アメリカハリウッド。
映画の都として誕生してからおよそ1世紀。
サイレント映画に始まり最新の3Dまで途方もない数の作品が生み出されてきました。
そのハリウッドから目と鼻の先。
ロサンゼルスのダウンタウンに私たちが通う南カリフォルニア大学があります。
アメリカ西海岸で最も古い歴史を持つ私立大学です。
この大学で全米一のレベルと実績を誇るのが…卒業生は監督カメラマン脚本家プロデューサーなど映画産業に進みます。
キャンパスにはジョージ・ルーカスやスティーブン・スピルバーグロバート・ゼメキスなどこの大学出身の巨匠たちが寄付した校舎が建ち並びます。
映画製作を目指す私たちに一から基礎を教えてくれるのが…「ハリウッドの生き字引」と言われるキャスパー教授が脚本映像表現などさまざまな切り口から映画を分析。
プロのまなざしで映画を見る方法を役者顔負けのパフォーマンスで楽しく教えてくれます。
今回教授は学生だけでなく映画産業を目指す人実際に携わっている人に向けて全5回の特別講義を用意しました。
5つの切り口から名作映画に潜むテクニックを読み解いていきます。
映画と最初に出会った時から私はその魔法のような力に取りつかれています。
映画は私に世界や人間の在り方を教えてくれました。
この講義を通して1本の映画からこれまでと比べ物にならないくらいたくさんの事を得られるようになってほしい。
これまで見過ごしてきた意味や意図に気付き映画に深くのめりこんでいく事ができるはずです。
ハリウッド映画の「光」と「色」のテクニックに迫ります。
(拍手)さあ今日も始めよう。
第2回の講義で取り上げるテーマは映画の…「ビジュアルデザイン」とは何だろうか?それは実にいろいろな要素を含んでいる。
例えば衣装やアクセサリー。
髪形やメークもそうだ。
こうした美術的な装飾全てが映画の中で何らかの意味付けの役割を果たしている。
大道具などの装置もビジュアルデザインの重要な要素だ。
セットや建物壁家具ソファー椅子絨毯などなどだ。
スタジオセットの場合もあれば屋外のロケ地でのものもある。
あるいはCGを組み合わせて合成する事も可能だ。
さあ今回の講義でも3本の映画を取り上げ詳しく分析していく。
最初の2本はスタジオ撮影のお手本とも言える古典だ。
「マイレージ、マイライフ」は2009年に公開され私のお気に入りの映画の一つだ。
いずれの作品もビジュアルデザインがとても効果的に使われている。
ビジュアルデザインにおいて重要な事は何か。
それは…「撮影」というギリシャ語を元にした言葉に込められている。
「フォトグラフィー」という言葉の響きもいいがその語源を知って私はとてもうれしくなった。
映画のビジュアルデザインにおける重要な要素をこの言葉から学ぶ事ができるからだ。
「フォトス」と「グラファイン」という2つのギリシャ語で出来ている。
フォトスは名詞でグラファインは動詞。
「フォトス・グラファイン」これが「撮影」という言葉の語源だが誰か意味を知ってる人はいるかい?驚いた!知ってるのかい?私ギリシャ人なんです。
ギリシャ人なの!?本当に?こんな偶然ってあるかい?仕込みじゃないよね?違います。
お名前は?マリアです。
ではこの言葉の意味を教えて。
フォトスは「光」でそれで「書く」という意味です。
そう実に美しい言葉だと思わないか?「光で書く」。
カメラマンもそう呼ばれるべきだね。
「光で書く人」。
それが彼らの仕事なんだ。
カメラマンは光を使って映像に何らかの意味を書き加えている。
そして観客はそこに注目しなくてはいけない。
ではマリア。
ふだんの生活でも光はとっても大切だよね?例えばよく晴れた日太陽がさんさんと降り注いでいる。
どんな気分だい?とてもいい気持ちになります。
ではどんよりした日は?空は灰色でとても暗い。
気分は?少し憂鬱であまり幸せな気分はしません。
そうだね。
光は生活の中で重要だ。
人々の感情や気分を大きく左右する。
だからこそ映画でも「照明」が重要になってくる。
例えばレストラン。
君が好きな男性と食事に出かけるとしよう。
どんな照明のレストランがいいだろうか?どんな明かり?ほんのりとした明かり。
それは具体的にはどういうものかな?例えばロウソク明かりとか…。
