「高卒認定を取った後、ちゃんと社会に出られるんでしょうか?」
そんな質問を、高認受験生の方からたまに頂きます。僕は
「高卒認定を取った人は普通に大学に行ったり就職したりして社会に出てるよ~」
と答えているのですが、高校生と違って高認受験生は周囲に自分と同じ環境の人がいないため、どうもいまいち実感が持てないようです。
というわけで、実際に高卒認定を取得した後、社会に出て活躍している人のまとめを作成してみました。
起業家、学者、作家、小説家、プログラマーや編集者や政治活動家など、その顔ぶれは多彩です。
この人たちの人生を眺めていると「人生にレールなんてないんだな」ということがわかると思います。
それでは高認出身の有名人一覧、見て行きましょう。
【起業家・経営者の高卒認定(大検)出身者】
・家入一真(起業家)
高校1年の時いじめが原因で高校を中退し、その後3ほど年間ひきこもり状態になる。
その後、新聞奨学生制度を利用しながら苦学しながら大検を取得。
美大受験に挑むも失敗。デザイン会社に就職する。
在職中、ウェブのデザインに興味を持ち、ウェブデザインの技術を身につけるためにIT系企業に転職。
その後23歳で後に「ロリポップ」などのレンタルサーバーで有名になる株式会社paperboy&co.を創業。
6年後、29歳でジャスダックへの史上最年少IPO(株式上場)を果たした。
・家本賢太郎(起業家)
中学校在学中、脳腫瘍の除去手術の後遺症で下半身に麻痺が残り、車椅子生活になる。
入院中パソコンに親しんだことでITに目覚め、プログラミング技能を習得しはじめる。
中学卒業後、大検を受験し合格。入院中に習得したプログラミングの知識を活かし、レンタルサーバー事業を行う合資会社「クララオンライン」を設立。
20歳の時には慶應義塾大学に入学、社長業と並行して学生生活を送るが5年で退学。
現在クララオンラインは株式会社化され、資本金3億円、日本・中国・シンガポール・台湾・韓国を股にかけるインターネットインフラ企業に成長している。
・与沢翼(起業家・アフィリエイター)
旅館を経営する家庭に生まれる。
中学・高校時代はほとんど学校に登校せず、アルバイトに熱中したり、洋服の転売ビジネスに挑戦していた。
大検を取得後、早稲田大学に入学。
在学中は起業サークルを立ち上げたり、アパレル通販会社Es Luxoure株式会社を設立する。
ネット店舗・実店舗双方で急速に事業を拡大するも2010年に渋谷店と通販サイトを残しほぼ全店舗を閉店。
2010年からはアフィリエイト会社フリーエージェントスタイルを設立。「秒速で1億円稼ぐ条件」などの著作で世間の話題となるも、2014年には全ての事業が頓挫。
現在はシンガポールに移住していると報道されている。
【学者・研究者の高卒認定(大検)出身者】
・内田樹(哲学研究者・著述家・武道家)
名門進学校である日比谷高校に在籍していたが、高校2年で成績が学年最下位になり、のち品行不良を理由に退学処分となる。
これをきっかけに家出をしジャズ喫茶でアルバイトをしながら生活するが、生活が立ちいかなくなり両親に謝罪し実家に戻った。
その後、大検を経て東京大学に進学。
友人と翻訳会社を経営しつつ、レヴィナスを専門にフランス現代思想を研究。後に神戸女学院大学教授。
2001年ごろから文筆家としても活躍し、代表作に『下流志向』『日本辺境論』などがある。
・廣松渉(哲学者・マルクス主義研究者)
中学1年生から日本青年共産同盟(民青)に所属し、反体制的左翼運動に従事する。
高校進学後は日本共産党に加盟し、反米活動により高校から退学処分とされる。
大検を経て東京大学に進学。文学部哲学科でカント研究に従事する。
1960年代からは日本共産党よりも新左翼運動に近しい立場として活動し、独自の思想を展開した。
後に名古屋工業大学助教授を経て東京大学教授。
・柳川 範之(経済学者・著述家)
父親の仕事の関係で、小学校時代をシンガポール、高校時代をブラジルで過ごす。
大検を経て慶應義塾大学の通信教育課程に進み、その後同大学の修士課程、博士課程へ。
2011年より東京大学教授。専門は契約理論、法と経済学。
『法と企業行動の経済分析』で日経・経済図書文化賞を受賞。
通信教育で学位を取り学者になるという異色の経歴から、多様な価値観を持つことを主張しており、若者に向けた教養書も数多く執筆している。著作に『独学という道もある』など。
