松本俊彦さん 「自傷」患者への助言(2)自傷から回復する方法

東京都小平市の国立精神・神経医療研究センターで

 ――自分ではどのような対処ができるのでしょうか。

 「まず、何がきっかけで自傷するのか知ることです。自傷を繰り返す人は、皮膚を切るのと同時に、つらい出来事やつらい感情の記憶を意識の中で『切り離し』、『なかったこと』にしてしまっています。ですから、自分でも何が原因なのか、何が自傷のきっかけなのか、わからないでいることが少なくありません。このきっかけを知るために、『自傷日誌』をつけてみるのも一つの方法だと思います。誰といて、何をしていた時に、自傷を含めた自分を大事にしない行動を取っているのか、丁寧に記録をつけていくと、自分は何が引き金で自傷をしているのか見えてきます。それがわかったら、次に毎日の生活の中でできるだけ引き金を避ける工夫をしたり、運悪くその引き金に出合ってしまった時に、自傷の代わりに行って気をそらすことのできる『置換スキル』を身につけたりするのがよいでしょう。ちなみに、この置換スキルは、刺激的な方法と、心を落ち着かせる鎮静的な方法と2種類あります。刺激的な置換スキルとしては、例えば、手首にはめた輪ゴムをぱちんとはじく、紙を破く、大声で叫ぶ、氷を握りしめるなどがあります。血を見るとほっとする人は、腕を赤く塗りつぶすという方法もあります。逆に心を落ち着かせる鎮静的な置換スキルとしては、ゆっくり筋トレをしながら深呼吸をする。深呼吸しながらめい想する、気持ちを文章にしてノートに書く、絵を描く、静かな音楽を聴く、などが良い方法です。何より効果的なのは、信頼できる人に話すことです。『信頼できる人』とは、『切りたい』とか『切ってしまった』とか打ち明けた時に、叱ったり、悲しげにしたり、不機嫌になったりしない人です」


 ――支援者はどうあるべきなのでしょうか。

 「まず、告白してくれたり、傷を見せてくれたりしたことに対して、『打ち明けてくれてありがとう』と感謝するところから話を始めてほしいです。そのうえで、『次に切りたくなった時には、切る前にちょっと相談してくれないか』と頼み、『もし間に合わなくて切っちゃったとしても、そのことも報告してもらいたい』と伝えることです。そして、『自傷がよいか、悪いか』などといった善悪の判断はひとまず棚上げして、何があったのか話を聞いてあげてほしいです。話を聞いた後には、彼らがつらいと思っていることを支援するために誰がいいのか考えて、『今度一緒に保健所へ行ってみよう』とか、『スクールカウンセラーに話をしてみたら』とか、『一緒に病院に行ってみるか』などと提案する。もしそこで不満があったとしたら、『じゃあ、今度は別のところに行ってみようか』とつなぎ直しをする。そういったことをお願いしたいです」


 ――専門家につないだ後も、うまくいっているかフォローをして、時折、『気に掛けているよ』とメッセージを送るということでしょうか。

 「そうですね。内閣府の自殺対策でも、『気づき、つなぎ、見守り』というキャッチコピーをうたっていますが、これは自傷する若者たちの援助にも当てはまります。まず、『気づき』とは、自傷を見て見ぬふりをせずにちゃんと向き合ってあげ、自傷したことを叱責せずに何があったのか聞いてあげることです。そして、『つなぎ』とは、専門家につなぐことであり、『見守り』は、その後も時々はその人に近況を尋ねてフォローするという意味です。こうした関わりは、自殺だけでなく、自傷の相談にもそのまま役立つ態度ですね」


