古森義久氏「歴史学者187人の声明は反日勢力の『白旗』だった」を検証する
5/12/2015 - 10:02 pm |先週発表された、北米をはじめとする各国の日本研究者ら187人による「日本の歴史家を支持する声明」について、産経新聞ワシントン特派員の古森義久氏がアクロバティックな解釈を公言している。かれによると、あの声明は米国の歴史家たちが三月に公開した声明文に比べて「反日的」な主張が大幅に後退させられており、実質的に「反日勢力の『白旗』」なのだ、というのだ。
三月の声明とは、「日本の歴史学者たちに連帯する」と題された二十人の歴史学者による連名の声明で、アメリカ歴史学会のニューズレターとウェブサイトに掲載された。内容は、日本政府が米国の教科書出版社・マグロウヒル社と著者に対して、世界史教科書における「慰安婦」問題についての記述を削除もしくは改訂せよと圧力をかけたことに抗議し、日本で「慰安婦」の歴史を研究する学者たちとの連帯を表明するものだった。今回の声明(五月声明と呼ぶことにする)には、三月声明に署名した歴史学者二十人のうち十二人が賛同している。
古森氏は、記事を次のようにはじめる。
慰安婦問題で日本を長年糾弾してきた米国の日本研究者たちが、「日本軍が20万人の女性を強制連行して性奴隷にした」という年来の主張を一気に撤回した。
この主張には本来根拠がなかったのだが、ここにきてやっと日本側の主張を間接的にせよ認めたのである。日本側にとっては、歴史問題ではやはり相手の不当な攻撃に屈せず、正しい主張を表明し続けることの必要性が証明されたことになる。
古森氏は「慰安婦」の人数、強制連行の有無、「性奴隷」だったかどうか、の三点において、歴史学者たちの主張が三月声明と五月声明のあいだで大きく変化していると主張している。そのうえで、「こういう人たちは自分自身を学者と呼ぶのなら、その良心に従って非を認めるか、あるいは少なくともこの3月と5月の声明の大きな矛盾について説明すべきだろう」と訴える。
実際のところはどうだったのか。
古森氏は、三月声明は「マグロウヒル社の教科書の記述はすべて正しい」と「断定」していた、と主張するが、実際にその声明文を読めばわかる通り、マグロウヒル社の記述が正しいか正しくないかという断定は行っていない。学問的な議論に任せるべきところに日本政府が圧力をかけてきた(ジャパンタイムズに掲載されたインタビューによると、日本の外交官がアポイントメントも取らずにいきなり歴史学者のオフィスにあらわれ、勝手に椅子に座ると、一方的に「教科書の記述は間違いだから削除しろ」と迫ってきたという)ことに抗議するのが声明の趣旨だ。
「慰安婦」の人数について、五月声明では次のように書かれている。
「慰安婦」の正確な数について、歴史家の意見は分かれていますが、恐らく、 永久に正確な数字が確定されることはないでしょう。確かに、信用できる被害者数を見積もることも重要です。しかし、最終的に何万人であろうと何十万人であろうと、いかなる数にその判断が落ち着こうとも、日本帝国とその戦場となった地域において、女性たちがその尊厳を奪われたという歴史の事実を変えることはできません。
また、強制連行の有無について、古森氏は五月声明の次の部分を引用する。
歴史家の中には、日本軍が直接関与していた度合いについて、女性が『強制的』に『慰安婦』になったのかどうかという問題について、異論を唱える方もいます。しかし、大勢の女性が自己の意思に反して拘束され、恐ろしい暴力にさらされたことは、既に資料と証言が明らかにしている通りです。
古森氏は、これらをもって「反日勢力」が「慰安婦問題についての主張を驚くほど後退」させている証拠である、と主張する。ところが実際に三月声明を読んでみると、上記とまったく同じ認識が書かれていることに気づくだろう。
Historians continue to debate whether the numbers of women exploited were in the tens of thousands or the hundreds of thousands and what precise role the military played in their procurement.
(歴史学者たちは、搾取された女性たちの数が数万だったのか数十万だったのか、軍が募集に際して具体的にどのような役割を果たしたのか、いまだに議論を続けている:訳は引用者による)
これを読み比べると分かるとおり、「慰安婦の人数」「軍による強制連行の有無」という古森氏が「慰安婦問題認識の核心」として重視する論点において、三月声明と五月声明はほぼ同じ認識を示している。また、いずれの声明も、人数や軍が具体的に果たした役割については議論が分かれるとしながらも、大勢の女性が暴力の被害を受け、それに日本軍が関わっていたことを直視せよ、と訴えている点も共通している。これのどこに「矛盾」があるというのだろうか。
古森氏の主張のなかで、唯一妥当性があると思えるのは、三月の声明において使われていた「性奴隷」という言葉が五月の声明には見られない点だ。しかし上で引用した通り、五月声明においても「大勢の女性が自己の意思に反して拘束され、恐ろしい暴力にさらされた」ことが疑いようのない歴史的事実として指摘されている。それを性奴隷と描写するかどうかはともかくとして、実態として性奴隷と呼んでもおかしくないような状態であった、という認識は変わっていない。
もちろん、古森氏が「性奴隷という言葉が使われなくなったことは前進だ」と考えるのであれば、それは個々の解釈の問題であり、なんの問題もない。しかしそれ以外の面でかれが「前進」と受け取っているものは、すべて事実に基づかない虚言だ。三月声明と五月声明のあいだに、説明しなければいけないような「矛盾」は存在しない。
もしわたしがここで書いたことに少しでも疑問があれば、ぜひ両方の声明を読みくらべて、各自検証してください。あなたが保守でもリベラルでも、古森氏の長年のファンであったとしても、少なくともこの問題に関しては古森氏の解釈が誤りであることがわかるはずです。
- 「Standing with Historians of Japan」(2015年3月)
- 「Open Letter in Support of Historians in Japan」(2015年5月:コメント欄に日本語版と英語版のダウンロードリンクがあります)
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