「マイアヒー・マイアフー」というフレーズがキャッチーな「恋のマイアヒ」という曲が10年ほど前に流行った。しかしこの曲の歌詞は何語なのか、歌っていたO-Zoneというユニットの出身地はどこなのか。そういった謎が明らかになる前にブームは去ってしまった。
実は、「マイアヒ」の産地はモルドバというあまり聞き覚えのない小国で、歌詞はモルドバ語である。ヨーロッパの東のはずれに位置する内陸国で、大きさは九州よりもやや小さく、人口は約360万人だというから静岡県の人口とだいたい同じぐらい。南西をルーマニア、北東をウクライナという2つの国に挟まれていて、国民の4分の3あまりはルーマニア系の人、残りはウクライナ人、ロシア人などから構成されている。人口の構成からわかるとおり、ルーマニアの文化を中心に旧ソ連の文化がブレンドされたような国といっていい。国名がマイナーなのには単に小さいから、というだけの理由ではない。かつてはソビエト連邦の一部であったが、1991年にソ連解体。そのとき、モルドバ共和国という名前で独立したからなのだ。
そんなモルドバの料理を出す料理屋が東京は亀有にあるという。店名は「NOROC(ノーロック)」。日本でモルドバ料理をメインにやっている店なんて、おそらく他にはない。いったいどんな料理を出すのだろうか。食べに行ってみることにした。
モルドバ料理店なのに、外観も中身もかなり居酒屋ライク
JR東日本の常磐線、亀有駅にやってきた。亀有といえば、日本で一番有名な警官“両さん”で有名な下町。区でいうと東京東部、葛飾区にあたる。
モルドバ料理店「NOROC」は亀有駅北口から約徒歩5分。庶民的な商店が並ぶ地域密着の商店街を歩いていると、3色のモルドバ国旗が建物の2階に見えてきた。
これか?なのに手前には居酒屋ののぼり……。モルドバ料理なのに居酒屋とは、これいかに!?
店先のホワイトボードには「モルドバ ロシア料理の店」「カラオケ1曲100円」。ちょっとカオスな感じが漂う。
店の入り口は完全に居酒屋モード。このギャップが面白く、さらに期待が高まる。
店内に入ると意外にも純和風の空間。そこに、現地モルドバのポップスや室内デコレーションが加わり、エキゾチックで不思議な雰囲気を醸し出していた。
なんと座敷も! なんでも、元はお好み焼きだったそうで、各テーブルに鉄板まで付いている。広間では30人程度の宴会も可能。こりゃ確かに居酒屋だわい。
この日はちょうど「パスカ」と呼ばれるキリスト復活祭の日だったためか、店内入口にはクリチ(カップケーキ)や、イースターエッグ(ゆで卵)がディスプレイされていた。卵は、表面の色をキレイに出すため現地から着色料を取り寄せるというこだわりっぷり。
店内のボードにはオススメの品々が。左側のホロデス、サラダのオリブエ、サラダのシュバ、肉のパプリカ、いずれもレギュラーメニューにはない、この日だけの特別メニュー。
意外にクセがなく、食べやすいモルドバの肉料理
さて、座敷の一席に通されて着席。お皿や箸は純居酒屋風だった。これからモルドバ料理を食べるとは思えないセッティングで、妙にワクワクしてくる。
と思ったら、突き出しからいきなり本場の料理が登場。これは「ホロデス」というロシア料理。煮こごりの下にコンビーフやチキンを冷やして固めた二重構造になっている。テリーヌのように冷たく、肉がぎゅっと固められているのにさわやかな味。
こちらも付け出しとしてついてきたサラダオリブエ(オリヴィエ・サラダ)。細かく切ったにんじん、ジャガイモやグリーンピースを和えたロシア風のサラダだ。ねぎが振りかけられているのが独特。
ここからはメニューから注文した料理が続々と。まずはモルドバ料理の「バカラジャ」(450円)。ナスとニンニクのみじん切りをマヨネーズで和えたもので、上に乗っかったトマトが鮮やか。生のナスの辛さが刺激的な逸品だ。パンやクラッカーに載せて食べるものらしい。
そんなわけで黒パンも注文してみた。ロシアや旧ソ連でパンといえば黒パン、と断言できるほどにポピュラーなパンである。筆者がシベリア鉄道の食堂車で食べたときは、ぱさぱさですこし酸っぱかったけど、この店の黒パンは自家製の作りたて。ぱさぱさしてないし、香ばしいし、黒パンってこんなに美味しかったんだと再発見。この一切れで150円。