ロウソク!そうだ!レストランの照明はロウソクが一番だ!蛍光灯でこうこうと照らされてるようなレストランは嫌だよね?はい。
それじゃあロマンチックじゃないからだ。
ロウソクの方が光が優しく雰囲気がある。
さてハリウッドでは初期の頃から照明の役割が重視されてきた。
まずは簡単にハリウッドの歴史のおさらいをしてみよう。
最初の時代は全ての映画館に音響設備が行き渡る1929年までだ。
トーキー映画が登場するのは1927年だ。
この時期を「サイレント映画の時代」と呼ぶ。
次は1929年から45年までの「古典期」。
この時代に映画の様式は完成したと言える。
その次は1946年から62年までの「ポスト古典期」。
つまり戦後ハリウッドの時代だ。
このころには古典的な様式が廃れ始め映画製作は実験的な時代を迎える。
次の1963年から76年は「変革期」だ。
懐古趣味や逆に革命的な作品が登場しこれまでの様式が完全に解体されてしまう。
そして1977年から現在に至るのが「ポストモダン期」。
それ以前の映画の系譜を受け継ぎながらもテクノロジーとか商業面から新たな要素が加わる。
さてハリウッドではその初期から「三点照明」を基本にし今も応用を加えながら使われ続けている。
名前のとおり3つのライトを使う。
まずは「キーライト」。
シーンの中心となる人物や被写体に向けて正面方向から光を当てる。
このキーライトが中心的な光源となる。
2つ目は「フィルライト」と呼ばれる。
その役割はキーライトを補助する事だ。
通常はキーライトから90度の角度から当てられる。
キーライトの光が届かない部分に光を補う事が目的だ。
それによってキーライトが作る陰影の強さを和らげたり被写体のディテールが分かるようにする。
画面のバランスを取る役割とも言えるだろう。
3つ目は「バックライト」だ。
名前のとおり画面の中の人物や物体の背後から光を当てる。
光はその向きによって与える意味や心理的効果が一変するのでとても面白い。
具体的に見てみよう。
マリアちょっと前に来て。
これからマリアの顔にいろんな照明を当てるつもりで見てほしい。
例えばクローズアップを撮りたいとする。
映画ではクローズアップのシーンがとても多い。
役者はセリフを言わず動きもなくただ顔のアップだけで表現する。
それは映画のクライマックスでも使われる。
そのような撮影ではマリアの顔に照明を当てる必要がある。
例えば照明の大半がマリアの背後から当てられていると想定しよう。
もちろんフィルライトも使うのでディテールは失われない。
どんなふうに見えるだろうか?逆光が支配的になるとマリアの顔はどんな印象に見えるだろうか?光の大半はこの方向から来る。
すると顔はどうなる?では君。
逆光によって覆われるので天使のような顔に見えます。
天使のような顔。
すばらしい答えだ。
キリストや聖母の絵を思い浮かべてほしい。
頭の周りに後光がさしているだろう?大げさに言えばそういう事だ。
他に逆光がもたらす効果は?後ろの席エヴァンだね?顔が影に覆われます。
いや〜それはフィルライトで防いでいる。
フィルライトで前からも照らす。
他にないかな?はい君。
顔を柔らかく若く見せたりします。
そう彼女の顔はとてもとても美しく見えるようになる。
逆光を使う事でそのような効果もある。
他にはどうだろうか?はい。
彼女を背景から切り離します。
そうだそのとおりだ。
彼女を背景から切り離す。
そして立体感も強調できる。
では逆光を絵画に用いて立体的に表現した有名な画家を知ってるかい?こうした照明の使い方をその画家の名前で呼ぶ事もある。
レンブラント・ライティングです。
レンブラント。
正解だ。
よしではもう一度エヴァンに質問だ。
照明が下から上に向けて当たっているとしよう。
フィルライトも使うが光の大半は下から当てる。
するとマリアの顔はどう見えるだろうか?目のくぼみが影になります。
不気味な顔になるね。
ホラー映画の常套手段だ。
照明を下からあおる。
その方が怖く見えるからね。
では横からの光は?光をこっちやこっちだけから当てる。
どういう効果があるだろうか?アンディ。
顔の半分が影になります。
そうだ。
