社説:朝型勤務の推進 「夕うつ」にならぬよう
毎日新聞 2015年05月10日 02時30分
夏場は早朝から働き、夕方は家族らとの時間などにあてようとする生活スタイルの改革に安倍内閣が乗り出した。「ゆう活」と名付け、今夏から中央官庁で本格導入する。
朝型勤務が時間の有効な活用につながれば「ワーク・ライフ・バランス」の改善に寄与し得る。だが、運用がまずかったり、職場の実態と乖離(かいり)したりすると、逆に労働強化につながるおそれもある。慎重な導入をこころがけるべきだ。
夏の朝型勤務は一律で夏時間を導入する「サマータイム」とは異なり職場が出勤、退社時間を1〜2時間、前倒しする。すでに一部企業で導入され、残業時間の短縮や能率向上などのプラス面が指摘されている。
安倍晋三首相は「生活スタイルを変革する新たな国民運動を展開する」としており、今年7、8月に原則としてすべての中央官庁で朝型勤務を実施する。出勤を午前7時半から午前8時半とするなど早めるかわりに、退庁時間を前倒しする。
朝型勤務を励行するため期間中は夕方以降の会議を行わず、職場の早めの消灯なども実施する。夏場の事務量を減らすため、来年度予算案概算要求の提出期限も延長する方向だ。育児など実施が難しい事情がある職員は通常勤務とし、開・閉庁や窓口業務の時間は変更しない。
安倍内閣はこの運動を「夕方に悠々」とのイメージから「ゆう活」と名付け、民間や自治体にも普及を働きかけている。だが、現状ではいくつかの懸念をぬぐえない。
まず出勤を早めた分、確実に退庁や退社を前倒しせねばならない。結局残業や、仕事の家への持ち帰りになるようでは逆に労働強化となる。
育児や介護などの理由で朝型の勤務が難しい人を結果的に圧迫しないことにも注意すべきだ。保育所などが早朝保育などで急に対応することは実際には難しい。職場ごとに参加率を「競争」するようなムードは禁物だ。公務員の場合、朝型の勤務シフトで行政サービスに支障を来したり、民間に無用の負担を生じさせたりしない運営も欠かせない。
医学的見地からの懸念もある。日本人の1日の平均睡眠時間は過去50年間で約1時間短縮したとの調査結果があり、経済協力開発機構(OECD)各国中、韓国に次いで短い。朝型勤務に早寝が付随しないと、睡眠を圧迫する要因となりはしないか。
「夕方は夫婦でテニス」「早めの帰宅で保育園にお迎え」。政府の資料には「ゆう活」推進へこんな効果が列挙されている。だが、生活スタイルへの国の関与は本来、慎重にあるべきだ。労働強化や睡眠不足を招いてしまい、「夕うつ」と皮肉られないような取り組みを求めたい。