美の巨人たち ドガ『青い踊り子たち』踊り子の画家が画期的な技法に挑んだ問題作! 2015.05.02


例えばパリという町をもっと優雅に味わいたいのならお勧めしたい場所があります。
パリ9区ルーブル美術館から北へのびる大通りを進んでいくと。
ちょうどその突き当たりに…。
世界中のバレエファンにとっての聖地パリ国立オペラ劇場です。
バレエをこよなく愛したルイ14世によってオペラ座バレエ団が創設されたのは17世紀。
現在のこの建物は19世紀に造られたもの。
劇場は赤と金を基調とした重厚な空間。
そして色鮮やかな天井画はシャガールの作品です。
この舞台の中心に立つということはすなわちバレエ界の頂点に立つということなのです。
そんなオペラ座の舞台裏にフォワイエ・ド・ラ・ダンスと呼ばれるダンサーたちがウォーミングアップをする場所があります。
今からおよそ140年前のこと。
シルクハットを片手にしばしばこの場所を訪れていたのが画家エドガー・ドガです。
オペラ座の踊り子たちに魅了されそのかれんな姿を生涯にわたって繰り返し描き続けました。
今日ご紹介するのもそのひとつ。
実はドガの問題作とも呼ばれています。
19世紀パリの美術界でドガがこの絵で挑んだものとはいったい?では早速そのドガの絵に会いに。
エッフェル塔のたもとから水上バスに乗って美しきセーヌ川をちょっとクルージング。
降りるのは最初の船着場です。
するとほら見えてきました。
パリが誇るここに問題作が。
今日の一枚。
縦85センチ横75センチの油彩画です。
チュチュと呼ばれる青いバレエ衣装を着た踊り子が4人舞台の袖口でどこか緊張した様子で出番を待っています。
その奥に見えるのがおそらく本番中の舞台。
しかし踊り子たちは何を踊っているのか…。
もうろうとした影のように描かれているだけ。
その背景には淡い緑やピンクの絵の具で無数の点が塗られています。
よく見ると4人の踊り子たちの表情もはっきりとは描かれていません。
しかも顔も髪も肌も青い衣装もすべての境界が曖昧なのです。
濃い青から薄い水色へのグラデーションが美しい羽のようなチュチュ。
目を凝らすとところどころ途切れがちに引かれた奇妙な線が。
その線と淡い色彩とが響き合い画面に染みわたっているのです。
当時ドガは50代。
実は人生最大の危機にさらされていました。
幼い頃からバレエを続けてきたけれどなかなか報われない。
それでもいつかこの踊り子のようにオペラ座の舞台で輝いてみたい。
半年前舞台のあとに大きな花束が届いた。
こんな豪華な贈り物をいったい誰が?しかも大好きな踊り子のカードまで。
それから舞台のたびに花束とカードが届くようになった。
誰かが私を見守ってくれている…。
そんな気がして嬉しかった。
先日もこんなカードが。
これもドガの絵?なんだか不思議な舞台。
踊り子たちもぼんやりしている。
ドガはいったい何を描こうとしたのだろう。
もともと芝居やバレエが好きで20代からオペラ座へ通っていたドガが本格的に踊り子を描き始めたのは30歳を過ぎてから。
さてまずは左端のピアノの上に座った少女に注目してください。
ずいぶんと気持よさそうに背中をかいていますね。
その奥にちらっと見える少女はイヤリングが気になるようで。
大勢の少女たちのちょっとした仕草まで描きこまれていますがそれにはこんな秘密が。
ドガは気に入った踊り子をアトリエに呼んでスケッチしていました。
その中から選んだものを最終的に組み合わせてなんと一枚の作品に仕立てていたのです。
今度は構図にご注目。
左上と右端の踊り子の体が断ち切られています。
まるでカメラのスナップショットのように。
それによって急いで稽古に向かおうとする少女たちの動きを画家は表したのです。
こうした手法が注目を集めドガは踊り子の画家として名声を高めていきます。
ところが『青い踊り子たち』では画風が驚くほど変貌していました。
この絵を描いていた頃画家の視力は著しく低下し実は絵の具をつけた筆先すらはっきりとは見えなかったといいます。