・前田庸(商法学者)
秋田県の銀行員一家に生まれる。
子供の頃から身体が弱く、小学6年の時に肺結核で1年休学。
中学でも2年から3年まで休学、高校1年の時には学業を完全に中断し長期入院に入る。
23歳のとき病状が落ち着き、大検を取得し東京大学へ入学。
卒業後は金融業界に進むことを希望していたが
「健康に不安があるし、年齢も高すぎる」
とのことで就職は上手く行かず、学術研究の道に入る。
日本の手形小切手法、商法、会社法の大家として多大な業績を残す。
後に学習院大学名誉教授、東京証券取引所社外取締役、住友信託銀行監査役、社団法人商事法務研究会会長、日本銀行金融研究所国内顧問など。
【小説家・作家の高卒認定(大検)出身者】
・西原理恵子(漫画家)
土佐女子高に在学中、飲酒によって退学他処分を受ける。
大検取得後は武蔵野美術大学に進学し、アルバイトで学費を稼ぎながら漫画を執筆。
『ちくろ幼稚園』でデビューを飾り、その後人気マンガ家に。
作風は波瀾万丈の人生経験を元にした大人向けギャグマンガが多い。
代表作は『ぼくんち』『毎日かあさん』など
・稲泉連(小説家)
ノンフィクション作家。
高校一年の時にいじめがきっかけで大船高等学校を中退する。
大学入学検定を受検し早稲田大学に入学。
早稲田大学卒業後に『ぼくもいくさに征くのだけれど』で大宅壮一ノンフィクション賞受賞。最年少の受賞者となった。
主な著作に『僕の高校中退マニュアル』、『ぼくもいくさに征くのだけれど』など。
・ジェームス三木(脚本家)
叔父の勧めで医学部を受験する予定だったが、高校入学後は演劇や恋愛に熱中し俳優志望となる。
高校3年の5月に高校を中退して上京、俳優養成所に入所するも、生活のためのアルバイトが忙しくなりすぎてしまい俳優養成所を中退。テイチクの専属歌手となるが13年間下積み生活をおくる。
この下積み生活の間に大学入学検定に合格した。
その後、ナイトクラブの歌手を続けながら創作活動を開始し、34歳の時に脚本家としてデビュー。
連続テレビ小説『澪つくし』や大河ドラマ『独眼竜政宗』の脚本を手がけ、大物脚本家・小説家・舞台演出家として現在も活躍中。
・堀田純司(編集者・小説家)
桃山学院高等学校を中退し、大学入学検定を受け上智大学文学部に進学。
在学中から編集者として働き始め、後に作家として著作を発表する。
主な著作として『萌え萌えジャパン 二兆円市場の萌える構造』『自殺するなら、引きこもれ 問題だらけの学校から身を守る法』など。
企画編を担当した書籍としては『生協の白石さん』がある。
【芸能人の高卒認定(大検)出身者】
・紺野あさ美(アナウンサー・元アイドル)
14歳で「モーニング娘。」のオーディションに合格。
「モーニング娘。」の活動が多忙だったため、中学卒業後は高校には進学せず芸能活動に専念。
「モーニング娘。」を卒業後の2006年に高卒認定を取得し、慶應義塾大学に進学。
現在はテレビ東京でアナウンサーとして活躍中。
・山田ルイ53世(コメディアン)
中学受験を経て兵庫県の名門校「六甲中学」に進学。
勉強もスポーツもできる優等生として人気者だったが、「登校中にウンコを漏らす」という事件の後ひきこもりに。
5年ほどのひきこもり生活の後に大検を取得し、愛媛大学に進学するも2年で中退。
その後NSC(吉本総合芸能学院)を経てお笑いの世界に進み、長い下積み生活の後「髭男爵」としてブレイク。
パリ・シャンゼリゼ通り出身、ソルボンヌ大学卒業を自称しているが事実としては確認されていない。
・吉永小百合(女優・歌手)
小学校から芸能活動を始め、高校在学中にはレコード「寒い朝」が20万枚の大ヒット。
その後多忙を極めたため高校を中退し、大検の受験を目指すも惜しくも全科目合格を逃す。
しかし早稲田大学から特例で入学資格を認められたため、推薦で早稲田大学の夜間部に合格。
その後は芸能活動を並行しながら、早稲田大学を次席で卒業。
ちなみに卒業論文のテーマは
「アイスキュロスの『縛られたプロメテウス』におけるアテネ(アテナイ)の民主制について」
・直井 由文(BUMP OF CHICKENベーシスト)
中学時代よりバンド(現在のBUMP OF CHICKENの母体「ハゲバンド」)を始める。
中学在学中から既にインディーズで高い人気を博しており、本人もプロを目指すことを決意する。