 ――叱られたとか、驚いて悲しい顔をされたというのは、患者さんはよく経験していることなのでしょうか。

 「多いですね。パートナーの場合は、だいたい頭ごなしに叱責する。『何バカなことをやっているんだ! 今度やったら別れるぞ!』とかですね。そう言いながら実際には別れずに、叱責する関係を続けるんですよ。親、特に母親の取る態度で一番多いのは、見て見ぬ振りです。本当はびっくりしているんだけど、どう声をかけていいのかわからなくて、悩んでいるうちに、結果として当事者は『親は怖くて見ることができないのだ』というメッセージを受け取ってしまう。こういうパターンは親を責めることもできなくて、特に親もうつだったり、過去に精神科にかかっていたりする場合は、『自分が心が弱かったから子どももこうなってしまったのではないか』という自責感が強いんです。それがショックで、子どもに対して言葉が出なくなり、結果的に見て見ぬ振りになってしまう。そういう意味では、親のサポートも必要なんです」


 ――家族やパートナーのサポートは、自傷からの回復のために必要なのでしょうか。

 「関わってくれるなら、こんなにありがたいことはないですよね。だって、彼らにとって一番影響力があるのは、大切なパートナーや家族なんですから。ただ、難しいのは、家族にしてもパートナーにしても、ずっと翻弄されている気がして疲れ切っていたり、『善意で関わっているつもりなのに、自傷されると自分が攻撃されている』と感じがしたりするんですよ。そうすると、支援していても、『なんでお前は、俺が仕事で忙しい時に限って切るんだ』などと、逆に本人を責めてしまうことがあります。そんな時に、『ぜひ協力を』と医師が呼びかけても、『医者までつるんで私たちを責める気か』ということになってしまう。家族やパートナーに理解や協力を求める際には、慎重に進める必要があると思います。また、ただ熱心に関わればよいわけでもありません。たとえば、本人を24時間態勢で監視して自傷させないようにするということになると、かえって逆効果の場合もあります。あるいは、本人の出先にいちいち電話をして、『お前、遅いな。また何か変なことしようとしているんじゃないのか』というふうになってしまったりとか。そうではなくて、よいサポートとは、ほどよい距離で、適度に本人を自由にさせてくれて、そっと後ろから見守ってくれるような関係の中で行われるべきです。もちろん、容易なことではありません。家族がそれをやり続けるには、私たち専門的な援助者が家族やパートナーをサポートすることが必要でしょう」


 ――サポートとは医師が行ってくれるのですか。

 「それでもいいし、保健師さんとか民間団体のカウンセラーでもいいと思います。秘密を守ってくれて、家族の味方に立ってくれる人が必要だと思います」


 ――ただ、家族やパートナーが当事者を傷つける人である場合は、離れることも必要なんでしょうね。

 「そうです。もちろん、周囲が変わってくれるならありがたいけれど、人が人を変えることはできません。変えることができるのは自分だけ。若い患者さんと親御さんとどちらが変化が早いかを見てみると、どう考えても若い患者さんの方なんですよ。年を取ると人は変わりにくいですから。だからそんな時には、『見切りをつけよう、親を捨てよう』と言うことが、一番有効だったケースもあるんですよね」


 ――虐待などがあった場合は、逃げるしかない場合が多い気もしますが、関係性が改善することもあるのでしょうか。

 「もちろん、親が変わることもあるし、親が一生懸命関わっているケースもたくさんあります。ただ、逆に『あれはしつけだった』と言い張って、『なぜ今さらそんなことを言い出すんだ』とか、『俺はやっていないぞ』とか攻撃する場合もある。そうなると、そういう話を聞けば聞くほど本人の回復も悪くなるので、離れた方がいい。それに、過去のトラウマがある場合、親が今さら土下座して謝罪しても、本人の自傷が止まるわけではないというのも確かなことです。引きこもりの子どもが家庭内暴力をしている家庭の場合、親をねちねち責め続けて、親に嫌がらせをすることに血道を上げすぎていることがありますが、それは不毛だと思います。そういう場合も離れた方がいい。離れてたまに会う関係になると、とても関係が良くなることもあるんですよ」

(続く)

松本俊彦(まつもと・としひこ)さん

 国立精神・神経医療研究センター薬物依存研究部長、自殺予防総合対策センター副センター長。1993年、佐賀医大卒。「自傷行為の理解と援助」(日本評論社)、「アルコールとうつ・自殺―『死のトライアングル』を防ぐために」(岩波書店)など著書多数。


2015年5月8日 読売新聞)

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