総理時代、沖縄の普天間基地の移設先として「最低でも県外」と述べ、県外移設に前向きな姿勢を示した鳩山由紀夫 元総理。しかし、それを叶えることができず、結果として退任することになった。
あれから約5年。鳩山元総理は現在の沖縄基地問題をどのように見ているのだろうか? 今の心境をTOKYO FM「TIME LINE」の中で語った。
鳩山由紀夫 -東アジア共同体研究所 理事長- (以下 鳩山)
上杉隆 -ジャーナリスト- (以下 上杉)
今井広海 -番組アナウンサー- (以下 今井)
@ TOKYO FM「TIME LINE」 (2015/02/11)
上杉:
今年は戦後70周年ということで、色んな式典もあるんですが、鳩山さんは戦争から2年後(※1947年2月11日)にお生まれということで、戦後民主主義が人生と重なるような形で歩いて来られています。改めて、この70周年というのは、どういうふうに感じられますか?
鳩山:
これは非常に大事な年だと思いますよね。70年経っても戦争の全ての傷がまだ癒えていないと思いますよね。それは、日本が犯した様々な罪に対して、その怒りがまだ完全に収まっていないということも含めてですね。
ですから、こういった70年の契機に、そういった方々全てが癒やされるような年にしなければいけないと思いますよね。もう、お歳ですからね。
上杉:
そうですよね。70年という、色んなものを抱えてきたという歴史があると思うんですが、特に鳩山さんが総理時代には、色んな問題を敢えて表に出すというようなことをされましたよね。幾つも問題がありますが、今日は特に、沖縄の基地の問題。これも、戦後ずっと、解決を未だ見ない問題だとは思うんですが、この沖縄の問題を伺っていきたいと思います。
総理時代、「最低でも県外、できれば国外」と発信して、それが結果として出来なかった、ということで総理を辞めたということなんですが。
総理としての実力が足りず、官僚を十分にコントロールできなかった
鳩山:
はい。申し訳ありません。
上杉:
それを出来なかったということ、これは何が理由だったんでしょうか?
鳩山:
沢山ありますけど、やはり、私自身が総理としての実力が足りなかったというのが1番だと思います。
力量というのは様々ありまして、1つは、官僚を十分にコントロールできなかった。アメリカとの間のやり取りというものが、官僚とアメリカの皆さんでやっていたわけですれども、そのところに対して、きちんとしたメッセージを、自分の思いというものを最後まで伝えきれなかったということが1番ですよね。
そこには、大臣の方々も、いつの間にかアメリカの方向を向いてしまわれていたというのもありましたね。
上杉:
とは言うものの、ここ最近になって明らかになったことの1つでもあるんですが、その肝心のアメリカのほうが、実は「最低でも県外」どころではなく、「国外」に基地を動かそうというふうに、ずいぶん幾つか決まってきましたよね。
具体的には、アメリカの議会が「海兵隊の一部を沖縄からテニアンとかサイパンのほうまで移しましょう」ということを決めたり。これは鳩山さんが言っていたことじゃないですか。
鳩山:
そうです。その方向に、むしろアメリカのほうが動いてきている、と。アメリカの方々が、沖縄に集中し過ぎていることが、彼らの戦力を強めない、と。攻撃を受けた時に、「卵が全部割れてしまう可能性があるじゃないか」 というような言い方をされていましたよね。
それが上手く行っていなかったのは、やはり、沖縄とグアムなどを交渉の対象者に入れていなくて、アメリカと日本の政府だけで議論してきたというところが最大の問題でした。そこに当事者を加えて議論させていくと、答えというのはもっと早く見いだせるのではないかというのが、アメリカ側から出ている意見ですよね。
上杉:
そして、当時のメディアでは、「鳩山総理は沖縄で強い批判を受けている」「鳩山総理に対して、沖縄中が非常に怒っている」という報道がありました。
鳩山:
確かに、一時は怒られましたよ。
上杉:
ところが、現地に行くと、私はその後、何度も行って取材していますが、全部ではないんですけど、感謝する声もありました。
これはどういうことか?と言うと、戦後、沖縄にずっと閉じ込められていた、この問題を、鳩山総理時代に、国民全体の問題にしてくれた、と。そして、問題をやっと可視化したので、色んな形で意見が出てきた、と。こういう声があったんですが、この辺りはどうですか?
