいたのだ。これが流行りだからと、男はタバコを吸っていた。
女が前を通り過ぎるたびに、男は浮かれ気分で彼女に向かってタバコの煙を吐いた。「哀れな顔をしているな!」「隠したってむだだ!」「歯が抜けているのはわかっているぞ!」といった具合にバカにしながら。この紳士面をした男はバマタボアといった。雪模様のなかを行ったり来たりしている、暗く化粧を塗りたくった幽霊のような女は彼を無視し、ちらりとも視線を向けず、木々の下を行き来しながら警備をする兵隊のように黙ってうろうろしていたので、このろくでなしは腹を立てたのだろう、女が向こうを向いた瞬間にこっそりと背後に近づき、笑い声をがまんしながら、しゃがんで歩道の雪を掴み、肌が露出している彼女の背中にそれを投げつけた。ヒョウのように相手は怒鳴ってうなり声をもらし、向き直って男に跳びつき、顔を引っ掻き留置場のクズしか口にしないようなじつに恐ろしい罵声をあびせた。前歯が二本欠けた大きな口から、ブランデー焼けした声が響く。女はファンテーヌだった。
この騒ぎを耳にしてカフェから軍人たちが出てきて、二人のまわりに集まり、ひとの大きな輪ができた。男なのか女なのか見分けがつきづらい喧嘩をしている二人を取り囲んで、笑い、冷やかし、驚いている。男らしいほうは身を守ろうとしたものの帽子を叩き落とされ、女らしいほうは相手を蹴ったり殴ったりしている。彼女は帽子をかぶっていなくて、金切り声をあげ、前歯が抜け、髪もまばらで、怒りと恐怖で真っ青な顔をしている。
野次馬の中から急に背の高い男が進み出て、泥にまみれたサテンの服の袖をつかみ、言い聞かせた。「こっちへ来い!」女は相手を見上げた。急に大声が止んだ。ファンテーヌは相手がジャベールなのに気づいた。そうこうしているあいだに、雪を投げつけた男はこっそり逃げ出していた。
ジャベールは野次馬を追い払い、ひとの輪から逃れ、哀れな女を引き連れて広場の片隅にある警察署へと足早で向かった。ファンテーヌは反抗せず、陰鬱な表情でついていった。二人ともだまったまま、ひどくうかれた野次馬が、冷やかしを言いながらついてくる。猥褻な事件は、人間の心の奥底に潜んでいる無慈悲な部分を刺激するのだ。(中略)
警察官たちのブーツの泥で汚れた床の上でしゃがんだまま、両手を摺り合わせながら、彼女は膝で這うようにして警部のほうへにじり寄った。「ジャベール警部」ファンテーヌは懇願した。どうか、お慈悲を。わたしが悪いんじゃありません。最初から見ていたら、なにがあったのかおわかりになったはずです。神にかけて誓いますが、わたしは悪くはありません。わたしはなにもせず、誰の邪魔もせずにおとなしくしていたっていうのに、見知らぬあの紳士に背中に雪を投げつけるがあるのですか?あんなことをされたから、わたしはかっとなって組みついたんですよ。たしかに、こちらも悪かったかもしれません!でも、そのまえに「哀れな顔だ!」とか「歯がない」とか罵られました。歯が抜けていることぐらい、自分でもよくわかっています。でも、どうしようもない。そして考えました。「この紳士は、自己満足のためにこんなことをしているんだろうな」って。でも、それから雪を投げつけてきたんですよ。ねえ、ジャベールさん、親愛なる警部さま!わたしが100フランを用意しないと、小さな娘が捨てられてしまうんですよ、それを考えてください。ああ!神さま。娘と一緒にいられないなんて。わたしは下劣な女かもしれません。でも、娘はまだ幼いのに、預け先の夫婦は放り出してしまうつもりで、そんなことになったら、この真冬の空の下でどうやって生きていけばいいんですか。つらい状況だということが、わかるでしょう。娘が一人前になっていたら自活できたかもしれませんが、まだ幼いのです。お慈悲をお願いします、ジャベール警部・・・
床に突っ伏し、すすり泣きで身をふるわせ、目から涙をあふれさせ、服がずり落ちて首のまわりの肌が露出し、両手をきつく握りしめ、乾いた短い咳をもらしながら、とぎれとぎれの苦しそうな声で訴えた。(中略)
「さて」ジャベールが言った。「話は聞いた。ほかに言いたいことはないか?では、すぐに監獄送りだ!懲役6ヵ月と決めた!神でさえ、それを変えることはできない」~「神でさえ、変えることができない」と神妙な声で繰り返すと、ファンテーヌは刑がきまってしまったのだと知った。ぶつぶつとつぶやきながら、床に座り込む。「お慈悲を!」ジャベールはそっぽを向いた。