バカラジャをトッピングして黒パンを食べてみた。香ばしさとナスやにんにくの辛さが混じり合い、味わったことのないおいしさが口の中に広がった。
モルドバで定番のスープ、「ザアマ」(500円)。メニューには「キャベツを発酵させてコトコト煮込んだ」と書いてあったが、原形がないぐらいに手間をかけて煮込んであった。
ザアマをレンゲですくってみると中から、ジャガイモやにんじんといった野菜やサワークリームが顔を出した。黒い仁丹のようなスパイスが利いていて、酸味と脂っこさがほどよい味わい。体の芯から暖まるスープだ。
スタッフのアンナさん。来日してまだ半年だというが日常会話の日本語なら完璧。ロシアの極東にある、ハバロフスク出身らしい。
この日だけのオススメメニューになっていた、肉のパプリカ(550円)。大きなピーマンのパプリカにひき肉、その上に溶かしたチーズ、そしてマヨネーズ。
「肉のパプリカ」を割ってみる。肉は鶏と豚と牛のミックスに、茄子、トマト、ねぎを加えてこねたというから相当手間がかかっている。ハンバーグのように焦げ目はなく、ホクホクして柔らかめ。以前、トルコで似たような料理を食べたときは羊肉だったが、羊肉に比べてくせがなく食べやすかった。
3時間かけて練乳を煮込んだスイーツに、レアな現地ワインも!
こちらは「ルーレット」(630円)。モルドバではパーティで必ず出される一品だ。香りや見た目は卵焼きに近い。チリソースで召し上がれ。
「ルーレット」を割ってみると、チーズやしいたけを鶏肉で巻いたチキンロールのような中身だった。「肉で巻いた春巻きみたい」とは同行したメシ通スタッフの感想。
スタッフのパウラさん。それにしても、この店のスタッフはみな日本語が達者だ。
「トカナ」(850円)。タマネギの煮汁で豚肉、唐辛子、スパイスで煮込んだ、モルドバ料理。マッシュポテト、ピクルス、イタリアンパセリ、トマトがつく。豚の生姜焼きのような和風肉料理というかんじで、ボリューム満点。なんなら白いご飯でだってイケそうな気がしてくる。いや、これ絶対合うな〜。
「オレシキ」はロシアのクッキー風ケーキ。1個90円。
「オレシキ」を割ると、茶色がかかったクリームが出てくる。なんとこれ、練乳をコトコト3時間煮込んだもの。生地を手作りというから大変手間のかかったスイーツなのだ。90円なのが申し訳ない気持ちになりつつ、一口。甘過ぎもせず、食後のコーヒーに絶対マッチしそう!
この店では、ぜひモルドバ特産のワインを味わうべき。高級なものから手頃なものまで揃っており、ボトルはなんと14種類。中でもこのカベルネ・ソーヴィニヨン(赤・辛口)は高級な逸品で1本1万5,000円也!!
こちらのカベルネ・ソーヴィニヨン(赤・辛口)は1本3,000円とかなりお値打ちだが、日本ではあまり手に入らないんだそう。
店主の倉田昌明さんと、奥様のダイアナさん。ダイアナさんはモルドバ出身なんだそうだ。「現地に行って厳選した郷土料理を取りそろえました。毎日、手間に手間をかけて作っています。日本ではウチでしか食べられないモルドバ料理をどうぞ」と倉田さん。
人生初のモルドバ料理だったが、実に手の込んだ、他では味わえない美味しい料理ばかりだった。そして、しっかりボリュームがあるわりには、値段が総じてお手頃。なにかと高くつきそうな欧州料理のイメージを完全に覆す、コスパの高い“洋風居酒屋”と呼べるのかも(和風のメニューもあるけど)。
帰りにはパスカ(キリストの復活祭)のお土産に、クリチというカップケーキとイースターエッグまでいただいてしまった。今度はもっと大人数で来て、モルドバ料理を食べ尽くしてみたい。
お店情報
NOROC
住所:東京都葛飾区亀有5丁目19番地2
電話:050-5265-0498
営業時間:17:00~24:00
定休日:月曜日
書いた人:西牟田 靖
1970年大阪生まれのノンフィクション・ライター。多すぎる本との付き合い方やそれにまつわる悲喜劇を記した「本で床は抜けるのか」(本の雑誌社)を2015年3月に出版。代表作に「僕の見た大日本帝国」「誰も国境を知らない」など。
Twitter:@nishimuta62