第三四三海軍航空隊〔初代〕【隼部隊】 2
テーマ:海軍航空隊[戦闘機]昭和19年5月25日頃
パラオ方面に進出し、第六十一航空戦隊の指揮下に入る事を下令された。
昭和19年5月26日
進出準備に費やす。
昭和19年5月27日
0800 零戦40機(尾崎大尉指揮)が、ペリリュー基地に向け出撃。
続いて隊本部が、零式輸送機で発進。
テニアン島には12~15機(河村大尉以下、小島少尉他、下士官搭乗員)を第一航空艦隊司令部の警戒の為、残留させる。
【編成】[筆者注:調査未完、氏名判明者のみ記載]
テニアン島派遣隊/零戦12~15機
河村確郎 大尉 (海兵69期) 分隊長
小島弥太郎 少尉 (予備11期) 分隊士
清水広治 上飛曹 (乙飛11期)
金山清平 上飛曹 (乙飛13期)
吉増隆夫 一飛曹 (甲飛10期)
峰下敬郎 一飛曹 (甲飛10期)
田尻文男 一飛曹 (甲飛10期)
1100 ペリリュー基地に到着。
第六一航空戦隊により、三四三空はパラオ本島のアイライ基地(未完成)に進出を命じられる。
昭和19年5月30日
[筆者注:調査未完、詳細不明]
【戦死者】
吉増隆夫 一飛曹 (甲飛10期) *テニアン
昭和19年6月7日
アイライ基地が完成。
昭和19年6月9 日
ペリリュー基地が空襲により被爆、負傷者や飛行機にも相当の被害を受けた。
同日
三四三空はアイライ基地に移動。
昭和19年6月11日
夜明前 パラオに転出する三四三空の基地員が、輸送船「広順丸」「あけしま丸」に乗船、護衛艦4隻と共にサイパン島を出港。
同日
「テニアン島上空邀撃戦」
零戦8機(河村大尉指揮)が発進。(その他、三〇一空・戦三一六の零戦10機が参加)
戦闘の詳細は不明。
空戦終了後、グアム島へ移動。
【編成】
零戦8機
第一中隊 第一小隊 第一区隊
一番機 河村確郎大尉
二番機
三番機
四番機
第二区隊
一番機 小島弥太郎少尉 未帰還
二番機
三番機
四番機
【戦果】
不明
【被害】
不明
【戦死者】
小島弥太郎 少尉 (予備11期)
峰下敬郎 一飛曹 (甲飛10期) *テニアン、サイパン空襲の際、戦死
田尻文男 一飛曹 (甲飛10期) *テニアン、サイパン空襲の際、戦死
昭和19年6月12日
「グアム島上空邀撃戦」
0240 艦載機の空襲を受ける。
同日、来襲敵機延べ1400機。
戦闘の詳細は不明。
【編成】
不明
【戦果】
不明
【被害】
不明
【戦死者】
清水広治 上飛曹 (乙飛11期)
金山清平 上飛曹 (乙飛13期)
同日
パラオに転出する三四三空の基地員が乗った輸送船が敵機1機に銃撃され、後甲板にいた工作科員4名が戦死。攻撃はその一回だけだった。
昭和19年6月13日
二〇二空用として、零戦7~8機の空輸を命じられ、ヤップ島に空輸。その為、三四三空は残存30機になる。
昭和19年6月15日
1200 「あ号作戦決戦発動」
昭和19年6月16日
尾崎大尉がグアム島に、戦闘機隊の派遣準備の打合せの為に派遣された。
打合せの結果、三四三空は基地をヤップ島に置き、昼間はグアム島に進出し警戒に当たり、夜間はヤップ島に帰還し整備補給を行う事に決定した。
昭和19年6月17日
1150 零戦12機(尾崎大尉指揮、菅野大尉等)が、ヤップ島を経由、グアム島へ進出。
【編成】[筆者注:調査未完、氏名判明者のみ記載]
零戦12機
グアム島派遣隊
尾崎伸也 大尉 (海兵68期) 飛行隊長
菅野 直 大尉 (海兵70期) 分隊長
門松徹男 一飛曹 (甲飛10期)
西本喜造 一飛曹 (甲飛10期)
昭和19年6月17日
「テニアン沖艦船攻撃」
夕方 零戦12機が、テニアン島を発進。米艦船を攻撃。
F6F戦闘機群と空戦を行う。
空線終了後、2機はロタ島に着陸、搭乗員は終戦まで残留。
【編成】
零戦12機(二五番爆装)
第一中隊 第一小隊 第一区隊
一番機 尾崎伸也大尉
二番機 編成不明:4名
三番機 菅野 直大尉 *撃墜:F6F戦闘機1機
四番機 門松徹男一飛曹 未帰還
第二区隊 西本喜造一飛曹 未帰還
一番機 酒井 飛曹
二番機
三番機
四番機
第二小隊 第一区隊
一番機
二番機
三番機
四番機
【戦果】
撃墜:F6F戦闘機5機
【被害】
未帰還:零戦2機
【戦死者】
門松徹男 一飛曹 (甲飛10期) *マリアナ沖航空戦において敵機と交戦
西本喜造 一飛曹 (甲飛10期) *マリアナ沖航空戦において敵機と交戦
三四三空は可動全機をグアム島に移動。(トラックより零戦15機、月光2機、艦攻2機)
昭和19年6月18日
午後 三四三空の基地員が、パラオに到着。
同日
「テニアン沖薄暮艦船攻撃」
誘導の陸偵1機、銀河8機、彗星2機、爆装零戦20機、直掩零戦28機の計59機がパラオを発進。