警察官たちが左右から、彼女の腕をつかむ。この騒ぎの少し前、誰にも気づかれずにある男が警察署に入って来ていた。彼はドアを閉め、そのまえで立ったまま、ファンテーヌの身の上話を聞いていたのだ。立つものかともがいている女の腕を警察官たちが左右からつかんでいると、男は陰から進み出て言った。「ちょっと待ちなさい!」ジャベールは顔を上げ、マドレーヌ市長に気づいた。帽子をぬいで、いらだたしそうなようすでお辞儀をする。「失礼いたしました、市長 -」“市長”という言葉が、ファンテーヌに不思議な影響をもたらした。土のなかからよみがえる亡霊のように急に立ち上がると、両手で警察官たちを押しのけ、邪魔されないうちにマドレーヌへとまっすぐ歩み寄り、荒々しい表情でじっと睨みつけて言った。「ああ、あんたが市長かい!」それから不意に大笑いしたかと思うと、マドレーヌに唾を吐きかけた。マドレーヌは顔をぬぐい、命令した。「ジャベール警部、この女を釈放してくれ」ジャベールは全身が麻痺したような喪失感を味わった。驚きのあまり目がくらむ。何も考えられず、声が出ない。衝撃があまりにすさまじかったからだ。だから、何も言えないままだった。(中略)「これで話は終わりだ」「しかし・・・」「引き上げたまえ」ジャベールは顔を一発殴られたような衝撃を感じ、ロシア人兵のように蒼白な顔で立っていた。市長に一礼すると、部屋から出て行った。
ドアのそばに立っていたファンテーヌは、警部がそばを通っていくのをぼんやりと見つめていた。二人が議論しているあいだ、不思議な気分を味わっていた。とまどいながら話を聞き、警戒しながら二人を見ていた。マドレーヌの話をひと言ひと言噛みしめているうちに、胸のなかの憎しみの闇が消え去り、そこになんというか言葉にならない信頼感と愛情による喜びの温もりが湧きあがった。
ジャベールがいなくなると、マドレーヌは彼女に向きなおり、涙をこらえるようなつらそうな表情でゆっくりと話し出した。「あなたの話は聞いた。おっしゃったような事情は、まったく知らなかったのだよ。話は事実だろう。あなたが、うちの工場から追い出されたことさえ知らなかったのだ。なぜ、直接訴えてこなかったのだね?それはともかく、あなたの借金はわたしが処理する。お子さんがここに来られるように、または、あなたが子どものもとに行けるように手配する。この街でも、パリでも、好きなところで暮らしなさい。二人のことは、わたしが支援する。なんなら、あなたはもう働かなくてもいいんだ。必要な費用は援助するからね。そして、もう一度まっとうな、幸せな生活を送ってほしい。それと、もうひとつ聞いてくれ。言ったことがみんな本当なら、まちがいなく、あなたはいままでずっと神にとって貞節で正直な生き方をつづけてきたのと変わりないのだよ。ああ、大変だっただろうね!」
哀れなファンテーヌにとって、想像もつかない状況だった。コゼットと一緒に暮らせる!無慈悲な生活のまっただなかにいたのが、不意に天国に連れてこられたような気分だった!自分に話しかけてくれている男をぼんやりと見返しながら「ああ!ああ!ああ!」と声をもらすことしかできなかった。手足から力が抜け、マドレーヌの前に跪き、彼がやめさせようとするまえに相手の手を握って唇を押しあてた。そして気を失った。』
* 2012「レ・ミゼラブル」では、ファンテーヌの出来事は警察署の中ではなく、広場での出来事として展開されています。また、ファンテーヌを救い出したマドレーヌ市長とは、ご承知の通り、ジャンバルジャンなのですが、映画のシーンにあるとおり、荷馬車の下敷きになっていたフォーシェルバンを助けるところをジャベールに見られて、[マドレーヌ=ジャンバルジャン]とジャベールは認識して、パリの警視庁に告発します。しかし、シャンマティーユという人物がジャンバルジャンとして捕らえられており、ジャベールは自分がマドレーヌ市長を誤解していたとして罷免するよう懇願して去っていきます。*
* ジャンバルジャンは、悩み苦しみます。* P.137~
「 自分自身に吐き気がして、卑怯な考えを頭から振り払った。自問自答をつづけた。わかっているのか、“目的をはたす”というのはどういうことだと、自分に厳しく尋ねた。人生を賭けて、目的を追い続けてきた。でも、それはどんな“目的”だ?自分の名前をごまかすことか?警察の手から逃れることか?いままで頑張ってきたのは、そんな取るに足らないことのためなのか?たったひとつだけの、大きな目的のためだったんじゃないのか?自分の身の安全ではなく、魂を救うことが目的だったんじゃないのか?正直でまっとうな人間になりたかったんじゃないのか?正義を守る人間に!何よりもそれが、あの司教から諭され、ずっと胸に抱き続けていた目的じゃなかったのか?過去のドアを閉めて、何もなかったことにしたいのか?しかし、偉大なる神のもとで、ドアを閉じてごまかそうなんて無理だ。それどころか、不名誉な行いによって、またドアをひらいてしまった!またしても盗みをはたらこうとしている。それも、はるかに憎らしい盗人に!誤解され、自分の身代わりに罰せられそうになっている人間の暮らしを、人生を、平安を、居場所を奪おうとしている。やっているのは、暗殺者のようなものだ!殺し、それも、自由を奪われた男を精神的に葬り、ガレー船という生ける地獄に送り込み、死の恐怖にさいなまれる暮らしに追いやろうとしているのだ。逆に、自首して、とんでもない誤解のために捕われている男を救い、こちらが本物だと正し、ジャンバルジャンとして罪をつぐなうことこそ・・本当によみがえり、自分がいた地獄から永遠に逃れる道のはずだ!いまいちど、あの地獄へ身を投げることで、本当にそこから脱出できるのだ!ほかに手段はない。そうしないかぎり、自分がやってきたことはみんな無駄になってしまう!」
