森外の名高い短編「最後の一句」が発表されて、今年で100年になるという。死罪を告げられた父親の命乞いをする町人の娘、いちは16歳だ。自分たち子どもを身代わりにして父親を助けて下さい、と願い出る▼奉行は問う。願いを聞けばお前たちは殺され、父の顔を見ることもできないが、それでもよいかと。いちは承知し、少し間を置いて、「お上(かみ)の事には間違(まちがい)はございますまいから」と言い足す。その言葉が奉行を動かす▼父親は刑死を免れ、子たちにも咎(とが)めはなかった。よく知られるこの場面を、「言葉の発し手と、受け手とが、ぴたり切りむすんだ時、初めて言葉が成立する」と評したのは詩人の茨木のり子さんだった▼そして「全身の重味(おもみ)を賭けて言葉を発したところで、受け手がぼんくらでは、不発に終(おわ)り流れてゆくのみである」と。時代も事情も違う小説ではあるが、茨木さんの指摘に、今の沖縄と日本政府のさまが重なる▼普天間飛行場の辺野古移設に反対する翁長(おなが)知事が政府に投げたのは、全身の重みを賭けて発した言葉であったろう。「政治の堕落」という厳しい言葉もあった。しかし受け手は聞く耳を持たず、訴えが伝わる様子はない▼政治家ばかりを責められない。本土がぼんくらでありすぎた。基地集中の重荷を「小指の痛みは全身の痛み」と訴える沖縄の声は、届いてきただろうか。15日で本土復帰から43年。基地を押しつけてきたのは米軍か、日本政府か、それとも私たちなのか。考えたいときだ。