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H氏は当時、全国男子部副書記長。日顕宗破折が当時の青年部の託された使命でもあった。なので当然青年部最高幹部だったT川、S藤とは常に連携、協議しながら闘いを進めていた。
H氏は地方で勃発していた日顕宗、妙観講との対論にいつも颯爽と現れ、現地の広宣部メンバーとともに敵を徹底的に追い詰めていった。
当然、妙観講からは恐れられ、威勢の良い内弁慶の大草なんかはH氏から逃げ回っておった。
T川なんか、一度も敵と対論したことがないと聞いとる。S藤は一応、左久で大草と対論に。それはH氏がいたから成功したようなものじゃ。大草はH氏から、けちょんけちょんに攻められて相当恥ずかしい思いをしたはず。
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