*この葛藤シーンは、youtubeで。
https://www.youtube.com/watch?v=d2sanq2SM0k
*そして、裁判所から病院のファンテーヌのところへ向かい、ジャベールが現れます。
コゼットをマドレーヌ(ジャンバルジャン)が連れて来ると信じていたファンテーヌでしたが、それが報われずにファンテーヌは逝去します。*
p.199~
『しばらくしてからファンテーヌにかがみ込み、ささやきかけた。何を言ったのだろう?苦境におちいった男は、死んだ女に何を告げたのだろう?どんな言葉を口にしたのだろう?それを知る者は、この世にはいない。亡くなった女は、それを聞いたのだろうか?ひよっとすると、悲しい幻が奇跡によって現実となったのかもしれない。ひとつだけ、はっきりしていることがある。病室でことの成り行きを見守っていた、たった一人だけの目撃者の修道女が、ジャンバルジャンがファンテーヌの耳元に何かをささやいたとき、死の淵を超えて青白い唇と暗い瞳に何とも言いようのない笑みがぱっとうかんだのを、この目で見たと断言したのである。ジャンバルジャンは母親が寝ている子どもの姿勢をなおすように、枕の上にファンテーヌの頭を載せ、寝巻きの紐をむすびなおし、ナイトキャップのなかに髪をまとめた。それが終わると、彼女の瞼を閉じた。ファンテーヌの顔がすぐに、不思議な光につつまれた。死は偉大な輝きへの入り口にしか過ぎない。
ファンテーヌの片手が、ベッドの横にたれ下がっていた。ジャンバルジャンはそれを握り、うやうやしく掲げて、そっとキスをした。それから立ち上がり、向きなおってジャベールに言った。「よし、では同行しよう」ファンテーヌは共同墓地の、誰もが入れられ貧しい者の去り行く場所である、無料墓所に葬られた。ありがたいことにどこに埋葬されても、神は魂のありかを知っている。ファンテーヌは誰ともわからない者たちのならぶ闇のなかに、埋葬された。共同墓地の穴のなかに投げ入れられたのである。彼女がかつて使っていたベッドのような墓に。』
*レ・ミゼラブル 五部形式の第一章 ファンテーヌはここで終わります*
*2012「レ・ミゼラブル」では病院の窓からジャベールから逃れるために海に落ちるシーンで終わりますが、小説でジャンバルジャンは、再びトゥーロンの監獄(造船所)へ送られ新しい囚人番号9430号となって強制労働の終身刑となります。*
https://www.youtube.com/watch?v=ykrB0YbvglA
* しかし、トゥーロンの監獄(造船所)に軍艦オリオン号が修理のために入港し、乗組員の事故(帆桁に宙吊り)を救出する9430号(ジャンバルジャン)は、身代わりとなって、海に転落し行方不明となります(11月17日)。そして、ジャンバルジャンは、その年のクリスマスに、ファンテーヌとの約束を果たすため、テナルディエの宿屋を訪れてコゼットを救出します。これまでの展開は小説では、すべて1823年中の出来事です。
つまり、ファンテーヌが身を売り始めた9ヵ月後の1823年1月に、ジャンバルジャンがファンテーヌを助け、裁判で無実のシャンマティーユを救い、トゥーロンの監獄(造船所)に終身刑の囚人となり、11月には海に落ちて姿をくらまして、12月24日にはコゼットを救出する。一念が定まれば、なんと短期間にすべてを解決できる!人生に不可能は無いということです*
[コゼットの境遇]
https://www.youtube.com/watch?v=Wa5Lur6IvCw
* テナルディエ夫婦とはどんな人物だったのか?また、コゼットの恋人となるマリウスとエポニールの三角関係、マリウスの父とテナルディエの関係等、ユゴーはこの小説で、大変にドラマチックな展開をしています。私は学生時代に大学の図書館でレ・ミゼラブルを最初に読みましたが、文語体で難解でした。厚い本で先生の全集の2~3冊ぐらいありましたが、今、文庫本の口語体訳を読んで、先生の思考に深く感動しています。若い時代に良書に触れていくことの大切さをしみじみ感じました。*
* 次回からは、テナルディエについて、まとめてみます。ジャベールもそうですが、人生の出会いとは、かくも複雑に重なるのかというストーリー展開でユゴーはすごいと思いました。おもしろいです。是非、本を読んでください*
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