独女性:戦争が私の全てを奪った 70年前を証言
毎日新聞 2015年05月11日 22時33分(最終更新 05月12日 00時47分)
【ベルリン中西啓介】第二次大戦の記憶は、当時を生きた人々にとっては70年後の今も鮮明だ。ベルリンに住むウルズラ・チーバスさん(93)は「終戦になっても、すぐには戦争が終わったという現実に適応できなかった。あの時、何もかも失って、自分のことで精いっぱいだった」と、当時を振り返った。
1945年2月、大学生だったチーバスさんは連合軍の空襲で、母、祖母、2人のおばを失った。残された家族は、ユダヤ人だったため別の場所に身を隠していた医師の養父だけ。養父と、2人でゴミの山をあさって命をつないだ。
4月末にベルリンはソ連軍に包囲され、激しい市街戦が始まる。市街戦でドイツ人男性は死亡したり拘束されたりする一方、残された女性の多くがソ連兵に暴行された。独メディアによると、ベルリンだけで約10万人が被害に遭ったという。
終戦の日となる8日、チーバスさんの元にもソ連兵が押しかけた。「女出てこい!」。チーバスさんはとっさに逃げた。だが兵士は持っていた拳銃でチーバスさんの背中をたたきつける。勢いで階段から転落、左足首を骨折した。
思いもよらない大けがに驚いた兵士は、持っていたハンカチでチーバスさんの足首を固定すると、そのまま立ち去った。病院に満足な機材があるはずもない。医師が、手探りで折れた骨をつなぎ合わせ固定してくれた。
戦後しばらくして、チーバスさんはベルリンで、ルーマニア出身の指揮者チェリビダッケ氏のコンサートを鑑賞した。「ああ、本当に戦争が終わったんだ」。懐かしい文化の薫りが、戦争中との区切りを鮮明に心に刻む。忘れていた安堵(あんど)感が満ちてくるのを感じた。
チーバスさんは戦後、子供向け作品などを書いて作家として成功を収めた。ベルリンの閑静な住宅街にある自宅の窓からは、風に揺れる新緑と楽しげに遊ぶ子供の姿が見えた。窓に目をやりながら、つぶやいた。「戦争のことを語るのは本当に嫌。私のすべてを奪っていった、全部よ」