片側だけから光を当てると顔が分断され不安定に見える。
ではキーライトはそのままにしてこっち側からフィルライトを当てると今度はどうなる?それでも明るい側が強調されると思うのですが…。
というよりも顔の特徴全てが見えるようになるんだ。
鼻や頬骨骨格のディテールがはっきりする。
アンディ更に質問だ。
照明の大半が真正面から彼女の顔に当たるとどうなる?彼女の正面から強い光を当てるとどう見える?ぼやけます。
そう顔のディテールがぼやけてくる。
そして照明がここにあると彼女の顔は若く見えるようになる。
ではマリア顔を貸してくれてありがとう。
このように照明の向き一つで与えられる効果はさまざまに変わってくる。
これに加え撮影では光の「量」にも気を付ける必要がある。
照明の強さやコントラストの度合いという事だ。
例えばキーライトを強くしてフィルライトは全く使わないとする。
すると画面に強いコントラストが生まれ光と影がくっきり分かれる。
逆にフィルライトだけを使ってキーライトをほとんど使わないと画面全体がほの暗くなる。
そうした照明を監督が必要とする場合もある。
あるいは監督は通常よりも光を強くして画面にとげとげしい感じを加える事もある。
ではもう一度マリア。
例えば君が恋人と散歩をするとしたらどの時間帯は避けるべきだろうか?え〜と…。
光がきつく細かい欠点が見えてしまうような時間帯はいつだろうか?お昼です。
そう。
どんなに好きでも真っ昼間の散歩は絶対にやめた方がいい。
恋人を散歩に誘ってもいい時間帯は2つだけだ。
いつだろうか?朝太陽が昇る時と…。
朝日が昇る直前だ。
まさに昇ろうとしている時。
その時間帯は空に光が反射して君は間接光に照らされるんだ。
直射光ではなくてね。
もう一つの時間帯は?太陽が沈む時です。
特別に正確な時間を教えてあげよう。
君には幸せになってほしいんだ。
日が沈んでからの25分間だ。
その時間に彼を散歩に誘うんだ。
太陽はもう沈んでいるがその反射光がたくさん残っていて君は柔らかな光に包まれる。
その時間が勝負だ。
では今日の最初の映画分析をしよう。
「カサブランカ」だ。
見てもらうのはリックのかつての恋人イルザが夫と一緒にリックのカフェーで話すシーン。
リックはイルザが結婚していた事を知らなかった。
しばらく何気ない会話を交わしたあと夫婦はリックと別れカフェーにリックだけが残される。
リックを演じるのはもちろんハンフリー・ボガート。
イルザはイングリッド・バーグマン。
彼女の夫ラズロはポール・ヘンリードが演じている。
ここでは何よりも光の向きや量に注目して見てほしい。
シーンの最初はどうで最後はどうなるか。
照明がどんな役割を果たし何を伝えようとしているか考えながら見てほしい。
照明がストーリーの全てを物語っている。
このシーンではセリフは少なく目立った動きもない。
人物がただ立ったり歩いたり座るだけだ。
にもかかわらずさまざまな感情や意味が光で表現され伝わってくる。
では照明について気付いた事を説明してほしい。
ラッセル。
ラズロとイングリッド・バーグマンが店の外に出たシーンで彼女がうそをついた時ちょうど影の中に入っていきました。
彼女は実はパリでリックと頻繁に会っていたんです。
だから彼女が夫にうそをついているのが影で表現されています。
そう。
彼女はうそをついている。
隠し事をしているから彼女の周りは暗闇で包まれた。
「何か隠している」という演出だ。
よく気付いたね。
では他には何が光で表現されているだろうか?最後のシーンでボガートがふさぎ込んでいる様子です。
そう。
あのシーンでフィルライトが使われていない事に気付いたかな?彼の顔はどうなってた?顔の半分が影になってました。
その意図は?彼女と一緒の時は顔が全部見えていたのにそのあとは彼の顔の半分にしか照明を当てていない。
なぜ?彼は一部だけしか見せていない。
何を意味しているのか?彼は分断され何かが欠けているんじゃないのか?傷ついています。
そう傷ついている。
心が欠けているんだ。
他には?まず最初にカフェーの中の世界があった。
そしてカフェーの外の通り。
そして彼が一人きりのシーン。
照明はどうなっていっただろう?
