葬儀会場で棺を落下させた会社役員を逮捕(2009年01月19日) 葬式妨害罪 |
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○知人と仕事上のトラブルとなり、知人の母親の葬儀を妨害したとして、警視庁世田谷署は19日までに、葬式妨害の疑いで東京都世田谷区の会社役員N容疑者(42)を逮捕した。
世田谷署によると、N容疑者は昨年10月、品川区西五反田であった知人男性の母親の葬儀に「焼香させてほしい」と現れ、大声を出しながら台から棺を落とし、葬儀を妨害した疑い。N容疑者は昨年8月、自分が役員を務める会社の系列会社に勤務する40代男性と、雇用をめぐりトラブルになっていた。「足元がふらついたので手をついた」と容疑を否認しているという。葬儀社によると、葬儀は出棺の直前で、N容疑者はタクシーでその場をすぐに立ち去り、担当者が棺を元に戻した。昨年12月、母親の親族が被害届を出していた。(2009/01/19 共同通信)
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○珍しい事件である。少なくとも、時事を報じるニュースで目にしたのは初めてではないかと思う。
○刑法188条には、礼拝所不敬罪、説教妨害罪、礼拝妨害罪、葬式妨害罪が列挙されていて、次の189条以降にも、墳墓発掘罪(189)、死体損壊罪(190)、墳墓発掘死体損壊罪(191)、変死者密葬罪(192)と続き、全体として宗教感情を保護する規定が並んでいる。
この中で、死体損壊罪と変死者密葬罪あたりは、ときどき事件になって目にすることもあるが、葬式妨害罪となると、この罪が適用されて逮捕されることがほとんどないためか、存在感のない規定である。
その意味で、このニュースが流れた際は、「極めて珍しいケース」との識者コメントが多く流された。
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○もともと、宗教儀礼に基づいた葬儀は、宗教行為そのものである。日本国憲法20条では宗教活動の自由が保証されていて、国家から制限を受けることはないが、さらにひろく、他人の「正当な宗教活動」への不干渉(邪魔をしないこと)も要請されているといえる。
この葬式妨害罪や礼拝所不敬罪等の罪は、そういった、人の宗教生活の保護や国民の健全な宗教的敬虔感情の保護から、「人が死者や神仏等に対して有する感情等を害する行為」を処罰の対象にしたものである。(ただ、変死者密葬罪〔192条〕は、どちらかというと、警察的取り締まり規定といえる。)
○刑法第188条
2 説教、礼拝又は葬式を妨害したる者は、1年以下の懲役もしくは禁錮又は10万円以下の罰金に処す。
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○葬儀妨害罪(刑法188条2項)について
これは、「説教・礼拝・葬式」の三行為のみに限定して保護対象にした罪である。
なお、宗教的行為であっても、宗教に関する学術講演、結婚式などは、対象とならず、こういった儀式を妨害した場合は、軽犯罪法1条24号(公私の儀式に対して悪戯などでこれを妨害した罪)の対象となる。
葬儀妨害罪(刑法188条2項)でいう「葬式」とは、今回の事件にあったように、死者を葬る儀式をいう。通夜が含まれるかどうかは議論があるようだが、通夜は告別式と並んでともに死者を弔う一連の行為であるから、含めて考えるべきではないかと思う。
○ペットの葬送儀式への妨害
この場合はどうか。これについては、今のところは、「人」の死者を対象としたものということで対象外と思われる。
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○過去、この罪での事件例があるのだろうか。
昭和29年1月18日東京高等裁判所判決(東京高等裁判所判決時報刑事5巻1号3頁)という古い判例が公刊されている。これは、死体埋葬の墓穴を掘った際に、墓穴が被告人の墓地にかかったと因縁をつけ、同所にあつたシャベルをもって右墓穴を埋めてしまい、そのため別に墓穴を堀って埋葬せざるをえなくならしめて、埋葬の時刻を遅延させ、葬式を妨害したという事案であった。(末尾掲載)
○また、さらに古いものとしては、通夜の際に、仏壇に祭っている法名をひそかに取り外し、この儀式に使用することができなくなるようにした事案で、葬儀妨害罪(188条2項)と器物損壊罪(261条)の観念的競合とした判決もある(大審院判決昭和14年11月11日新聞4493-5)。
○これ以外にも摘発事例はあるだろうが、資料が手元にないのでわからないが、ZAKZAK に、今回の事件の記載と合わせて、以下のような記事が載っていたので紹介したい。
「2002年2月、香川県高松市で営まれた葬儀に、酔った漁師の男が乱入。読経中の僧侶に『まじめにお経をあげろ!』などと大声を浴びせ、約100人の参列者を仰天させた。漁師と喪主に面識はなく、男は翌月、香川県警に葬式妨害容疑などで逮捕された。(ZAKZAK 2009/01/20)」
