※この記事は日経エンタテインメント!(9月号)の記事を転載したものです。購入はこちら

 7月に直木賞に輝いた辻村深月だが、原作小説にまつわる提訴騒動が起きている。『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』のドラマ化(全4回)をめぐり、NHKが講談社に対して約6000万円の損害賠償請求を起こした。両者間に何が起きたのか。NHK側の訴状をもとに、経緯を追っていこう。

 講談社に『ゼロ〜』のBSプレミアム枠内での連続ドラマ企画が打診されたのは2011年の9月。12月に第1話の脚本準備稿が上がるも、講談社側は原作に沿う形で修正を要望。ドラマ演出上、ストーリーを改変したいNHKと、原作者の意向を重視する講談社との話し合いは、年が明けても平行線のまま。そして撮影開始の前日、2012年2月6日に、講談社が一方的に映像化の許諾を撤回したという。出演者のスケジュールも押さえており、現場の被害は甚大なため、NHKは提訴に踏み切った。

 講談社はこの訴状内でのNHKの主張に強い不快感を表し、裁判で真っ向から闘う姿勢だ。

 「準備稿以降、上がってきたシナリオはすべて『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』が母と娘の物語であるという原作の根幹を、理解していただけてないように思えました。プロデューサーやディレクターの方と何度も協議したのですが、その根幹を変えての映像化を認めるわけにはどうしてもいきませんでした。『一方的に撤回』と訴状にありますが、そう短絡的に言われるのは極めて心外ですし、正確ではない。NHKから送られてきた脚本の準備稿については辻村先生にも確認していただいて、二人三脚でドラマ化に向けて対応してきました。撮影直前になっても辻村先生の要望を加味した脚本を準備してもらえなかったので、その時点の脚本を部分的に直すような応急処置ではなく、脚本とスケジュールの抜本的な再検討をお願いしたいと申し上げたのです。それをできないとおっしゃったのはNHKさんです」(講談社編集部)

 NHKは訴状のなかで、「映像の制作上の慣例」をたびたび挙げている。その段階での講談社との齟齬(そご)が、事態を複雑化させたようだ。

 「訴状には、脚本家が考えた変更点のうち半分程度は原作者に納得してもらうのが映像業界の常識だとか、こちらの感覚では理解しがたいことがさらりと書かれています。半分程度とは、ページ数のことなのか質のことなのか。基準がよく分かりませんし、原作者が半分譲るのが当然とは納得できません。裁判で争う形になったのは残念ですが、原作の根幹を理解しないままでの映像化は、著者に対しても、読者に対しても裏切りといえる行為になってしまうのではないかと思っています」(同編集部)

 なおNHK側は、取材の申し込みに対して「訴状に書いてある以上のことは言うことはできません」との返答だった。

『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』
2009年出版の講談社100周年書き下ろし作品。フリーライターのみずほは、幼なじみのチエミが地元で母親を殺害したことを知る。逃走中のチエミを追いながら、みずほは自らの忌まわしい記憶と対峙することに。母と娘の愛憎をテーマに、現代家族の肖像を重層的に描いた秀作。この長編で辻村深月は、実力派作家の地位を確立した。直木賞および吉川英治文学新人賞の候補作。
帯に書いてアピールするほど、母と娘の確執が絡む物語だと強調。だが、NHKはそのエピソードを描かないストーリーとして脚本を提示した
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辻村深月(つじむら・みづき) 
1980年山梨県生まれ。04年『冷たい校舎の時は止まる』でメフィスト賞を受賞しデビュー。11年『ツナグ』で吉川英治文学新人賞受賞、12年7月『鍵のない夢を見る』で直木賞受賞。ミステリーの手法を生かし、幅広いエンタテインメント作品を輩出。マンガ・映画・ゲームにも詳しい若き実力者。