緊急事態条項 見えない改憲の必要性
野党が言う「お試し改憲」は、表現はともかく自民党の思惑を言い当てている。
今国会初の自由討議を行った衆院憲法審査会で、自民党が「2段階」で9条改正を目指す戦略を描いていることが明らかになった。
憲法審査会で自民党が提案したのは、「緊急事態条項」「環境権」「財政規律条項」の三つを優先的に議論することだった。
「最初はできる限り合意が得られるところで行い、次からもう少し難しい問題を議論すれば良い」。同党幹部がかねてから言うように、徐々に改憲への抵抗感を薄めて9条改正を目指す狙いだろう。
その手法は「不純」ではないのか。本命を堂々と議論する前に、国民に改憲に慣れておいてもらおうという思惑が透けて見える。
自民党は来年夏の参院選を経て、改憲の発議を想定している。事実上の「日程ありき」で進もうとしていることも危うい。
安倍首相は第2次内閣発足直後、改憲発議要件を緩和する96条改正を打ち出したが、批判を受けて撤回した経緯がある。今回はいわば「からめ手」から攻める発想だ。
そもそも、憲法改正の必要性が国民合意になっているかも疑わしい。共同通信の世論調査では、国論は賛否で真っ二つに分かれている。
緊急事態条項にしても「お試し」というほど軽いものではない。自民党の憲法改正草案では、「国難」の際には憲法を一時的に停止し、首相に権限を集中させる。国民の権利は当然制限される。
しかし、現在の災害関連法には既に緊急事態の規定がある。災害対策基本法では、これまで発動されたことはないが、大災害時には首相が災害緊急事態の布告を発することができると定めている。現行法でも足りる。
東日本大震災であれほどの甚大な被害となったのは、事後の対応のまずさよりも平時の備えが不十分だったためだろう。憲法でさらに屋上屋を架して緊急事態条項を規定していても被害を防げるわけではない。
それでも改憲に踏み込もうとするのは、外部からの武力攻撃や内乱等による社会秩序の混乱を想定しているとしか思えない。集団的自衛権の行使の一部容認を閣議決定したことと考え合わせると、きな臭さも漂う。
緊急事態条項の議論が急速に盛り上がったのは大震災の後だった。今後想定される南海トラフ、首都直下の大地震を考えれば国民の支持は得やすいと見込んだのだろう。
出発点をもう一度見つめ直したい。大震災の教訓は、憲法を改正して解決するものではないはずだ。
(2015.5.10)
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