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二森日和。

将棋をみた感想。たまにサッカー。ごくまれに雑談。




第73期名人戦第3局 行方尚史八段-羽生善治名人(1日目)。

※書きかけ(1日目まで)です。ご容赦ください。

羽生善治名人に行方尚史八段が挑む第73期名人戦は第3局。

第1局を羽生名人が、第2局を行方八段が、
それぞれ後手番で勝ったことで、
この第3局がシリーズ全体の方向をきめそうな雰囲気。

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対局は5/7~5/8、島根県松江市「松江歴史館」。
力勝負だった第1局、第2局から
第3局は角換わり腰掛銀定跡形の最先端へ。

その未知の領域で、それぞれの研ぎ澄まされた感性が
静かに、深く、衝突しつつ、新たな地平を拓く。

熱戦となりました。
その、1日目まで。


棋譜中継】(応援掲示板)
 ※ ともに「名人戦棋譜速報」(要会員登録)

名人戦は2日制各9時間。
第1局の振り駒により先手行方、後手羽生。
本譜は▲7六歩△8四歩▲2六歩から角換わりに。

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午前9時対局開始から双方じっくり時間をつかい、
1日目午前11時に相腰掛銀となった。相居飛車戦の主力戦型には
矢倉、相掛かり、角換わり、横歩取りがあるが
その中で現在、一番研究が盛んなのがこの角換わり腰掛銀だろう。

純粋に流行している。
例えば名人戦の挑戦者を決める昨期A級順位戦
トッププロによる年間45局で最も指された戦型が角換わり(11局)だった。

この1年、戦法の中心だった横歩取りスペシャリスト度を高め、
後手矢倉が△4五歩「塚田流」により再考された結果、初手▲7六歩に、
「矢倉を指したい後手(2手目△8四歩)」と
「矢倉を避けたい先手(3手目▲2六歩)」の思惑が重なり
角換わりが成立する率が上がっている。

角換わりを制さずして棋界を極めること能わず。
2局続いた力将棋から一転。
最先端の、その先の領域における感覚を、名人戦の場で問う。

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1日目午後1時44分。ここ数手が現代角換わり腰掛銀の課題局面。
△7四歩型待機策に▲6八金右。

この▲6八金右は昨年(2014年)前半から採用数を飛躍的に伸ばした手で
対局日現在でも6割2分以上の先手勝率がある。
ものすごく単純化していうと、「穴熊を含みにした手」。
一目、△5九銀や角の筋があってバランスが悪いようだが
後手から速い攻めがないと▲9八香から穴熊に囲って
先手玉を盤上遥かに遠退ける。△7三桂を保留していることを咎めてもいる。

△4三金と4四の地点に数を足すなら▲9八香と穴熊を目指す。
では△1二香と後手から穴熊を目指す...と

▲5八金と元の位置に戻して、△1一玉▲4五歩△同歩▲1五歩△同歩▲4五銀で、先手が主導権を取る展開になる。(41手目棋譜コメント)

先手には▲2五歩を保留しているため▲2五桂もある。
△7四歩型は後手の飛車と玉双方のコビンが空きやすく
角打ちで間接的に睨まれると受け一方になりがちだ。

後手に手を渡すものの、後手にプラスとなる手がなかなかない。
現代将棋の鉄則、「隙あらば穴熊」を含みに先手が勝ち星を重ねた。

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そんな流れの中で、昨年7月に指されたのが
「豊島新手」と呼ばれる△2四銀。

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この対局で副立会人を務めた豊島将之七段が
丸山忠久九段戦(順位戦B1)で指した。
この対局を含め、当初は結果がでなかったが、
王位戦第3局で木村八段が採用するなど、後手の有力手として認識され、
棋譜コメによるとこの名人戦が既に27局目。
後手が勝率を伸ばしてきている。

渡辺棋王も「先手が対策を求められている」(『将棋世界』2015.5)と評価する手。
意味としては▲2五桂を先受けしながら△3五歩と桂頭を狙う、のだが
先手の飛車が回っている4筋のガードを外してもいるので相当みえにくい。
というより相当危なくみえる。

つまり、「穴熊を捨てて▲4五歩と攻めてこい」と誘っている。
それでも先△5九角の筋で攻め合って「十分勝負になる」という駆け引きだ。

先手がこの誘いに乗って▲4五歩とすると開戦、一気に激しくなる。
一方、△2四銀自体を咎めに行く▲2五歩や▲2八飛とすると
「比較的ゆったりとした流れになる」(豊島七段)。

行方八段は後手でこの局面を持って2勝。
先手ではどの手を選ぶだろうか。

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先局面図から▲4五歩△同歩▲同銀△5九角で左図。

行方八段は仕掛けた。開戦、そして加速する。
後手の羽生名人は4五の地点で先手に駒の精算を許すかわりに
△5九角から先に馬を作る狙い。
ここからは先後決定的な順はなく、模索が続く。

さらに▲3八飛△5四銀▲同桂△4四銀打▲2五歩△同銀▲6三角打で右図。
一手前、△2五同銀の局面は、羽生名人も行方八段も
後手を持って指したことがあり、勝っている。

羽生名人の前例は今年1月の朝日杯本戦、丸山九段戦
ここで丸山九段は▲2八飛だった。
行方八段の前例は昨年12/24の棋聖戦二次予選、広瀬八段戦。
広瀬八段は▲6五歩としている。

これらを踏まえ、行方九段は▲6三角打とした。
前例は1局、今年3月の永瀬-岡崎戦(順位戦C2)だ。
この▲6三角打が現局面における最新の先手勝利譜。
△2六角成▲2八飛△3六馬▲7二銀打と進んでいる。

後手が馬を活用したときにとられそうな4五の桂に紐をつけながら
▲7二銀打から飛車を取りに行く。後手右辺の攻撃力を削ぎつつ
比較的発生率が高い相入玉の展開となった時にも優位を保つ。
むろん▲7四角成から馬をつくったり、
4一の地点への利きから寄せにも使えそうな位置。

ただし、この瞬間はなんでもないので後手から何か仕掛けが効くかもしれない。

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これをみて、羽生名人は△4七歩打。新手だ。
前手▲6三角打からわずか4分で指されている。用意の手だろう。
そして、ここが封じ手の局面となった。

狙いは次に△4八歩成のB面攻撃。
と金を作りつつ飛車の横利きを止める。副次的には▲4八銀打を消す。
うまく馬とと金を作れれば、最終盤の一手争いに先着できる可能性が増す。

この手自体は新手だが、組み合わせの異なる類似局面は存在する。
例えば昨年12/25の佐藤天-村山戦(順位戦B1)。

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2筋や8筋、それから馬を作る手順前後はあるが▲6三角に対して△4七歩とB面攻撃を見せるのは同じ。結果は先手勝ちだが、最終盤までもつれている(幻の△9八金があったとされる)

ただ、佐藤天-村山戦もそうだったが、この手も即効性がある手ではない。
どちらかというと飛車をいじめる手を含ませつつ相手に手を渡し、
局面を作らせてそれを利用するのが狙いの、羽生名人特有の「柔らかいパス」だろう。

パスを受けた行方八段はどう応じるか。
佐藤天-村山と異なり、先手は▲6三角打の前に▲2五歩△同銀を入れているため
▲2八飛とあたりを避けた手が銀取りの先手になる。
また角が5九にとどまっているのも狙いになりそうだ。

羽生名人の持ち駒は歩1枚、先手はうまく指せば有利を築ける勝負どころだ。
というところで1日目が終了。封じ手となった。

駆け引きを行いながら前例を絞り込んでいった1日目から
2日目は冒頭から未知の領域に挑む。

激しい変化を内包しつつ、決着の風景はまだ見えない。

(2日目に続く)