(ダン)光が少なくなっていきました。
そうそれで?まさに彼の人生の光が失われたというか。
つまり?彼は孤独です。
そう!心理的な意味はそのとおりだ。
でも視覚的には世界はどうなっていっただろう?小さくなりました。
そう小さくなっていった。
世界がどんどん小さくなっていったんだ。
深い悲しみに襲われた時人は実際にそういう感覚になるんじゃないだろうか。
閉じ込められた気分になり辺りが暗くなったように感じたり。
では影が最初に印象的に登場したのはどこ?カフェーの外で彼女と夫にライトが当たって…。
いやその前だ。
誰か気付いた人は?確かにそのシーンもそうなんだがでもカフェーの中でも明るい光の中に特徴的な影がなかったかい?リックが立ち上がって話すシーンを思い出してほしい。
彼の背景の照明に何か気が付いた事は?誰か。
エヴァン?壁に飛行機の影が映ってましたか?いや〜飛行機じゃないんだ。
唐草模様のような影があるんだ。
そのような背景で話すと話に重みが感じられないんだ。
背景がセリフの邪魔をする。
それがマイケル・カーティス監督とカメラマンのねらいだ。
リックの威厳を損なっているんだ。
あのような照明の前では威厳のある会話ができない。
重みが感じられないんだ。
それは観客の視線が発言者ではなく背景の影に惹きつけられるからだ。
映画のビジュアルデザインのもう一つの要素は「色」だ。
色。
周りを見回して。
この部屋も色だらけだ。
ではどのように色を使うのか?映画の装飾要素としてどうすれば芸術的に色を使えるのか?一つにはロケ撮影であろうとスタジオであろうとやたらとたくさんの色を使うのはよくない。
観客の目があちこちに向いてしまうからだ。
どの色を使うべきかよく選ぶ必要がある。
色は選ぶだけでなくその順番も決める必要がある。
色は「選んで並べる」という事だ。
もし君が感じたり考えたりした事が君が選んだ色を通してあるいは君が選んだ色の順番を通して見る人の心に通じればそれはまさに芸術の始まりだと言えよう。
自分の思いが色を通して他の人の心に伝わったからだ。
思いを伝えるのは難しい事だ。
現実の人間関係でも「愛している」あるいは「愛していない」という事を伝えるのは難しい。
自分と相手は全く別の存在だからだ。
どうすれば自分の心や頭の中にあるものを他人の心や頭の中に届ける事ができるのか。
それは言葉では難しいが芸術の方がまだ可能かもしれない。
さてそういう気持ちで色や順序を選ぶとしよう。
色を使う時はなるべく「コントラスト・対比」を作り出すべきだ。
対比や衝突はドラマチックだ。
監督もカメラマンも画面上で対立や衝突が生まれる度に観客の目がそちらに向く事を知っている。
観客はそこに意識を引き寄せられる。
では実際に試してみるとしよう。
誰かにこの教室の中から3人の生徒を着ている服の色を見て選んでほしい。
彼らを横1列に並べてそしてこれは君の映画の最初のシーンだとしよう。
3人とも無名の俳優で誰も彼らの事を知らない。
セリフもないし演技もない。
ただ3人が並んでいるだけだ。
でも君は監督やカメラマンとしてその中で誰が一番重要な人物かを色だけで観客に伝えなくてはならない。
彼こそが君の映画の主役だ。
そうやって色で伝えられる人はいるかい?挑戦したい人は?
(ダン)やります。
よしダン立って。
まず3人選んで。
じゃあ後ろの紫のシャツの人とそれから彼と…。
それからヘッドバンドをしている前の女性。
3人選んだね。
よし。
では全員前に。
こっちに立って。
ダンこれでいいか?
(ダン)はいそれでいいです。
気を付けてほしいのは色以外の要素は考えないという事だ。
身長は関係ない。
男性が1人で女性が2人という事も関係ない。
そういう事じゃない。
ただ色だけだ。
では君の主役は誰だろう?はい紫の女性です。
なぜ?彼女には色のコントラストがあるので目立っているからです。
それは変だな。
みんなはどう思う?紫は強い色だから…。
ダンちょっと待って。
紫と青の間には大したコントラストはない。
ドラマチックではない。
そうだろ?それに比べると…ちょっとこれ脱いでくれるかな?こちらの白と青の間には大きなコントラストがある。
ここには対比がある。
そして彼。
グレーと紫。
多少のコントラストはある。
それほどでもないが多少はある。
でも彼女にはないだろう?
(ダン)いいえ3人並べた時の話です。
分かった。
じゃあ一緒にすると?
(ダン)ほら分かるでしょ?なぜ?
