豊臣から徳川へ。
天下の趨勢が大きく移り変わった時代。
生き残りをかけ激しい戦いを繰り広げた絵師集団がいました。
室町時代一人の絵師から始まったその歴史は子から孫へと受け継がれます。
400年にわたって日本美術の頂点に君臨しました。
中でも一族の地位を揺るぎないものにしたのが4代目の当主狩野永徳です。
圧倒的な迫力。
権力を誇示せんとする信長や秀吉の心を捉えました。
しかしその永徳が48歳で急死。
そこから一門の存亡をかけた絵師たちの戦いが始まりました。
永徳の子でありながら華麗な美を追求した…そして孫の探幽はあえて何も描かない大胆な余白で情感に満ちた世界を生み出します。
絵師たちは変わりゆく時代の空気を読み取りながら時の権力者が求める絵を模索しました。
革新によって守り継がれた美の系譜。
激動の時代を生き抜いた絵師たちの物語です。
「日曜美術館」です。
今回は京都国立博物館からお伝えします。
今ですね日本美術の中でも400年にわたって頂点に君臨し続けた狩野派の展覧会が開かれているんです。
狩野派といえばまず永徳探幽といった名前が飛び込んでくるんですけれども今回のこの展覧会はその永徳と探幽の間をつないでいく絵師の作品群で構成されてるというのがとても興味深いですよね。
どう狩野派というのが受け継がれてきたのか今回一緒に見て頂くのが作家の安部龍太郎さんです。
(一同)よろしくお願いします。
安部さんは長谷川等伯を描いた小説で直木賞を受賞されましたが等伯を語るうえでも狩野派というのは欠かせない…。
もうこれはですね等伯にとっては目の前にそびえる巨大な山脈のようなものだったと思いますね。
というのは初代の正信からですね永徳で4代目ずっと長い間幕府と朝廷の御用絵師を務めたもう名門中の名門なんですね。
いわゆる京都画壇というのをほとんど独占してたような存在ですから。
その存在感を今日は確かめにこれからいろいろお話を伺いたいと思います。
(一同)よろしくお願いします。
会場には桃山から江戸の初めをつないだ絵師たちの作品。
屏風や襖など大画面に描かれた豪華絢爛な世界。
同じ一族でありながら一人一人の絵師の個性が際立ちます。
いずれも狩野派を牽引した絵師たちの中で安部さんがまず注目したのが…。
5代当主…華やかで美しいですよね。
この桜の描き方が繊細ですよね。
奥行きがあって向こうへ向かう遠近法があるからね。
向こうから風がスーッと吹いてきてるような感じはしますよね。
ほんとにすがすがしい気持ちのよい作品ですよね。
柔らかさとか優しさみたいなのを感じますよね。
金の雲が広がる風景。
そこに木々や水辺の岩が静かにたたずんでいます。
豊臣秀頼の命を受けて描かれた桃山時代後期を代表する傑作。
この絵には存亡の危機に立たされた光信の執念が込められています。
狩野派は今からおよそ500年前室町時代の京都に始まります。
初代正信の代表作。
正信は足利将軍家の御用絵師にのぼり詰めた人物です。
中国の故事をもとにした柳の下で舟に乗った文人が蓮をめでる情景。
狩野派の礎を築きました。
その正信から家督を継いだのが長男の元信です。
画面全体に輝く金箔と躍動する自然の命。
きらびやかな大和絵と力強い漢画の世界を融合させそれまでにない絵画を生み出しました。
武家や公家だけでなく町衆からも支持され京都一の人気を博します。
殺到する注文に応えるため元信は多くの弟子を抱え組織化を推し進めました。
その中で重要な役割を担ったのが「粉本」と呼ばれる手本帳です。
これは鳥の描き方を示したもの。
100羽以上の鳥が描かれどこにどの絵の具を使うかまで細かく決められています。
元信はこうして多くの弟子を育て巨大な絵師集団をつくり上げました。
そして時代を席巻する絵師が誕生します。
元信の孫狩野永徳。
幼い頃から才能を発揮しスケールの大きさと力強さを武器に20代にして一門を率いる存在となります。
永徳は元信の画風を受け継ぎながら破格の表現を生み出します。
縦2メートルを超える大画面に描かれた「唐獅子図屏風」。
金の雲間をのし歩く2頭の唐獅子。
何者をも寄せつけない鋭い目。
その毛並みは燃え上がる炎のよう。
永徳は信長そして秀吉の寵愛を一身に受け安土城や大坂城をはじめとする膨大な仕事を受注。
当代一の絵師集団の地位を揺るぎないものにしました。
(雷鳴)しかしあまりの多忙さゆえか永徳は48歳で突然この世を去ります。
その跡を継いだのが長男の光信でした。
秀吉の子鶴松の誕生を祝ったとされる小さな甲冑。
胴の部分は僅か20センチ。
そこに絵を描いたのが光信です。
子宝に恵まれなかった秀吉にとって待望の我が子。
鶴と松には健やかに育ってほしいという願いが込められています。
光信は永徳亡きあとも秀吉との結び付きを絶やさず一門を支えようとしていました。
しかし予期せぬ事態が起こります。
秀吉じきじきの仕事が他の絵師に奪われたのです。
それは新たにのし上がってきた…3歳で亡くなってしまった鶴松を弔う絵に秀吉は等伯を抜擢したのです。
金地に自然を大胆に描く手法は狩野派の真骨頂。
等伯はそこに繊細な趣を加えました。
色づいた紅葉の葉が風にそよぎ散ってゆきます。
幼い我が子を失った秀吉の深い悲しみを表しているのでしょうか。
その思いを癒やすかのように楓の周りには色鮮やかな花が咲き誇っています。
この出来事は棟梁になって間もない光信にとって耐え難い屈辱。
一門は最大の危機に見舞われました。
数年後秀吉が他界。
その直後に光信が描いた肖像画です。
豊臣家の信頼を取り戻したいという切実な思いが凜々しい表情から伝わってきます。
偉大な父永徳の傑作「檜図屏風」。
そこには戦国の世を戦い抜いた秀吉の心をつかむものがありました。
豪快。
そして強靭。
それはまさに戦国という時代が求めた美の形だったのです。
秀吉の持っていたあるいはその前の信長が持っていた気迫みたいなものが永徳の絵に乗り移ったように僕には感じられるわけですよ。
そういうような画風が好まれた。
でも秀吉が亡くなった事によって時代の雰囲気も徐々に変化の兆しを見せ始めたんじゃないかと思うんですね。
荒っぽさからもう少しきれいなものへと変化していくようなちょうどそのせめぎ合いの中で光信が徐々に自分の道っていうのを切り開いていく。
そして生まれた光信の傑作。
秀吉の後継者秀頼の命で描かれました。
父永徳とは対照的な優しい春の情景。
桜の幹を永徳の檜と比べると印象が全く違います。
雲の隙間からのぞく桜の枝。
そこに漂う優美な春の空気。
光信はこの絵で永徳にはない独自のスタイルを模索しました。
「四季花木図」の画面構成というのは非常に奥行きを強調した画面構成なんですね。
柔らかな曲線を持つ細めの樹木を描いてしかも後ろへ後ろへと配していく事によって奥行きを作っていって。
また金雲なんかも細長い金雲を幾重にも重ねていく事によってその樹木の間にこういうふうに入れていく事で奥行きを作っていく非常に個性的な画風を創生したといってもいいんじゃないかなと思います。
一門を襲った大きな危機。
それを乗り越え光信は狩野派の新たな道を切り開きました。
永徳…父である永徳の絵というのは正面で見るとどちらかというと下がっていくというか圧倒されて下がっていく感じが…。
絵が前に前に来ますもんね。
そうですね。
前へ前へですけどね。
ほんとに光信の絵はグーッと中へ中へと引いて引いてというような遠近感が。
そもそもその当時の絵師集団というのは例えば今でいうとどういうチームというか組織というか…。
今絵師っていうとどうしても個人の画家を想像しますけども昔はこうやってお寺さんの絵を何百枚も納めるようなそういう仕事をしてましたから現代でいうとですね建築設計事務所…大手のね。
あるいは芸能プロダクション。
とにかく才能のある人を発掘して…。
発掘して育成し…。
それでたくさんそういう人を抱えてシェアといいましょうか独占をしていくとそういう戦略と戦術みたいなものが現に必要だったわけですよね。
しかもその中に花形の絵師が何人もいてスターがいてあの人の絵が今一番すばらしいよねっていうようなうわさをあるいは評価を勝ち取らないとその集団自体がもたないという両方の側面があったと思いますね。
とはいってもなぜこの光信は優しい柔らかい表現方法へと向かっていったと想像しますか?
(安部)この絵が描かれたのがちょうど関ヶ原の戦いの年。
まだ関ヶ原の合戦の前だと思います。
石田三成派と徳川家康派がどんどん争いが激しくなっていってる時代ですね。
なんとかこれを神仏の力で抑えてもらいたいと。
だから平和な絵を…描いてもらいたいと望んでたんだと思いますね。
単にねそれは秀頼だけの思いではなくて恐らく当時の日本の人たちもうみんな戦争に疲れてしまってるわけですよね。
だんだん世の中の人たちが平和と繁栄っていうものを望むようになってきたそういう時代の作品だと思いますね。
狩野派の絵を読み解いていくと当時のその社会情勢までも感じれる事ができるという事ですね。
訪れたのは狩野派の子孫…狩野さんはガラス造形作家として活躍。
素材を生かし宇宙や生命の輝きを表現しています。
ここに狩野さんが心を惹かれているある絵師の大作が収められています。
光信が亡くなったあと江戸という新たな時代に生きた…
(狩野)なんか自分の心の中を見透かされてるようなものすごい気迫ですよね。
この龍ににらまれてるようでもありまたなんかこう自分を見てるようでもあり不思議な感じがしますよね。
これってこうとても立体的に見えますよね。
今でいう3Dっていうかほんとに大気の中からこう龍が現れてくるっていうか。
直径12メートル。
天空から舞い降りた巨大な龍。
探幽は13歳の時2代将軍徳川秀忠の前で絵を描き祖父永徳の生まれ変わりと絶賛されました。
永徳と並び立つもう一人の天才。
その絵は狩野派の歴史を一変させるものでした。
徳川の世が始まろうとする時代。
探幽は光信の弟の長男として生まれました。
16歳で江戸に招かれ幕府の御用絵師となります。
そして狩野派は江戸に拠点を移す事になったのです。
25歳の時3代将軍家光の命を受け空前の大事業に挑みます。
京都二条城の御殿を飾るおよそ1,000枚もの障壁画です。
中でも将軍と諸大名が対面する格式の高い大広間を飾ったのがこの大作。
金地の大画面に描かれた松の巨木が将軍の圧倒的な権威を表しています。
そしてどこまでも繊細に描かれた松の葉。
今にも動きだしそうな孔雀。
それまでの狩野派の絵と大きく異なるのは松が横へ横へと伸びきれいに枠の中に収まっている姿。
永徳の木が画面を突き破るような激しさはなく天下太平を求める徳川の時代を映し出しているかのようです。
更にもう一つ探幽の挑戦が秘められています。
それはこの何も描かれていない空間。
その挑戦を全面に打ち出した作品。
墨の濃淡で描かれた梅の木。
冬雪が降り積もっています。
凍えるような空気。
重い雪に耐える老木。
小さな花を咲かせる枝をたどっていくと…。
その先には…。
羽ばたく一羽の鳥。
周りを覆う大胆な余白。
全体に広がる余白。
そこに秘めた探幽の新たな表現とは。
描かない事によってその見る人がそこに何かこう思いを寄せたり感じたりできるような。
それが完成っていう事になるんじゃないのかな。
余白という事はその空気緊張感もあれば何か温かさもあるし物悲しさもあるし。
それをこの空間の中にふんだんにこう盛り込んだっていうのかな。
それはやっぱ探幽の偉業だと僕は思うんですよね。
これは探幽が富士を描いた写生です。
狩野さんは探幽の余白の境地は実際の風景を写生する中から生み出されたと考えています。
戦が終わり人々がようやく平和を手にした時代。
探幽は自然を見つめました。
小さな花びらの一枚一枚。
一つの花をあらゆる角度から観察し色や形を捉えようとしています。
命のありようを見るっていうかそれに集約されると思うんですよね。
それは感じるという事にもなるし聞くという事にもなるしまたは匂いを嗅ぐという事もあるだろうし五感で五感を使って…見たんだろうね。
探幽の絵には全てそれが表れてると思いますよね。
五感でつかんだ余白の美。
その到達点とも言われる屏風があります。
描かれているのは春から夏秋冬と四季の巡りとともに姿を変える4本の松。
背景には金の余白が広がっています。
春。
まだ幹の細い松が若々しく上へと伸びていきます。
夏。
どっしりと成長した松。
水流に目を誘われていくと…。
紅葉した蔦が絡まる秋の松。
間もなくやって来る冬を前に深みのある赤をまとっています。
そして冬。
雪の重みにじっと耐える年老いた松。
余白に漂う詩情。
そこには見る者の人生が映し出されているのかもしれません。
余白の美の原点とも言える二条城の大障壁画。
安部さんはこの絵に狩野派の巧みな戦略も見て取れると言います。
(安部)この松もすごいんですがこの孔雀ですよね。
探幽が心血を注いで描いてるこの孔雀の羽のこのこまやかな線。
羽。
すごく細かく…。
すごい。
もうこれ毛そのものですね。
(安部)うん。
わあ…。
(安部)片足で凜と立ってるこの姿の良さ。
これがですね実をいうと遠くから見るとこっちに伸びる松の枝とバランスを取ってるんですよね。
この孔雀がいる事で調和がまさにされていると。
で実はねこれが描かれたのが二条城。
寛永3年の後水尾天皇の行幸を仰ぐために建てた御殿の襖絵ですからね。
僕はそれが…後水尾天皇を描いたのがこの孔雀がそれじゃないかなと思ってるんですね。
つまり日本にとってですねこの大樹っていうのは将軍の事ですから。
ああじゃあまさに…。
(安部)ええ。
この大樹が将軍で実はこの優雅な表情をした孔雀が後水尾天皇の事であると。
その両者が調和を保って新しい日本をつくっていく姿が一番理想的なんだっていうような事をですねこの絵の中にメッセージとして探幽は込めてるんだと思うんです。
そういった事を25歳で探幽はやってのけてるわけですよね。
そうですよね。
まさに狩野派というでっかい土台とですね才能養成システムですか。
あともう一つは絵とは何であるか。
つまり日本の文化日本の政治を背負っていくものなわけですから。
狩野派が培ってきたものは。
だから非常に権力と深く結び付いてる分権力の本質とは何かという事まで勉強してたと思いますね。
探幽と共にその拠点を江戸へと移した狩野派。
しかし同じ時代一門の中にあえて京都に残った絵師たちがいました。
江戸の本家に対して「京狩野」と呼ばれた絵師たち。
その集団を率いたのが狩野山楽。
もとは近江の武士の家に生まれながら永徳のもとで絵を学び後に養子となった人物です。
山楽は永徳の最も厚い信頼を受けた一番弟子でした。
永徳の傑作「唐獅子図」に倣ったこの作品は永徳の真髄を学び取ろうという山楽の強い意志を感じさせます。
山楽が永徳から受け継いだDNAとは一体どんなものだったのか。
それを語る言葉があります。
永徳が亡くなる間際に描いたとされる「檜図屏風」。
檜の大木がまるで生き物のようにうねるその姿から現実離れした奇怪な様「怪怪奇奇」と評されるようになりました。
山楽はその精神を受け継ぎながら独自の画風へと進化させていきます。
牡丹の花は風に乗って香りが漂ってきそうなほど。
不思議なのは岩です。
不自然なぐらい垂直な線で描いています。
自然の息吹にあふれた花とまるで人工のオブジェのような岩。
山楽独自の「怪怪奇奇」。
京狩野の絵にインスピレーションを受けるという人がいます。
気鋭の画家…炎で焦がした板に鳥のシルエットを描いた作品。
岡村さんは京狩野の絵には現代美術にも通じる自由な精神がかいま見えると言います。
永徳の持っていたあの…どこまでも力ずくで鋭角にねじ伏せてくるような絵ではなくてもっとこう日常的な楽しさとか形の面白さをあえてつくっていっているというのはちょっと憎い感じ。
そういうのを山楽の絵にはもう端々にそこら辺を感じる。
山楽が継承した永徳の精神は更に次の世代へと受け継がれ進化を遂げます。