鳩山:
結果として、そういう状況になったというのは、実態としてあると思います。今、私が各地を周っていても、1番温かい方々は沖縄の方なんです。
かつては、確かに、1番怒っておられたとは思います。その時も、車で沖縄の普天間のほうに行ったことがあるんですが、実は、その途中の道端で、おばちゃんたちがみんな、手を振ってくれるんですよね。ところが、実際に我々が交渉をする場所に行くと、のぼりがバンッと立っていて、「断固粉砕」みたいな感じで、怒られ通しで、非常に批判を受けているという雰囲気だったんです。でも、行く先々の手前では、みんなが手を振ってくれているという状況がありました。
ですから、当時から、全てではなかったんだと思うんですが、「鳩山が、ある意味で沖縄のほうを向いて、仕事をしようとしてくれた。ただ、出来なかったことは、けしからんと思うよ」と。しかし、おっしゃるように、「問題を提起して、国民の議論にしてくれた」ということに対して、むしろ、そのことに感謝してくださっている方が多いのは、私にとっては非常にありがたいことです。
「問題を提起して、国民の議論にしてくれた」という沖縄県民の声が多い
だからこそ、総理は辞めて、議員は辞めていますけれども、この問題にはこれからも関わっていきたいと思っているんです。
上杉:
当時のメディア報道、今もそうですが、どうも東京で見ていると、そんなような雰囲気はなかったんですが、これはメディア報道のせいですね。
鳩山:
メディアもありますよ。メディアは、ある場所しか映さないわけですよね。そこで、「連立する旗の下で鳩山が懲らしめられている」みたいな映像だけを映されていましたから、かなり厳しかったな、という気がしましたね。
上杉:
メディアと言っても、日本のメディアは多様性を欠いて、一方の方向に流れてしまうという指摘というのは、この番組でも何度もしていますが。
今井:
今のお話に関連して、こんなメールも来ております。「鳩山さんが『最低でも県外』と言ったから、県民は考えるきっかけになり、今回、民意で『辺野古NO』を突きつけた。アメリカも日本以外を検討し始めているのに、どうして政府は辺野古を強硬するんでしょうか? 反対運動の人たちを強制排除する政府のやり方は、どうしても許せません」ということです。
上杉:
今回、辺野古移設反対の翁長さんが昨年末の県知事選で当選を果たしましたが、安倍総理はその直後に、翁長さんの示す方向と反対の行動をする、工事を強硬するということもありました。
それと、もう1つ気になるのは、安倍総理は翁長さんと会おうとしないんですね 。これは、総理経験者として、どうなのかな?と率直なところを伺いたんですが。
鳩山:
全くありえない話だと思いますよ。どういうお考えをもっておられようと、一国の総理と知事でしょ。県の代表者ですからね。県民が選んだ方ですから、その方に会わないということは、沖縄県民全体に対して大変失礼なことをしていると、私はそう思いますよ。
県の代表者と会わないのは、総理として全くありえない話、県民に大変失礼
「忙しいから」とか色んな理屈をおっしゃっているかもしれませんけれども、もう明らかですよね。たぶん、会って色々と議論をされると、なかなか勝ち目がない、理屈で自分たちのほうに分があるようなことが言いにくい、ということもあって避けておられるのかもしれませんよね。
上杉:
なるほど。安倍総理も翁長知事、沖縄の代表者とは会いませんけど、ゴルフ場には行く、と。そういうような時間はあると思うんですよね。
あと、現場に行かないとか、直接、人と会わないというのは、最近の日本の状況として非常に良くないなと思うんですが、鳩山さんは最近、辺野古に行かれたことはありますか?
鳩山:
来週行こうと思っています 。19、20日に、翁長知事にお目に掛かって、その後、辺野古に行きたいと、今、予定をしております。去年も2度ほど伺いました。今年はまだ沖縄に行っておりませんから、来週、伺いたいと思っています。
上杉:
総理を辞めた後に作られた研究所も沖縄に作ったというふうに。
鳩山:
恥ずかしながら、「東アジア共同体研究所 琉球沖縄センター」という名前はデカイんですけれども、たった1人事務員がおるというところであります。そこで色んな情報を手に入れることができようになったので、私は非常に有益だと思っています。19日も、そこで多くの方にお会いしたいと思っています。
上杉:
この番組を聴いてくださっている方が「あれ?」と思われるのは、日本の、特に東京の報道を観たり聴いたりしていると、鳩山さんは、もう沖縄に出入り禁止みたいな印象を持たれているんですが、実は、こうやって現地の人からも受け入れられている、と。
鳩山:
沖縄の方が1番温かいんですよ。みなさんは不思議と思われるでしょうけど。本当に温かい方ですよ。
やはり、それだけ差別されてきたんですよ。その方々のために、その方々の思いをしっかり受け止める、そういう政治をやらなければいけない時だと思いますよ。
上杉:
本当にその通りだと思います。私も「福島の敵」と言われていますけど、福島によく行きます。そして、本当に温かいのが福島の方なんですよね。
やはり、そういうのは、この日本では伝わりにくいなというのが、もどかしいということもありますね。
約5年前、鳩山総理が「辺野古基地は最低でも県外へ」と言ったこと、そしてそれが達成できなかったこと、この辺りはリアルタイムで追いかけていなかったので、いまいちピンと来ていません。最近読んだ『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』の中で、その裏話が触れられていましたし、またこれからも色々と調べていきたいと思っています。それにしても、翁長知事への塩対応は、鳩山元総理がおっしゃる通り、本当にありえないですし、沖縄県民にも失礼なことです。安倍総理にはもっと大人な対応をしてもらいたいです。(編集部)