居酒屋を経営する父親に申し出ると「18歳までに大検と調理師免許を取ったら好きにしていい」と言われたため、高校へは進学せずに調理専門学校へ進学し、大検と調理師免許を習得する。
21歳でメジャーデビュー。その後22歳の時「天体観測」が大ヒットし、名実ともに日本を代表するロックスターへ。
・伊集院光(タレント・ラジオパーソナリティ)
高校受験に失敗し不本意な高校に進学してからは、部活動(野球部)を除いて不登校になる。
高校3年の卒業間際に高校を中退し落語家に弟子入り。
その後落語ではなくラジオパーソナリティとして人気を博したために落語家からタレントに転身。
博識でクイズ番組などに強いことから「中卒インテリ芸人」として脚光を浴びる。
番組の企画で高卒認定受験に挑戦したことがあるが、全科目合格は成らなかった。
【スポーツ選手の高卒認定(大検)出身者】
・高梨沙羅(女子スキージャンプ選手)
幼少時よりスキージャンプを始める。
「海外へ遠征した時に英語が喋れると精神的に余裕ができる」との理由からインターナショナルスクールに進学。
「早めに競技に集中する体制を整える」ために1日11時間の猛勉強を経て入学4ヵ月後に高卒認定に合格。
2014年には日本体育大学へ飛び入学した。
2013年に世界選手権で金メダルを獲得。現在も現役選手として活躍中。
・井上悦子(プロテニス選手)
元女子プロテニス選手。
港南台高等学校に在学するも高校を2年で中退し、プロテニス選手に転向する。
36歳時の1990年に現役を引退し大学検定を受検、東洋英和女学院大学に入学。
大学卒業後はテニス振興活動を精力的に行っている。
【その他の高卒認定(大検)出身者】
・小飼弾(プログラマー・オープンソース開発者)
中学時代から学校教育に疑問を感じ始め、中学2年生頃から学校に行かなくなる。
学業成績は優秀だったため定期試験の日だけは出席し、学年トップの成績を残す。
中学卒業後すぐに大検を取得し、17歳でカリフォルニア州大学バークレー校に飛び級進学。
大学4年時に大学も中退し、その後はフリーのエンジニアとして生計を立てる。
29歳の時にホリエモンこと堀江貴文氏からヘッドハンティングを受け株式会社オン・ザ・エッヂ(後のライブドア)の取締役に就任。
オン・ザ・エッヂの取締役を退任した現在は、ブロガー、作家、オープンソース開発者として活躍中。
・中條 寿子(編集者)
コギャルブーム全盛期の渋谷で、センター街を中心に遊び人女子高生として活動する。
結果「遊ぶことに忙しくなりすぎた」との理由から高校を中退。
その後17歳で大検を取得し和光大学へ進学。
在学中から英和出(後のインフォレスト)でアルバイトをはじめ、卒業後に同社の編集者として就職する。
社会人5年目で『小悪魔ageha』の前身となる『小悪魔&nuts』を発起し、以後2011年まで同誌の名物編集長として活躍した。
・外山恒一(政治活動家・作家・ストリートミュージシャン)
高校在学中より「反管理教育」を掲げ、神戸高塚高校校門圧死事件などに代表される教員の体罰・暴力事件などに対し抗議活動を行う。
その後高校を中退。大検を取得するが大学受験は行わず、左翼系活動家として、政治的あるいは芸術的活動を九州を拠点に展開する。
2007年の東京都知事選に無所属から立候補し、「こんな国はもう滅ぼせ」「政府転覆しかない」などの過激なメッセージを政見放送で主張し、インターネットを中心に話題を集めた。
現在も九州を拠点に反原発活動や、極右政党維新政党・新風福岡への選挙協力、ノンセクトの新左翼学生運動への支援など左右のラジカルな運動への関与を行っている。
以上、21人でした。
それぞれ高認や大検を取得するに至った経緯も、その後の活躍の仕方も全く違うのが面白いですね。
もちろん、ここに掲載した人以外にも、高認や大検を取って社会で活躍している人は数多くいます。ここに出ているのは僕の知っている方だけ。全体のほんの一部です(この人も大検・高卒認定出身だよ!という情報があればコメント欄で教えてください!)。
しかし、そんな「ほんの一部」の人生をかいま見てただけでも、人生というのは右に左に転がり続けるものであって、高校を中退しただの病気で身体を壊しただのということは実はそんなに大したことじゃないんだな~というのがわかってくると思います。
人生は基本的に波瀾万丈、予測不可能、摩訶不思議です。
でも、だから面白い、のかもしれません。