そんな画家が密かにこの作品で試していた衝撃の技法とは…。
今日の一枚ドガの『青い踊り子たち』。
この作品を描いていた頃の画家についてはあまりわかっていません。
わかっているのは当時のアトリエはパリのモンマルトルにあったということ。
パリの北に位置するモンマルトルは今では人気の観光スポット。
ここからはパリの街が一望できます。
そして石畳の町には観光客の似顔絵を描く画家たちの姿が。
19世紀後半パリ市内に比べ物価が安かったこととこの町の自由な雰囲気に惹かれルノワールやロートレックなど多くの画家たちがモンマルトルに暮らしていました。
ドガも40代からこの町へ。
しかしなぜかしだいにアトリエに引きこもるようになっていったのです。
ドガをはじめモンマルトルに集った画家たちは旧態依然としたパリの画壇に不満を抱き1874年独自の展覧会を開きます。
ところが後にモネの出世作となるこの『印象・日の出』をはじめ展覧会はおおいに酷評されたのです。
そんななか唯一好意的に受け入れられたのがドガの描いた踊り子でした。
他の印象派の画家たちと比べて裕福な家庭に育ったドガは本格的に絵の指導を受けています。
最大の理解者は芸術に造詣の深い父親でした。
幼い頃死別した母の分まで息子は愛情を注がれます。
そんな父が最後に残したものそれは負の遺産でした。
妙にこの絵が気になって調べてみた。
最愛の父が亡くなったときドガは父の銀行が莫大な負債を抱えていたことを知った。
更に弟が事業に失敗。
皮肉にもドガはこの時初めて本物の画家になった。
生まれて初めて稼ぐために絵を描くことに。
その時からパステルという画材をメインに使い始めた。
油絵の具のようにいちいち乾かす必要がないので重ね塗りも簡単。
上からこすると下の色としぜんに重なり合って微妙なグラデーションが。
そんなパステルで私の大好きなこの絵も描いていた。
なのに…。
突然ドガは誰も買い手がつかないようなとんでもないものを作ってしまったという。
その作品はオルセー美術館にあります。
生前にドガが発表した唯一の彫刻です。
高さはおよそ1m。
もともとはロウで作られていましたがそれをブロンズで鋳造しました。
髪に結んだリボンもそして細かいヒダのスカートもなんと布製です。
この彫刻をドガは第6回の印象派展に出品しました。
当時の反応をドガの研究者である美術史家のボナフーさんは…。
前代未聞のドガの彫刻は世間から反感を買ってしまいました。
そんな彫刻と今日の一枚『青い踊り子たち』には意外な共通点があるといいます。
彫刻とは指で作り上げる芸術ですが実はこの絵でも『青い踊り子たち』でドガは大胆にも指を使い新たな表現の可能性を探っていたのです。
更にこの絵には斬新な技法が。
鮮やかなブルーと途切れがちに引かれた輪郭線とが互いに響き合い溶け合い画面に染み渡っています。
実はこの時ドガは一人懸命に戦っていたのです。
失明という運命と…。
ドガが大切な目を傷めてしまったのはドイツとの戦争の時だったらしい。
原因は寒さ。
30代とはあまりに早すぎる。
外で絵を描こうと仲間たちに誘われても断り続けたのは弱った目には日ざしがきつかったから。
それにドガは生涯独身だったからこの絵をどうやって描いたのか謎のまま。
ところが亡くなったあとに奇妙なものが見つかったらしい。
画家の死後アトリエから大量に発見されたもの。
それはロウを使ってドガ自身が作った小さな彫刻。
ただし作品ではありません。
視力が弱くなっていくなかドガが絵を描くためにモデルの代わりに使った道具です。
生前画家のアトリエを訪ねた友人によると…。
クルクルと彫刻を回しながら画家は目の奥に残る踊り子たちの動きの記憶を懸命に描いていたのです。
それは絵画の常識を塗り替える驚きの手法でした。
更に…。
この4人の青い踊り子たちがなんとたった1人。
いったいどういうことなのか?その謎を解くカギがこの馬の写真に。
今日の一枚。
かれんな少女たちを描くためにモデルの代わりにと画家が使っていたのがこの小さな彫刻でした。