薄暮 米機動部隊を捉え、雷・爆撃を行う。
攻撃隊は攻撃終了後、グアム島に帰投。
【編成】
不明
【戦果】
炎上:空母1隻
《米軍記録》
損傷:給油艦2隻
【被害】
未帰還:陸偵1機、銀河7機、爆装零戦1機、零戦13機
同日夜
グアム島の一航艦航空兵力は、零戦49機、月光1機、彗星2機
昭和19年6月19日
「一航艦・米機動部隊攻撃」
早朝 零戦42機、銀河1機、彗星2機が発進。
米機動部隊、輸送船団に爆撃を加えたが、損害を与える事はできず、護衛のF6F戦闘機群の迎撃を受け空戦を行う。
この際、尾崎大尉はF6F戦闘機1機撃墜。菅野大尉はF6F戦闘機2機撃墜。
攻撃終了後、グアム島に帰還した。
同島上空にて尾崎大尉と菅野大尉等4機が、F6F戦闘機5機と交戦。尾崎大尉はF6F戦闘機2機と空戦を行い撃墜、菅野大尉区隊3機は、F6F戦闘機機と空戦を行う。
【編成】
不明
第一中隊 第一小隊 第一区隊
一番機 尾崎伸也大尉 *撃墜:F6F戦闘機3機 被弾、不時着
二番機
三番機
四番機
第二区隊
一番機 菅野 直大尉 *撃墜:F6F戦闘機3機
二番機
三番機
四番機
【戦果】
撃墜:F6F戦闘機6機
【被害】
不明
【戦死者】
尾崎伸也 大尉 (海兵68期) *胸部に被弾、不時着したが出血多量の為、病院に向かう途中、戦死。
土井川勲 上飛曹 (操練47期)
吉岡 潔 一飛曹 (甲飛10期) *サイパン島付近の空戦において。
昭和19年6月20日
サイパン
【戦死者】
宮本謙太郎 一飛曹 (甲飛10期) *サイパン方面の空戦中。
古殿貞次 飛長 (丙飛15期)
昭和19年6月22日
?
片岡高明 一飛曹 (甲飛10期) *横須賀海軍病院。
硫黄島に集結?。
昭和19年6月24日
「第二次・機動部隊索敵攻撃」
艦攻9機、艦爆3機、零戦23機が硫黄島を発進。
F6F戦闘機群と空戦。
【編成】
不明
【戦果】
不明
【被害】
未帰還:艦攻7機、零戦10機
【戦死者】
河村確郎 大尉 (海兵69期)
米満尚美 中尉 (海兵71期)
昭和19年6月28日
グアム島の生存者は、アイライ基地に帰還。
昭和19年7月3日
「第三次・硫黄島上空邀撃戦」
F6F戦闘機群と交戦。
【編成】
不明
【戦果】
不明
【被害】
不明
【戦死者】
森 栄材 一飛曹 (甲飛10期) *硫黄島
昭和19年7月10日付
解隊され、残存搭乗員はダバオに移動、 二〇一空に編入される。
昭和19年7月24日
テニアン島に米軍が上陸を開始。
在テニアン島三四三空(准士官以上1名、下士官兵40名 <推定>)は陸戦隊として、ハゴイ第一基地西側海岸に配備され、上陸した米軍と交戦。
昭和19年8月2日
テニアン
【戦死者】
今村登盛 一飛曹 (甲飛10期)
植野 弘 一飛曹 (甲飛10期)
平川光男 一飛曹 (甲飛10期)
笹原幸次 一飛曹 (甲飛10期)
則本 扶 一飛曹 (甲飛10期)
永山寅三 一飛曹 (甲飛10期)
熱田安通 一飛曹 (甲飛10期)
藤本栄広 一飛曹 (甲飛10期)
古田 豊 一飛曹 (甲飛10期)
堀江孫次郎 一飛曹 (甲飛10期)
森田辰雄 一飛曹 (甲飛10期)
吉村立身 一飛曹 (甲飛10期)
塩田盛繁 一飛曹 (甲飛10期)
藤本栄広 一飛曹 (甲飛10期)
西宮敏夫 一飛曹 (甲飛10期)
昭和19年10月6日
トラック春島東方
【戦死者】
浅野 健 一飛曹 (甲飛10期) 二〇一空・戦三一一
【参考文献】
テーマ一覧「主要参考文献・資料」を参照下さい。
[筆者注:調査未完のため、今後大幅に加筆・改訂を予定しております]
初稿 2007-04-15
1 ■リンクさせていただいても宜しいでしょうか?
pico3298様
ご無沙汰をしております。
少し前に、桜花特攻隊員の遺族の者であるとコメントをさせていただいた、「話の花束」管理人のぴろんと申します。
特攻隊員の遺族を身内に持つものとして、今イデオロギーの左右を問わず特攻について彼らが語る時、自分にとって都合のいいところばかりを自己の主張のための道具に使っているような風潮を感じ、違和感を覚えております。
その意味でもまずは事実をありのままに、と言うpico3298さんのBlog運営の基本姿勢には強く同感の意を表したく思っております。
拙Blogは訪問者数はほんのわずかな弱小Blogですが、メインのネタに拉致を扱っていることと、私が特攻隊員の遺族であることを明かしてエントリーを綴っている関係上、特攻に関心のある方が少なからず訪問してまいります。
その方たちに是非貴Blogを紹介させていただきたく、リンクの許可をお願いに参りました。
ご検討のうえ、pico3298さんのご意向をお聞かせいただければありがたく存じます。