(ダン)視線が惹きつけられて…。
なぜ?目が勝手に…。
なぜ!彼女は違うからです。
だからどう違うの?1人だけ他と違うじゃないですか!だから色で説明をしてくれないか?スコット助けてあげて。
私も彼女が目立つと思いますが理由は彼女の服に色の差がないからです。
他と違って彼女は単色に近いのでそれで引き立つのだと思います。
そうだ対比がないからだ。
つまりコントラストがあるから彼女が目立つんじゃなくて逆に彼女の服にコントラストがないから目立つと理由を答えるべきだったんだ。
ダンの答えは正しい。
確かに彼女を選ぶべきだ。
でもそれは彼女の着ているものにコントラストがないからだ。
じゃあ例えばこうすると…。
ちょっと持ってて。
さあこれで君の視線はどこに向くだろうか?
(ダン)彼女。
君は目の検査に行った方がいい。
私の服が一番強いだろう?彼女たちにもコントラストはあるがそれを打ち負かすぐらいに私の服の色は強いだろう?とにかくポイントはコントラストだ。
そこに注目する。
そうやって衣装を選ぶんだ。
注目を集めたいならコントラストのある服を着させるんだ。
みんなどうもありがとう。
はい何か質問あるようだな。
どうぞ。
名前は?チュニーシャです。
色自体が何か意味を持っている事もありませんか?例えば黄色は「幸せ」赤は「権力」とか。
君は今図らずも私の次のテーマへのきっかけを実にうまく作ってくれた。
そう色自体が見ている人に何かを伝える事もある。
君の言うように色にはイメージや隠喩的な意味がある。
例えば緑から連想するものは何だろう?木や草?生命春成長。
あるいは緑から「嫉妬」を連想する事もある。
なぜだろう?紙幣の色です。
紙幣の色。
そうだ。
では金や黄色は?どんな意味があるだろう?純粋さとか権力です。
なぜ権力?金は王やファラオを連想するからです。
そうだね。
金には純粋なイメージと輝いている感じがあります。
そう確かに輝いている。
太陽の輝きのように。
では紫はどうだろうか?高貴な色です。
なぜ?なぜ私たちは紫から王族や貴族や富を連想するのか?その理由は?何となくで…具体的な理由は分かりません。
誰か分かる?作るのにお金がかかるからです。
今の誰?そのとおりだ。
作るのにお金がかかる。
どうやって作ったか知ってる?牡蠣だ。
牡蠣から紫の染料を作ったんだ。
とても高価だった。
それで紫は王族や富を連想する。
このようにチュニーシャの指摘のとおり色には隠喩的な意味が含まれ映画の中で利用される事もある。
では今日2つ目の映画を紹介しよう。
「若草の頃」だ。
監督は元舞台美術デザイナーのビンセント・ミネリ。
実は私の学位論文のテーマは「ビンセント・ミネリとミュージカル映画について」で私が最初に書いた本も彼についてだ。
彼とはとても気が合う。
そしてミネリ監督のミュージカル映画の傑作と言えば「若草の頃」。
映画が公開されたのは1944年。
これはエピソードごとに進む映画で夏から始まり秋になり冬そして春へと移り変わるがそれぞれの季節での休暇を中心に物語が進んでいく。
最後の休暇では博覧会を見に行く。
主人公たちが路面電車に乗ってその博覧会場を見に行くシーンがある。
何の博覧会かというと1904年のセントルイス万博だ。
1904年古きよきアメリカが物語の舞台だ。
主人公を演じるジュディ・ガーランドはトム・ドレイクが演じる近所に住む青年と出会い友達みんなで一緒に万博を見に行かないかと誘う。
つまり大勢の人物が登場するわけだ。
この青年は遅れてやって来る。
これから見るのはそうしてみんなが路面電車に乗って万博会場に向かうシーンだ。
彼女は彼の姿を見て気持ちが高揚する。
そしてこれはミュージカルなので気分が高まると何をする?そうみんなで歌うんだ。
この歌はその年のアカデミー賞にもノミネートされた有名な曲だ。
さあ画面には大勢の若い男女が乗っている路面電車が映される。
そんな大人数の中から主役に注意を向けさせるにはどうすればいいか。
ビジュアルデザインの観点でどんな工夫がされているだろうか?これからそのシーンを見て答えてほしい。
では主役を引き立てるどんな工夫があっただろうか?彼女だけが白黒の服を着ています。
そのとおり。
他は明るい色です。
周囲の人物にはふんだんに色を使いしかし肝心の彼女には使わない。
白と黒だけで色がない事でコントラストをつける。
他には?彼女だけ金髪です。
なぜ彼女の髪の色に気付いたんだろう?彼女だけ帽子をかぶっていません。
そうなんだよ!これで衣装の役割が分かっただろうか?彼女にだけ帽子をかぶせない。
これだよ。
すごいだろ?これがビジュアルデザインというものだ。
ビジュアルデザインにはもう一つ登場人物の世界を形づくるという役割もある。
登場人物がいる場所やその時代について教えてくれる。
これは映画が持つ特別な魅力の一つだと私は思う。
例えば「若草の頃」の舞台は1904年。
私はまだ生まれていないし1904年にセントルイスがどんな場所だったのか見当もつかない。
でもこの映画を見る事で当時の人たちがどんな家に暮らしどんなふうだったのか特に若い人たちの生活について知る事ができる。
では「若草の頃」からもう一つシーンをお見せするが2つの事に注意して見てほしい。
まずよく見てほしいのは家だ。
リビングルームで2人の姉妹先ほどのジュディ・ガーランドともう一人はルシル・ブレマーが演じる姉ローズが登場し2人は博覧会を心待ちにしている。
そこで何をしているかというと2人で博覧会の歌を歌っているんだ。
それだけだ。
「セントルイスで会いましょう」という歌を歌っている。
見てほしいのはその部屋の内装だ。
1904年という設定のこの部屋の特徴は何だろうか?そして2つ目は2人の登場人物。
姉妹が同時に目にするあるものに注目してほしい。
では再び「若草の頃」だ。
では最初の質問は2人がいる部屋彼女たちが暮らす家の特徴は何だろう?このシーンから1904年当時のセントルイスについて何が分かるだろうか?では誰からいこう?ラッセル。
(ラッセル)まずピアノがありました。
ピアノがあった。
大きさは?大きめです。
窓はどうかな?窓だけじゃなく他に何が見えた?観葉植物のようなものも見えたよね?はい。
では壁は?何の変哲もなかった?絵で飾られてました。
絵だ。
あちこちにあったね。
(ラッセル)はい豪華でした。
それにピアノだけではなくたくさんの大きな装飾品があった。
ビクトリア調の装飾です。
ビクトリア調の装飾とはどんなもの?どっしりとした感じで装飾がごてごてしてます。
装飾だらけで仰々しい。
そうです。
キーワードは「安定」だ。
絨毯は二重に敷かれ家の隅々にまで装飾。
それが当時の人々にとっての理想の家だったからだ。
それは当時の社会の象徴人間関係の象徴でもあった。
皆地に足が着いている。
安定していて人々や家や暮らしが守られている。
ミネリ監督はそういう時代設定を作り上げた。
彼はこの映画のために綿密なリサーチをし何か月もかけて当時の家がどんなふうだったか人々はどんな服を着てどんな様子だったかを調べそれを再現した。
ではもう一つの質問は舞台装置の一つ装飾品についてだ。
今見た映像の後半に登場した。
誰かとても奇妙な点に気付いた人はいないかな?
(ダン)ピアノの上の彫像です。
そうだダン。
ピアノの上の彫像についてみんなに説明して。
天使のような顔をした彫像があって姉妹に向かって歌い返しているように見えました。
彫像と姉妹が左右対称になっているんです。
大正解だ。
ここに彫像があって…ちょっといいかい?ほら君がローズだ。
ピアノを弾いて。
「セントルイスで会いましょう」を一緒に歌ってくれないか?私がジュディ・ガーランドをやる。
姉妹はこちら側にいてピアノの上に男性が女性の肩を抱いている胸像があってちょうど2人の姉妹と同じ格好をしているんだ。
私はミネリ監督に直接尋ねた事がある。
「あれは何ですか?姉妹への冷やかしですか?」って。
すると彼は「違う。
当時のアメリカでは若い女性は自分に注目を集める事ばかりを考えていた。
部屋の中でどうすれば印象的に見えるかと考えていたんだ」と言うんだ。
つまり当時の若い女性は室内の絵や彫像の人物のまねをする事がよくあったんだ。
客の注意を引くためやあるいは自分を芸術作品のように見せるために同じポーズをとる事があったそうなんだ。
こんな細かなディテールまで考えて作り込まれていたんだ。
私は監督のこだわりの強さと意図の深さに頭が下がる思いだった。
本当に驚きだよ。
では次は話を変えて白黒とカラー映画の違いについて考えてみよう。
「カサブランカ」は白黒映画だ。
「若草の頃」とこのあと見る「マイレージ、マイライフ」はどちらもカラーだ。
白黒映画とカラー映画の違いについて少し説明してから極めて哲学的な問題を君たちに投げかけるとしよう。
まずカラーで撮影する方が白黒で撮影するよりも難しい。
ロケ撮影だろうがスタジオだろうが光の加減によって色彩が常に変化してしまうからだ。
またカラーで映画を編集する時は白黒の時よりもシーンのつながりにも気を配らなければならないので難しい。
では質問だ。
白黒映画とカラー映画ではどちらがより本物に近く私たちの感覚にリアルに訴えかけドラマチックだと言えるだろうか?白黒かカラーか。
君たちが答えを考えている間いくつかカラー映画と白黒映画の特徴を挙げておこう。
まずどんなカラーシステムを使っても現実の色を正確に再現する事はできない。
私たちが映画で見ている色は現実の色とは違う。
理由はいくつかあるがまず色を見ている状況が違うからだ。
映画は暗闇の中で見ている。
だから色がより鮮やかに見える。
更にフィルムに後ろから光を投射して映す映画の色はふだん見ている色とは違ってしまう。
もっと鮮やかで豊かで色が輝いている。
色が極端で現実の世界の色とは違う。
一方白黒映画の場合真っ黒から真っ白の間には微妙な色の濃淡がたくさんある。
真っ黒から真っ白の間に人間の目でも24色のグラデーションを見分ける事が可能だ。
では質問に戻ろう。
どちらがより本物に忠実でリアルに感覚に訴えかけドラマチックな表現なのだろうか?「サンセット大通り」や「カサブランカ」のような白黒映画かそれともカラー映画なのだろうか?誰から始めよう?
(ジャック)これは引っ掛け問題ですか?ジャック面白い事を聞くね。
気に入ったよ。
なぜそう思うんだい?
(ジャック)だって今の話だと白黒映画を選んだ方がいいように聞こえるんですが。
確かにカラー映画は実際の色とは違う。
でもジャック君の目は現実を白黒で見ているのかい?いいえ。
カラーで見てるね。
でも先生の説明を聞くと逆に…。
そう問題を複雑にしてみたんだ。
引っ掛けではないが答えづらくしたんだ。
さあよく考えてみて。
真剣に考えて答えてほしい。
ローレン君はどう思う?カラー映画はとても鮮明で私の頭の中もカラーで考える事ができるので私はカラーの方だと思います。
それはいい理由だね。
ではジャックに戻ろう。
(ジャック)僕も彼女に賛成です。
それにカラーでも色を調整してより本物の世界に近づけたりできるはずです。
それもとてもいい指摘だ。
他には?白黒映画の方が想像を膨らませながら見られるのでカラーで実際に見るよりもより本物に近く感じられそうです。
それもとてもいい答えだ。
よく考えてる。
気に入った。
ではアンディ。
それぞれ別物だと思うんです。
私たちがふだん目で見ているのはカラーの世界だからカラーの方がリアルだけど白黒の方が感情表現ができます。
つまりどういう事?私は白黒の方が好きです。
あのね君の好みは聞いていない。
どちらが好きかという問題じゃないんだ。
あらゆる違いを考慮してどちらの方がより本物に近くリアルに訴えかけるかという質問だ。
でも君はとてもいいところを突いていたよアンディ。
よく考えてる証拠だ。
ほら最初に君が言ってたのは何だったかな?えっと私は「2つは別物だ」と…。
そう2つは別物。
だから?だから?それで?カラー映画はふだん見る世界と同じだけど白黒は情熱的でロマンチックで…。
私あと何を言いましたっけ?分かった。
では多数決をとってみよう。
白黒映画の方がカラー映画よりも本物に近く感覚に訴えかけると思う人は?手を挙げて。
なるほど。
ではカラー映画の方だと思う人は?ほぼ半々だ。
ではどちらにも挙げていない人は?どちらとも言えないという人は?それはなぜだろう?エヴァン。
(エヴァン)どう使われるかで違うと思います。
そうだ。
更に扱うテーマによっても違う。
つまり答えは映画によってはカラーの方がいい場合もあるし白黒の方がふさわしい場合もあるという事だ。
「雨に唄えば」は白黒では成立しない。
「サンセット大通り」はカラーでは駄目だ。
もちろん最近の映画はほとんどがカラーだ。
でもカラー映画は色をコントロールできる。
「どう使うか」というエヴァンの意見ともつながる。
「チャイナタウン」は本来は白黒の方がふさわしい映画だ。
でもポランスキー監督とビジュアルデザイナーたちは色の使い方にたけていた。
色をトーンダウンさせチャイナタウンのような暗い雰囲気の映画にもはまるようにした。
「チャイナタウン」を「若草の頃」のようなあでやかなカラーで作るなんてありえない!そんなばかな事は誰もしない!でも色の使い方にたけていればカラーでも白黒の良さが出せるんだ。
「マイレージ、マイライフ」もいくらか暗い雰囲気を持った映画なので多くのシーンではあまりカラー映画らしい色が使われていない。
このあと見れば分かるがカラー映画のようにはあまり見えない。
この2009年製作の「マイレージ、マイライフ」は私のお気に入りの映画だ。
ビジュアルデザインや雰囲気の演出がすばらしい。
これから見てもらうのは主人公が勤める会社での会議のシーンだ。
コーネル大学卒業の自信満々の新入社員がインターネットでリストラを行う新たな仕組みを編み出しプレゼンをしている。
新入社員を演じるのはアナ・ケンドリック。
そして社員の一人が主役のジョージ・クルーニーだ。
ではビジュアルデザイン特に色に注目してどういう雰囲気が作り出されているか見てほしい。
このシーンのムードや雰囲気について答えてくれ。
ラッセル。
ほとんど1つの色せいぜい2色くらいで描かれていました。
だから?画面に暗い感じが出ています。
社員は笑顔ですがシーンの全体的な雰囲気は重苦しかったです。
単色または2色と言ったね。
どんな色?緑です。
青もだ。
暖かみのある色?
(ラッセル)いいえ。
そうだ冷たい色だ。
装飾について気付いた事は?90年代半ばという感じでした。
そこまでは分かるかな?それよりも彼らが話をしている間特に目についた装飾は何だろうか?現代的なものばかりでした。
ガラスだ。
あるいはブラインド。
カメラが目の前のガラスやブラインド越しに何かを映す事でどんな効果があると思う?さめた感じがします。
冷たい儚い安定感がない。
永遠なものは何もない。
「若草の頃」で描かれていた世界とは大違いだ。
あの映画では全てに安定感があった。
だがこの映画には安定したものが何もない。
では他には?人がたくさんいる事でどのように感じただろうか?ピリピリした雰囲気でした。
そう!狭い部屋にギュウギュウ詰めになっているからだ。
それが理由だ。
あと全員が同じような服装でした。
いい指摘だ!確かにそうだった。
全員が同じような服を着ていた。
全員が働く機械のようで個性がない。
そのとおりだ。
映画ではシェークスピアの芝居のように舞台袖の役者があれこれ言葉で解説するわけにはいかない。
だから何か物を使って伝える必要がある。
具体的なものを通して精神状態を映し出さなくてはいけない。
それがビジュアルデザインの醍醐味だ。
そのような視点からも映画を見てほしい。
ではまた次回会おう。
どうもありがとう。
(拍手)2015/05/08(金) 23:00〜23:55
NHKEテレ1大阪
白熱教室海外版 ハリウッド白熱教室(2)ビジュアルデザイン 映画は見た目[二][字]
ハリウッド映画の魔術を解き明かす。第2回はビジュアルデザインがテーマ。衣装やヘアメイク、照明など、映像の見た目にとことんまでこだわる、プロ中のプロの達人技とは?
詳細情報
番組内容
米国西海岸の名門・南カリフォルニア大学のキャスパー教授の「映画論入門」。博覧強記と毒舌のユーモアでハリウッド映画の魔術を解き明かす。気の遠くなるような手間をかけ、とことんまでこだわるハリウッドの「光」と「色」のビジュアルデザインがテーマ。衣装やヘアメイク、照明ひとつで、登場人物や世界はどのように違って見えるのか? 「カサブランカ」で使われた照明テクニックとは? ハリウッドの魔術を操る職人技に迫る。
出演者
【出演】南カリフォルニア大学教授…ドリュー・キャスパー
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
趣味/教育 – その他
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
サンプリングレート : 48kHz
2/0モード(ステレオ)
英語
サンプリングレート : 48kHz
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