○また、このZAKZAK記事には、次のような記載が続く。「一方、刑法188条には礼拝所不敬罪が含まれ、この容疑で警察が動いたケースはそれなりにある。02年11月、川崎市の墓地で、墓石4基などを力ずくで倒した無職の男が神奈川県警に逮捕された。男は『墓石を倒すとすっきりする』と供述して、捜査員をあきれさせた。98年1月には大阪府堺市の殺人事件の献花場所に複数の若者がワゴン車で乗りつけ、『これまだ食べられるで』と供えられていた菓子の袋や花束をごっそり持ち帰り、大阪府警が捜査に乗り出した。また、86年には群馬県高崎市内にある中曽根康弘首相(当時)の実家の墓に、右翼団体の名が記された横断幕などが縛り付けられ、群馬県警が同罪で調べたことがある。」
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【関連法令】
○刑法第24章「礼拝所及び墳墓に関する罪」
第188条 [礼拝所不敬、説教妨害]
@神祠、仏堂、墓所その他礼拝所に対し、公然不敬の行為ありたる者は、6月以下の懲役、もしくは禁錮又は10万円以下の罰金に処す(注:公然の行為とは、不特定又は多数人の覚知しうる状態のもとにおける行為をいい、その行為当時、不特定又は多数人がその場に居合わせたことは必要ではない。)
A説教、礼拝又は葬式を妨害したる者は、1年以下の懲役もしくは禁錮又は10万円以下の罰金に処す。
○軽犯罪法
第1条
以下の各号(全34項目)の1に該当する者は、これを拘留または科料に処する。
(24) 公私の儀式に対して悪戯などでこれを妨害した者
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○昭和29年1月18日東京高等裁判所判決
(東京高等裁判所判決時報刑事5巻1号3頁)
原判決挙示の証拠を綜合すれば、原判決認定のごとく、被告人が原判示日時頃・・・・・十五番地Sが亡父T郎の葬式を執行するため、同所・・・百四十四番地の共同墓地内に死体埋葬の墓穴をIに依頼して掘らせた際墓穴が被告人の墓地にかかつたと因縁をつけ、同所にあつたシャベルをもつて右墓穴を埋めてしまい、ついに右Sをして別に墓穴を堀つて埋葬するの奔儀なきに至らしめ、以て埋葬の時刻を遅延せしめて右Sの営む亡父の葬式を妨害した事実を認めることができ、記録を精査検討し、当審における証拠調の結果に徴しても原判決に事実誤認の擬は存しない。弁護人は、当初右Sの掘らせた墓穴の位置が被告人の墓地の境界線内に入つていたことは明らかで、被告人は葬式害の意思はなく、単に境界問題について話合いを申し入れたに過ぎないと主張するけれども、元来本件墓地は同部落の・・・・・・の八名の共有地であり、その持分は平等で、共有者協議の上各自の使用区分を定めて使用して来たのであるが、右共有者の一人・・・は昭和九年一月十七日死亡し家督相続人がないため絶家となつていたところ、被告人はその後右墓地の共有権を取得したと称して昭和二十二年三月頃ほしいままに右墓地内に自家の石碑を建立し、共有権者の石碑撤去の請求に応じなかつたため、ここに当時の共有権者・・・外六名の者から被告人に対し水戸地方裁判所土浦支部に石碑撤去の訴が提起せられ、その訴訟繋属中被告人は右共有者の一人であつたHからその共有持分の譲渡を受けたため、同裁判所において当事者間に石碑撤去調停事件が繋属するに至り、調停の結果昭和二十六年七月十九日原告たる従前の共有者と被告人との間に調停が成立し、その結果特に共有地の分割はしないで、被告人が基地として使用できる部分を本件墓地の西側の部分で現在被告人方の石碑の建立してある部分を含む約一、三坪の地域とすることとし、爾後墓地の管理は共有者の協議に基いて行うこととなつたのであつて、その後共有者・・・の分家で共有者の一人となつたSが亡父T郎の死体埋葬のためI外三名に依頼して掘らせた本件墓穴の位置が少しも右被告人の墓地として使用できる地域の境界線内に入つていないこと、及び被告人は前記調停において認められた地域以外に当時墓地として自己のため使用し得る地域を認められていなかつたことは、原判決挙示の証人S、同・・・・の各証人尋問調書、Iの検事に対する供述調書及び水戸地方裁判所土浦支部民事特別調停委員会の昭和二十六年七月十九日附調停書の各記載並びに当審における検証の結果、当審における証人・・・・に対する各証人尋問の結果に徴し明らかなところであつて、また以上当審における各証人尋問の結果の結果に徴しても本件被告人の所為が単に所論のごとく墓地の境界問題について話合いを申し入れたに過ぎないものとなすことはできないことは明らかであるから弁護人の所論は到底採用し難い。畢竟原判決には所論のごとき事実誤認若しくは証拠によらないで事実を認定した違法は少しも存しないから論旨は理由がない。 |
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