それを見つめながらドガは遠い日に夢中でスケッチした少女たちの姿を思い浮かべていたのです。
実はこの『青い踊り子たち』を描きながら画家の目はあるものを解析していたのです。
まるで精密なカメラのように…。
さて19世紀後半世間をあっと言わせたのがこの写真です。
イギリスの写真家エドワード・マイブリッジが世界で初めて疾走する馬の連続撮影に成功しました。
更には人の走りまでも。
カメラという当時最先端の技術によってついに明らかになった動きのストップモーション。
その頃からドガはなぜか極端に横長の作品を描いていました。
バレエシューズを直し肩ひもを引き上げチュチュの裾を広げる踊り子たちが並んでいます。
こちらの作品でも同じく横一列に。
なんだかこの写真と似ていませんか?おそらく『青い踊り子たち』でも…。
つまりこの作品のモデルは1人。
その一連の動きを描いたものだったのです。
しかし単純な動きの連続ではありません。
左奥の踊り子は髪を直しています。
その手前でうつむく少女の視線を追っていくとそこにはピンクのバレエシューズが…。
どうやらつま先の感覚を確かめていたようです。
右奥の踊り子は青い衣装の胸元を手前の子は片方の袖を気にしています。
それまでひたすら踊り子に向き合い続けその膨大な下絵を組み合わせて少女たちのありのままを一枚に仕上げてきたドガ。
連続写真と出会い今度は1人の踊り子が見せるさまざまな仕草を一枚のキャンバスに重ねていくことを思い立つのです。
舞台はまもなく本番。
ピンクのバレエシューズを履いたか細い足で羽ばたく直前。
1人の少女が見せる緊張と不安。
何か落ち着かない踊り子の胸の鼓動までも聞こえてきそうです。
ドガはこの絵を見えなくなってきた目の奥に残る踊り子の姿を思い浮かべながら記憶をなぞるように描いていたのです。
絵画の常識を塗り替える驚きの手法で。
彫刻に写真まで。
全部合わせてドガは新しい絵画を追求していた。
失明という重い十字架を1人で背負うしかなかった画家にとってオペラ座の踊り子たちは心の支えだったに違いない。
それをこのカードが教えてくれた。
私もいつかこのカードの送り主に届けたい。
オペラ座の舞台から最高の踊りを。
亡くなる3年前ドガはこんな言葉を残しています。
華麗に変身していく踊り子の姿は美しいメロディーとともに画家の心に深く刻まれていたのです。
エドガー・ドガ作『青い踊り子たち』。
踊り子の画家ドガの無限の挑戦。
2015/05/02(土) 22:20〜22:50
テレビ大阪1
美の巨人たち ドガ『青い踊り子たち』踊り子の画家が画期的な技法に挑んだ問題作![字]

毎回一つの作品にスポットを当て、そこに秘められたドラマや謎を探る美術エンターテインメント番組。今日の作品は、“踊り子の画家”エドガー・ドガ作『青い踊り子たち』。

詳細情報
番組内容
今日の作品は、オルセー美術館所蔵の油彩画、エドガー・ドガ作『青い踊り子たち』。踊り子の画家として名声を高めたドガ。ところが50代で描いたこの作品では画風が驚くほど変貌しています。踊り子たちは、もうろうとした影のようで何を踊っているのかわかりません。しかし実はある衝撃的な技法を試した、20世紀の絵画を先取りする画期的な作品だったのです。19世紀、ドガがこの絵で挑んだものとは?そして彼を襲った運命とは一体?
ナレーター
 小林薫
 蒼井優
音楽
<オープニング&エンディングテーマ>
辻井伸行
ホームページ

http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/

ジャンル :
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

OriginalNetworkID:32118(0x7D76)
TransportStreamID:32118(0x7D76)
ServiceID:41008(0xA030)
EventID:37507(0x9283)

カテゴリー: 未分類 | 投稿日: | 投稿者: