嵐山です。
春は桜秋は紅葉。
嵐山はいつもにぎわっていますね。
いや〜なかなか普通こういう音って味わえへんやん。
そうやな。
里のにぎわいに背を向け北へ。
山の方へ。
ほらほらああいう所にしか見えてないねん。
知る人ぞ知る不思議な場所があるんです。
浄土宗のお寺直指庵。
本堂には机が一つ。
机の上で「想い出草」というノートが来た人に語りかけています。
ここで人は心の声に耳を澄まし胸の内をつづっていくのです。
「今私は何をしているのでしょう。
何の目的のために生きているのでしょう」。
「どうやって死んだら楽か」。
「結婚したいと言ってくれたあなたがいるのにあなたの親友を好きになってしまった。
本当にありがとう。
そしてごめんなさい」。
「姉さんへあなたともっと話がしたかった。
もっと想い出を作りたかった。
僕は後悔しています」。
「想い出草ノート」は自然に増えていきました。
今やその数は5,000冊を超えます。
一人一人が刻みつけるように記していった苦しみ悲しみ。
思いの丈をしたためる営みは50年以上続いています。
京都・北嵯峨直指庵。
人々はなぜここに引き寄せられるんでしょう。
(せみの鳴き声)一日に大体10人くらいでしょうか。
せみしぐれの直指庵を毎日人が訪ねてきていました。
直指庵は370年前江戸時代に小さな庵として建てられたのが始まりです。
幕末に浄土宗の寺院になりました。
訪れた人が手を伸ばすのは「想い出草ノート」。
3冊置いてあって誰でも読んだり書いたりする事ができます。
金曜日の昼下がり。
「都会に住み家と仕事場との往復の毎日。
慣れない環境で残業ばかり。
正直だいぶしんどいです。
本当はもっと楽しく仕事がしたいのに」。
「仕事を始めて半年が経ちます。
毎日緊張緊張…。
まだまだ未熟な自分を日々思い知らされています」。
今度は男性と女性。
そやね。
あこっち?小走りでやって来た男性。
「どこで何が自分をここまでにしてしまったのかを考えてみるとやはり『心』が弱い人だなとつくづく思いもっと強くならないと。
『心の強い人になりなさい』。
母に言われた事を思い出しこの一人旅がおわるころには答えを出せるようになっているだろうか」。
ありがとうございます。
口コミで来たという人たまたま立ち寄った人。
最近はインターネットで知ったという人も結構増えました。
50年以上書き継がれた5,000冊の「想い出草ノート」。
始まったのは日本が好景気に沸く昭和30年代後半。
境内での落書き防止のために置かれたのがきっかけでした。
当初は記帳用の帳面に名前だけ。
次第にあふれ出た言葉が余白につづられるようになりました。
最初に自らの悩みを書き始めたのは高度経済成長を推し進めていた大人たちでした。
昭和50年代になると「嵯峨野ブーム」が巻き起こり直指庵に多くの女性が押し寄せました。
すると身を焦がすような恋愛の悩みがページを埋め尽くしました。
時代が平成に変わるとノートの言葉も社会の姿を映しながら複雑な背景を語りだします。
平成不況。
リストラ。
90年代には自殺率が驚くほど上昇しました。
しかし悩む言葉は変わってもその内容の深刻さはどの時代も変わりません。
自らの人生を否定するような反省や命懸けの叫びに似た悲痛な言葉も少なくありません。
直指庵の優しい静寂が人を正直にさせるようです。
強く明るく生きる忙しい日々から距離をとり弱く悲しい自分を見つめる。
そんな時間を求めたい人がここに集まってきます。
直指庵には一年を通じて途切れる事なく人が訪れます。
中でも秋は一番人出の多い季節です。
本堂は人でいっぱいになりました。
でもみんな大きな音を立てないようにしながらじっと紅葉に思いを寄せていました。
長い間ぼんやりとしている女性がいました。
・「ハッピーバースデートゥーユーハッピーバースデートゥーユー」・「ハッピーバースデーディアママハッピーバースデートゥーユー」おめでとう。
ありがとう。
はいさようなら。
ありがとうございました。
何でねずみなの?分かんない。
ママバスタオルとか上?乾いてないかも。
後でいいや。
ノートを読みふける女性たちがいました。
女性が書いた「想い出草ノート」。
たった一行でした。
(鈴の音)買い物もね行ってくれて。
「食パン買ってきて」って言うたら食パンの持ち方がね面白かったんですよ。
上にひゅっと持って帰ってくるもんで。
上を持ってこうやって持って帰ってきた。
それが印象的ですね。
・「ふたつの物語」・「縦の糸はあなた横の糸は私」ひと言しか書かない人もいます。
何ページも筆が止まらない人もいます。
でも文章がどうであれここに来た人同士その思いは伝わるようです。
人の思いに背中を押されるようにペンを握る人もいます。
「これから先どんな人生がまってるのか不安でたまりません。
また次子供がさずかれば亡くなった子供の分までかわいがってあげたいです」。
前向きにな生きていくために。
どうもありがとうございました。
紅葉に背を向けて一心にペンを走らせる女性がいました。
女性は人生の節目ごとにノートをつづってきました。
「日常生活で頭を抱えることが多くなった。
ここできりかえてまた一歩進もうと思う」。
(弥生)はっきり分かんない?だからここに書いてあるの。
恥ずかしいね。
こんにちは。
寒いですねえ。
そこ大丈夫。
そうかな。
あったかくしてちゃんと過ごして下さいよ。
ありがとうございますどうも。
失礼いたします。
さっきのおねえさんというかマネージャーさんも忘れるのはしかたがない事よって言ってたやん。
ああそう?年取ったら誰でも忘れるのよって。
これ以上ひどくならんようにね頑張りましょう。
もうすぐお昼だから。
どうぞ。
はいご苦労さま。
ご苦労さまでした。
(母)行ってくるね。
(弥生)いってらっしゃい。
(介護スタッフ)いってまいります。
すいません。
お願いします。
何度も繰り返しノートを書きに来る人は少なくありません。
中には未熟で弱かった過去の自分に会いに来る人もいます。
「40年ぶりに直指庵に来ました。
当時は学生でしたが今日は妻と二人です。
今年退職を迎えるので記念としてぜひ家内を連れて来たかったのです」。
誰だって頑張っています。
でも一方で人は無力です。
不慮の事故に遭う事もあるし病気にもかかります。
昔中世の日本には災難に遭った人や社会で生きづらくなった人が訪ねる無縁所と呼ばれるお寺がたくさんあったそうです。
現代を生きる大人たちは生き直すきっかけを得るために直指庵にやって来るのかもしれません。
(友人)あきれいに上手にこれ。
(佳代)え?
(友人)さっきの洗濯物さ等間隔に上手に干してあってきちょうめんな人なんやろな。
(佳代)だって色とか決めてなんかする人もおるよ。
濃い色薄い色っていって。
すごいね。
私本当に自分がもし自分の息子が亡くなったとしたら絶対佳代ちゃんもきっとそうやと思うんやけど一年一年たってってもそれが癒えてくっていう事はないと思うんやんかな。
余計に…。
あのな日がたつごとによって濃くなってく悲しみが濃くなる。
だけどあんなに一生懸命すごく生きてる姿を見ると。
生きてる姿?どんなや?
(友人)ほんとすごいなあっていつも感心しとる。
でもね弱い部分もあるんやよ。
やっぱり見せやんけどあるの。
(友人)あるあるあるなあ。
「2015年3月25日今日はあなたの27回目の誕生日。
あなたの生まれた時のことよく覚えているよ。
予定日より3週間も早くて病院の先生が保育器を準備してくれたけど結局いらなかったね。
元気に生まれてくれてありがとう。
でももうあなたは違う世界に逝ってしまった」。
「いろいろ考えると涙が止まらない。
あの日からもう6年半家族や友達みんなあなたの事忘れていないよ。
忘れないよ。
心の中でずっと生き続けているからね。
親子として巡り逢えたこと本当に感謝しているよ。
想い出をありがとう」。
なかなか普通こういう音って味わえへんやん。
そうやな。
毎年来てたんか?うん毎年来てた。
春だったり秋だったり冬もある。
冬はねいいよ〜。
(母)道具やらみんなこっち運んだんか?
(弥生)もうとっくに。
去年の8月。
忘れてる?
(母)忘れてる。
もうだいぶん悪いな。
(弥生)ほんなね電気消してね。
(母)そしたらあんた道具もみんな運んだよな?
(弥生)全部運んだってば。
頼むわ。
(母)そればっかり心配してたわ。
(弥生)これ何回も言うてんねんで。
引っ越し終わったでっていうのは。
(母)そうか〜。
(弥生)何百回も言うてる。
(母)もう聞かん!
(弥生)おやすみ〜。
(母)はいありがとう。
こんな親やけど頼むな。
(弥生)分かったよ〜。
去年の一番しんどかった時はここ来てさあ頑張るぞって帰って帰ったらまた打ちのめされて…みたいな。
打ちのめされとったもん。
なあ。
思いっきり打ちのめされて現実は甘くないなって。
だからねいろんな自分が出てくるんよここは。
いい自分と悪魔の自分と自分同士が心の中で「そうじゃないやろ?」「いや違うやろ?」「いやいやそんな生ぬるい事何体裁ぶって言うてるの?」とかね。
そのくせいやでも「それが実のお母さんに対する気持ちなん?」とかねそういう自分の中で格闘が生まれてくるねんここにいると。
でも自分一人で大きくなったわけじゃないんだからって…。
いろんな事を思えるねん。
「半年ぶりにまた来れました。
母と同居ししんどかった時期も少しは慣れいろんなことを考えた日々でした。
今日は弟夫婦と共に直指庵に来れ改めて頑張ろうと思う」。
誰もがいろんな自分を持っているとすればそこに「悲しい自分」がいるのは自然です。
人は悲しい自分と向き合う事で幸せの正体に気付くのかもしれませんよ。
とにかく季節がどれほど巡っても直指庵を訪ねる人は途絶えそうにありませんね。
2015/05/09(土) 00:00〜01:00
NHKEテレ1大阪
ETV特集「生きると決める 何度でも〜京都・大人たちの想い出草ノート〜」[字][再]
観光客であふれる嵐山から約3キロ、人里離れた竹林にある直指庵。そこには悩みを抱えた人が集い、ノートに告白していく。京都の四季と訪れる人々の人間模様を見つめた。
詳細情報
番組内容
観光客であふれる京都・嵐山の渡月橋から約3キロ。人里離れた竹林にある直指庵。ここには全国から一風変わった人々が訪れる。寂しげなひとり旅の女性。深刻な面持ちの恋人同士。絶望的な表情をしたスーツの男性。彼らの目当ては、本堂に置かれた「想い出草ノート」。苦しい胸の内や本音の悩みをつづっていく。ノートが置かれるようになって50年以上、その数5000冊にのぼる。京都の四季と直指庵にみえる人間模様を見つめた。
出演者
【語り】小泉今日子
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ドキュメンタリー/教養 – 文学・文芸
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