社説:明治の産業遺産 近代の歴史学ぶ契機に

毎日新聞 2015年05月09日 02時32分

 「明治日本の産業革命遺産」が、国際記念物遺跡会議(イコモス)の勧告で世界文化遺産に登録される見通しになった。地元関係者らの長年の努力に敬意を表したい。

 産業革命遺産は、製鉄、造船、石炭産業に西洋の技術を移転し、50年余りという短期間で急速に発展した日本の重工業をたどる。軍艦島として知られる長崎の端島(はしま)炭坑や、静岡の韮山(にらやま)反射炉など、23の資産で構成される。九州から岩手までの8県に広がる資産が一括推薦され、日本では初めて稼働中の施設も含まれた。

 世界遺産が欧州の教会などに偏る傾向を是正するため、国連教育科学文化機関(ユネスコ)は産業遺産を重視している。日本がそうした流れに沿い産業国家形成の連続性を訴えたことが、「西洋から非西洋国家に初めて産業化の伝播(でんぱ)が成功したことを示す」との評価につながった。

 これまで国内から世界遺産に登録されたのは、文化遺産が14件、自然遺産4件。文化財保護法で重要文化財に指定されている場合、現状変更には文化庁の許可が必要だった。

 今回、政府は三菱長崎造船所の第三船渠(せんきょ)など稼働中の施設について、景観法や港湾法などを適用し、国、地方自治体、企業が共同して価値を損なわぬ保全を図ることにした。

 登録勧告を受け、各地の産業遺産は大勢の人でにぎわっている。イコモスは、資産への悪影響を軽減するため来訪者の上限数を定めることを勧告した。コストの問題も大きい。

 加えて、考えるべきは近代日本の光と影という問題である。

 韓国政府は、日本の植民地時代に朝鮮人労働者が強制動員された施設7カ所が資産の中に含まれていると主張し、登録に反対している。

 日本政府は、西洋の模倣と伝統の技を組み合わせた幕末から、国内に知識が蓄積され西洋技術を改良した韓国併合前までの産業遺産が対象であって、「政治的な主張を持ち込むべきではない」と反論する。

 産業遺産は現代の生活に直結するものでありながら、その影の部分が顧みられる機会は少なかった。「富岡製糸場と絹産業遺産群」が登録された際も、のちに各地にできた民営の製糸場などにおける女性工員の過酷な労働がわずかに指摘されたにすぎない。

 強制労働については、日中戦争中の労働力不足を補おうとした事実が知られているものの、詳細は不明な点が多い。石炭産業にしても、各地の炭鉱が後年深刻な事故を起こした歴史を忘れることはできない。

 6月末から開かれる世界遺産委員会で登録は正式決定される方向だ。今回の産業遺産は、日本の近現代史を近隣諸国との関連を踏まえながら学ぶ大切さを教えている。

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