16歳で山楽の弟子となった狩野山雪。
梅の幹は永徳の「檜図」の異様さを彷彿とさせます。
岩の上にとまる一羽の鳥。
羽根の一枚一枚。
その柔らかさまで伝わってきます。
山雪の手で濃密に凝縮された自然界のエネルギー。
ずっと培っていた伝統的な価値観の継承みたいなのがあるような気がするんだけれども山雪以降のものというのはやっぱりそこを一線を踏み越えちゃってるようなところがあって山雪の樹木のフォルムというのは完全に頭で脳みそでつくってしまった部分がある。
人間が考えたものをリアルにすればするほどなんかものすごいシュールになっていくじゃない?そういう絵ってあるでしょ現代に。
そういったものに近いものなんだよね。
江戸の狩野派が成功を収める陰でひっそりと守られた永徳のDNA。
その美は力強い潮流となって脈々と現代に受け継がれているのです。
安部さんあの…。
職人でもあり職人集団絵師の集団というだったからこそなしえた事というのは何だと思われますか?いやそれはやっぱりですねこの芸の継承。
それからそれを発展させるための人材の育成。
それを徹底してやれたっていう事だと思いますね。
実はね狩野探幽の弟の安信っていうのがいますね。
彼が1680年に「画道要訣」という狩野派絵師心得みたいなものを書いてるんです。
その中でね家の芸を守って発展する絵師と才能に任せて描く絵師がどちらが尊いかっていう設問をしてるんです。
それで答えは「家の芸を守って発展させていく絵師の方が尊いんだ。
大事なんだ。
才能に任せて描く絵師は一代限りで終わってしまう」というような事を書いてるんですね。
これがね狩野派のまさに象徴する言葉だと僕は思います。
それこそ今現代までつながるその日本美術って狩野派がいてくれたからこそ豊かになったって言い切ってもほんとに大げさじゃないんだろうなって思うんですよね。
あのやっぱり光信…それから探幽山楽そういう人たちがね狩野派の土台の上に新たな花を咲かせてるなっていうのがねよく分かりましたね。
時代の要請なんですね。
あのやっぱり信長の時代から秀吉の時代家康の時代そして元和偃武があって家光の時代と。
こう時代はですね僅かその70年80年ぐらいの間に目まぐるしく変わる。
絵の注文主の好みもどんどん変わっていくわけですから。
そうしたらそれに応える実力と人材を狩野派の中で持っておかなくちゃいけないっていう事に対するプレッシャーといいましょうかねそれは大変なものだったと思いますね。
なんとなくねここに展示してあるものを見るとちょっと涙ぐましい感じがする。
いやそうですよね。
2015/05/10(日) 20:00〜20:45
NHKEテレ1大阪
日曜美術館「狩野派 革新がつむいだ400年の美」[字][再]
信長や秀吉など時の権力者に仕え日本美術の頂点に君臨し続けた「狩野派」。その歴史は、後継者が先代を超える“革新の連続”によって築かれた。400年の系譜を読み解く。
詳細情報
番組内容
400年に渡り日本美術の頂点に君臨した絵師集団「狩野派」。京都御所や大阪城など、最高の絵が求められる多くの場所に狩野派が関わっている。背景には、時代の空気を鋭敏に読み、先人が築いた美の基準を超えようとする、絵師たちの生き残りをかけた執念があった。京都国立博物館で開かれている大規模な狩野派展を舞台に、光信や探幽など、絵師たちの革新の物語に迫る。ゲストは「等伯」で直木賞を授賞した安部龍太郎さん。
出演者
【出演】作家…安部龍太郎,【司会】井浦新,伊東敏恵
ジャンル :
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
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